53.たいへん、御披露目
それからまあ、大変なことになった。
いやだってさ、今日うちに来てる人って要するに俺見に来てるわけだろ。それがかわるがわる挨拶に来るわけよ。
ご挨拶がてら乾杯でグラス合わせるのは向こうと同じだからまあいいけど、それ以前の問題でなあ。一緒に入ってくれた母さんも他の人との挨拶で忙しいから、何気にユズルハさんたちがこっち気にしてくれてるとは言え1人で挨拶返すはめになっちまった。
例その1、でっぷり太ったいかにも商人ちっくな出で立ちのおじさん。何でこういう人って、指輪いっぱいはめてるんだろうな。何かあった時の換金用なんだろうか。気は良さそうなんだけど、うーむ。
「初めまして、セイレン様。ここより西の領地を治めております、クシマと申します」
「クシマさん、ですか。よろしくお願いします」
「ええ。今セイレン様がお召しのドレスは、我が領地で作られた絹でございますな」
「あ、そうなんですか? すみません、不勉強で。でも、着心地が良くて私は好きですよ」
「おお、お嬢様のお眼鏡に適ってようございました」
なるほど、絹かあ。良い家に需要があるから、結構儲かってんだろうな。実際このドレス、さらさらしてて動くのに邪魔じゃないんだよな。肌触りもいいし。
例その2、結構がっしりした短髪のおじさん。えーと何だろ、見るからに魚河岸でへいらっしゃいってやってるような感じ、と思ってたら。
「初めまして、セイレン様。東の港町の領主を務めております、カヅキでございます」
「カヅキさん、ですね。よろしくお願いします。港町だと、お魚よく獲れたりするんですか?」
「はい。こちらの街でも儲けさせていただいてますよ。何を隠そう、私も昔は漁師でしてな」
「へえ、そうなんですか。おいしいお魚なら、当然ですよね」
ガチかい。どこの世界でもこんな感じなのか、漁師さんって。
でもまあ、美味しいお魚ありがとうございます。シーヤの領地って海近くないから、海のお魚食べられるのはカヅキさんとかそっちの方々のおかげだもんな。
例その3、普通のおじさん。うん、一所懸命いいもの着てるけどでも普通のおじさん。
何か分かりやすく揉み手してるなあって思ったら、それも当然だった。
「シーヤ家のお膝元で、街の長をやっておりますカリバでございます。もっと早う、お嬢様にはご挨拶すべきだったのですが」
「カリバさんですか。いや、私の方もいろいろありましたんで。春のお祭り、楽しかったです」
「おお、それはよかったです。その節は不良どもが暴れたという話もありまして、お嬢様に何かあったらとひやひやしておったのですが」
「私は使用人さんたちもいてくれますから、大丈夫ですよ。それより、街の人たちの方を気にしてあげてください」
「何とお優しいお言葉を……このカリバ、身命を賭して街を良きものといたしましょうぞ」
要するに町長さんだったわけ。
お、お世話になりました。いや、あれは俺が悪かった、ほんと悪かった。今更ながら、ごめんなさい。
とまあ、こういうのがあと数パターン。ちなみにどこもかしこも独身の息子さんがいるそうなんだけど、上は30過ぎとかで間がなくって下は1桁とか行ってもサリュウより下、らしい。何じゃそりゃ、と思ったんだけど、その間……つまりいわゆる適齢期の男性陣はたいてい結婚済みだとか、以上ユズルハさん情報。なるほど。
それにしても、疲れる。
さすがに初対面だし、表立ってうちの子の嫁にとか言う人はいないんだけど、何かな。視線で分かるっていうか。
まあそういう意味で男に免疫ないのは認めるよ。春まで男だったんだし。でもなー、値踏みされてるって分かるのきついよなあ。
ある程度話が長引きかけると、使用人さんとかメイドさんとかが「お飲み物はいかがですか」ってお盆持ってするりと入り込んでくれるから、その隙に「では失礼しますね」って離れられるんだけど。それでも視線は追っかけてくるんだよな。つーか、あれだけ食べ物並んでるのに確かに食う時間ないわ。先に軽食取っといて正解。
そんな中、彼らだけは初対面じゃないお客さんが俺のところに来てくれた。
「セイレン様」
「ああ、やっと順番が回ってきましたよ。大変ですね、セイレン様」
「あ、トーヤさん。それにタイガさんも」
うぐ。
タイガさんは来てくれて嬉しいんだけど、その隣のトーヤさんがなあ。いや、先入観なしで見たら結構かっこいい親子なんだろうけどさ。
改めて見ても、ほんと院長先生そっくりなんだもん。どういう顔していいかわからないんだけど、とりあえず笑っておく。今日は、お客さんとして来てくれてるわけだしな。
「本日は、わざわざのお運びありがとうございます」
「いやいや。メイア殿の娘御のお披露目とあらば、このシキノ・トーヤ馳せ参じぬわけにはまいりませんなあ」
「またまたあ」
母さんの娘のお披露目、か。
ほんとにこの人、母さんに惚れてたんだろうなあ。何か俺、母さんに似てるらしいし。
その人が、母さんの娘の俺に、何かしたかもしれないなんてなあ。
ふう、と小さく溜息をついたのはがっつりタイガさんに見られてしまった。
「それにしてもセイレン様。お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……こういう場は初めてなので。それにいろんな人が来てて、とても覚えられそうにないです」
タイガさんはもうすっかり馴染んだ相手なので、分かりやすく顔をひきつらせてみた。
顔と名前、一致させるの大変なんだぞ。いかにも商人さんとか、いかにも漁師さんとか、分かりやすい町長さんとかならともかくさ。タイガさんは出会いがある意味インパクトあったし、トーヤさんは見慣れた顔だから忘れようがないんだけど。
で、ちょっと困ったなあって思ってたらタイガさんが、「大丈夫ですよ」と教えてくれた。
トーヤさんはちょうど通りかかったカヤさんからグラスを2つ受け取って、「どうぞ」って1つ俺に渡してくれた。タイガさんは既に持っていたグラスがあるから、それと合わせて乾杯、と小さく音をたてる。ちゃんとソフトドリンクだし今眼の前で取ったところだから、大丈夫。
「今日来ておられるような方は、シーヤの家令殿が全てご存知のはずですから。招待状を出された以上、当然ですけれどね」
「ユズルハさんが?」
「ええ。ですから、後で伺ってみるといいですよ。多分、資料用の絵姿などもお持ちでしょうし」
「分かりました。ありがとうございます」
そっか、助かった。絵姿ってつまり、似顔絵とかだよな。この世界、写真ないからその代わり。
安心して俺、ドリンク一口で飲み干してしまった。チェリアの実が入ったサイダーは、さっぱりして美味しかった。
不意に、音楽が流れてきた。
ふっと前に見たカーテンの方見ると、赤いカーテンは両脇に引かれててやっぱりというかそこはステージになっている。で、いつの間に呼んだんだって感じでオーケストラって言っていいのかな、とにかくそういう人たちが演奏を始めていた。
楽器の形も、バイオリンっぽいものがくびれがなくて寸胴だったり管楽器がちょっとうねってたりするけど、基本的には似たようなもんだった。
「おや」
俺と同じように音楽に気づいたタイガさんが、俺を見てにっこり笑った。そうしてかしこまったように手を胸に当てる。あ、これって。
「セイレン様、私と踊っていただけますか?」
やっぱりかー。まあ、ちゃんと踊るのは初めてだし、どうせなら知ってる人とがいいよな。タイガさん、今日のためにダンスの練習してくれてたみたいだし。……すごいな、文通でのアピールって。
「下手ですけど、それでもいいなら」
「私がリードいたしますので、ご安心を」
「……じゃあ、はい。お願いします」
だから俺は、差し出された彼の手を素直に取った。あー、ほっとした。夏に会ってから、タイガさんと一緒にいると何か大丈夫、って感じになる。
……うーん。俺、タイガさんのこと気に入ってんだなあ。どういう意味でかは自分でも分からないけど。
「では父上、行ってまいります」
「うむ。行って来い、タイガ」
タイガさんが軽く頭を下げると、トーヤさんはグラスを傾けながらゆったりと頷いた。
トーヤさん、楽しそうな顔してるんだけど俺見る目が笑ってないんだけど。
俺、どこまでいっても『母さんの娘』って見られてるのかねえ。
ちょっと、怖いな。
「大丈夫ですか? セイレン様」
不意に、トーヤさんの顔が見えなくなった。どうやらタイガさんが、自分の身体で上手く隠してくれたみたいだ。ほんと、この人には俺、いっぱいお世話になってるな。
「あー、まあ、何とか」
それだけで安心できたので、素直に頷く。そうしたらタイガさんは頷いてくれて、ダンスを続けながら小さな声で囁きかけてきた。
「……父は、未だにメイア殿のことを思われているようです。母との仲は、あくまでもシキノの後継者を作るためのものでしたから」
「そう、なんですか」
それもどうなんだろうなあ。領主の家って、そういうものなんだろうか。
……ふと、頷いてしまってから、気がついた。何で過去形?
「あれ、タイガさんのお母さんって」
「5年ほど前に、病気で」
うわやっべ、変なこと聞いてしまった。と、とりあえずダンスは頑張って継続、タイガさんの足踏んだら大変だから、ちゃんと合わせながら。
「……ごめんなさい」
「いえ」
謝った声はすっごくかすれてたのに、タイガさんはちゃんと聞いてくれて。
何でこの人、俺のこと好いてくれてるんだろうなあ。もっといい人、いただろうに。
俺、ほんの3ヶ月ちょい前まで男だったんだぞ?
「ところでセイレン様」
「え、あ、何ですか?」
「ダンス、なかなかお上手ですよ」
「あ、ありがとう、ございますっ」
いやだから、そこで褒めるなよなあ。タイガさんにどうにかついてけるだけで、下手だっていうのはちゃんと自覚してるから。
……嬉しいけど、さ。




