54.つかれる、御披露目
タイガさんと最初に踊ったことで度胸がついたのか、その後何人かと同じように踊ってみた。あんまり酒臭い人はいなくてホッとする。いや、男だった時はそうでもなかったんだけどあの酒臭い息ってキモいよな。うん、院長先生地味に酒好きでさ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。一緒に踊れて光栄でございます」
がっはっは、と笑ってくれたのは元漁師なカヅキさん。豪快だけど、踊りにくくはなかったんだよな。
ひとしきり踊り終わって、さすがに疲れた。今度は足とか足とか脚とか。かかと大きめの靴にしてもらっても、やっぱり高かったからなあ。すねが引きつる感じがするよ。音楽も落ち着いたし、ちょっと休憩。
壁際に寄って休んでると、どこかのお嬢さんがするっと寄ってきた。濃い目のブルーのドレスが可愛いな、と思う。彼女が手に持った小さなお皿の上に、カナッペが乗っていた。
「セイレン様、おひとつどうぞ」
「あ、ありがとう……んー?」
お言葉に甘えてひとつ……ってところで、気がついた。今の声、俺、よーく知ってるぞ。
思わず、お嬢さんの顔をガン見して、確認。
「てへ」
「…………っ!?」
いやうん、叫びそうになった。慌てて口抑えたけど。
カナッペ差し出してくれたのは、よく見るとわかったんだけどアリカさんだった。そういえば、お客さんに混じって中にいるんだったよな。てか、普段おさげの髪の毛解くと、こんなふわふわになるんだ。
「うわあ、可愛い。気付かなかった」
「ありがとうございます。仕事の時は髪編んでるんですけど、こういう時くらいは」
「そうだよなあ」
お仕事はお仕事だけど、パーティ中にこっそりと俺の護衛、ってことだしな。春祭りの時もお世話になったけど、こういうのもいいよなあ。
呑気なのは分かってるよ。だけど、あんまり狙われてるとかそういう感覚ないからさ。
……そういえば。
「なあなあ。クオン先生やジゲンさん見てないんだけど、どうしたんだ?」
「クオン先生は主に上階を見ておられるようです。ジゲン先生は、朝から儀式の間にお詰めとかで」
「儀式の間?」
って、俺がこっちの世界に帰ってきたあの部屋かよ。そりゃ、見ないよな。
入口が向こう側ってこともあって、あの部屋にはあんまり人寄らないんだよな。いや、寄る用事もないんだけどさ。トイレの時なんかに横通るけど、扉閉まってたら中までは気にしないだろうしなあ。
「何やってんだろうな? 場所が場所だし、多分何か魔術やってんだろうけど」
「そうですねえ」
その点ではアリカさんも異論なし、といったところか。ま、魔術師が魔術使える部屋にいる時点でそれしかないけどさ。
それで思い出したのか、アリカさんがふと俺に視線を止めた。
「ああ、そうそう。ジゲン先生から、言伝です」
「あ、はい。何?」
妙に真剣なその言葉に、俺も向き直る。その俺にアリカさんは、声を落としてゆっくりと、噛みしめるように言葉を伝えてくれた。
「これから何がありましても、カサイの人間はセイレン様をお守りします、と」
それからちょっと考えて、更に言葉は続く。
「もし何かが起きましても、しっかり気を持ってお待ちください、とのことです。もちろん私たちも気をつけておりますが」
「……つまり、この後で何かあるわけか」
「そう、ジゲン先生は読んでおられます」
全部伝えてもらって、何か納得できた。
なるほどな。本題はパーティじゃなくて、その後か。お客さんがある程度帰って、うちの方は後片付けとかで忙しいそのタイミングで。
ある意味、俺は囮なんだ。ま、今までほとんど尻尾出してない相手だからしょうがないか。今のままじゃこっちも、タイガさんも動けないんだろう。
「……そっか」
本音を言えば、怖いよ。そもそも、この家にトーヤさんが来るって時点でちょっと怖かったんだけどさ。
でも、皆いてくれてる。アリカさんだって、こうやってジゲンさんの話を伝えてくれたんだから。
だったら、がんばろう。いやもう、いろいろありすぎて変なところで度胸ついちゃったし。
「分かった。頑張るから、何かあったら頼むな」
「はい」
もう1個カナッペをもらいながらお願いすると、フワフワした髪の中でアリカさんの顔が微笑んだ。
「それでは、このへんでお開きにしたいと思います。皆様、我が娘セイレンのためにご足労くださりありがとうございました。まだまだ若輩者ではありますが、今後共よろしくお願いいたします」
そうして、父さんのご挨拶とともに俺のお披露目パーティはまあ何事も無く終了した。
さすがにお客さんからしたらよその領主のお屋敷にお呼ばれしたわけだし、酔っ払って絡むとかのこっ恥ずかしい振る舞いをした人はいなかった。まあ、顔赤くした人が大広間の外に引きずり出されたのは何人か見たけどな。そのたびに、ミノウさんがひょっこり顔を出すのはちょっと笑えたけど。
「それでは、わしはお先に失礼致します。セイレンお嬢様、では!」
「はい、お疲れ様でした!」
で、町長さんとかは家が近いので、待たせてあった馬車で帰った。
御者さんとかは、別の部屋で休憩してたらしい。どこの部屋だろうと思ったけど、基本御者さんって男性だからユズルハさんの部屋、とかかなあ。
そういえば、漁師だったカヅキさんもちゃっちゃと帰ったなあ。今から帰って、明日の水揚げに備えるとか何とか。漁師さんって朝早いっていうか、夜中が仕事だったりすること多いもんなあ。えーと、頑張ってください。
一方、クシマさんとかは今から帰るのは大変だってことで、お泊り。おつきの人がいるので客間じゃなくて、それぞれ屋敷の外にあるコテージとかに泊まるんだそうだ。もちろん、シキノの親子も。
その人たちを一応お見送りしなきゃ、と思って俺は今、玄関にいる。父さんもいるし、そもそも俺の横にはちゃっかりオリザさんが控えていた。さっき、花壇の横にちらっと見えたのはミノウさんだな。
「タイガさんたちもお泊りなんですね。そりゃそうだ、時間遅いですし」
「ええ。さすがにここまで遅くなりますと、ゲンジロウを走らせるのもさすがにためらわれまして」
「あの白馬はタイガ殿によくお仕えだ。余り苦労させるものではありませんぞ」
にこにこ笑いながらおっしゃるはタイガさん。そうか、あんたここまでゲンジロウで来たのか。父さんの突っ込みも分かるけど、そのほうが何かタイガさんらしいっていうか。
「我々は、少々離れたコテージに宿泊させていただくことになっております。わしはちと、別用があるんですが」
「そうなんですか。こういう日まで、忙しいんですね」
「領主は仕事が溜まりますからな、トーヤ殿」
「モンド殿もお心当たりがありますよな。これでも領主ですからのう」
はっはっは、と何も知らずに見れば裏のない笑い方に見えるトーヤさん。ぽんぽん俺の肩を叩く手はちょっと汗ばんでて、頼むから汗拭いてくれ。
つか、別用ってちゃんとした領主の用事だよな?
「それじゃ、おやすみなさい。タイガさんも、早めに用事済ませて寝ちゃってくださいね」
「気をつけますよ。おやすみなさい、セイレン様」
「トーヤ殿、タイガ殿、今宵はゆっくり休まれよ」
「そういたしましょう。では、また後ほど」
いや、後ほどって。トーヤさんの視線、意識してるせいかもしれないけど、何か気持ち悪い。
でもまあ、タイガさんも一緒にいてくれてたし、大丈夫だろう。
「セイレン様、お疲れ様ですー」
「ありがと、オリザさん。俺、変なところとかなかったよな?」
「ないですないです。とっても可愛いお嬢様でしたよー」
「うはー。あ、ありがとな」
「オリザ。わしのセリフ、取らんでくれるか」
「えー。旦那様、まだセイレン様に可愛いっておっしゃってなかったんですかー」
ええいあんたら。中身分かってて言ってるからたち悪い、全く。でもまあ、可愛いお嬢様、に見えたんならボロは出なかったってことだ。よしとしよう。
「セイレン。わしは先に戻るが、お前も疲れているだろう。早めに寝なさい」
「はい、分かりました。おやすみなさい、父さん」
「おやすみなさいませ、旦那様ー」
「うむ、お休み」
父さんが耳まで赤くしながら、いそいそと屋内に戻る。男親が娘褒めるのって、そんなに大変なのかな。俺は男でも女でも親になったことないから、よく分からないんだけど。
「……よし、戻ろっか」
「はいー。お部屋に戻ったらお湯準備しますから、お身体拭いてお休みしましょうねー」
ふう、と一息ついた後、オリザさんと話をしながら玄関から中に入る。
ホールと大広間をつなぐ扉が開けっ放しにされていて、パーティ会場を使用人さんたちが片付けている様子がばっちり目に入った。
ワゴンにはたくさん使用済みのグラスが並べられていて、それが少し揺れて音を立てる。
かちん。
かちん、かちん、かちん。
『さあ、セイレン様。どうぞ、おいでなさいませ』
……。
行かなく、ちゃ。
よく分からないけど、俺、行かなくちゃ。
誰か、が、呼んでるから。
あ、でも、俺、部屋に帰らなくちゃいけないんだっけ?
でも、行かなくちゃ。
「セイレン様?」
「……行かなくちゃ」
今、俺のこと呼んだの、誰だろう。
ああでも、そんなこと、どうでもいい。
俺、呼ばれてるから、行かなくちゃ。
だけど、だけど。
『もし何かが起きましても、しっかり気を持ってお待ちください、とのことです』
うん。俺、行かなくちゃならないけど、待ってるから。
……助けて。




