50.そっこう、手紙事情
タイガさんに手紙を出してから、ほんの3日ほどで返事がやってきた。
朝食に降りてきたところで、ユズルハさんが玄関扉を開けて応対してたんだ。で、俺に気づいて振り返り、ちょうどいいって顔をしたんだよな。
「おはようございます、セイレン様。あなた様宛てに、速達の文が届いております」
「おはようございます。朝っぱらから?」
「大至急という指定があったようでして。こちらです、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。……タイガさんか。早いなあ」
宛名の文字で、差出人に気がついた。てことはタイガさん、俺からの手紙届いてすぐにお返事書いてくれて、速攻で出してくれたってことか。あと大至急って。
「ユズルハさん。飛脚屋さんに、何か包んであげてくれませんか? こんな時間からだと大変だったでしょうし」
「ふむ、そうですね。では、菓子を包んで渡しましょう」
俺が頼むと、ユズルハさんはすぐに手配してくれた。ほんと、お疲れ様。
向こうみたいにバイクとかない世界だから、めちゃくちゃ大変そうだなあ。いくら馬車があってもさ、あれスピード出したら揺れるだろうし。
……道路がせいぜい石畳だから、バイクでも揺れる時は揺れるか。タイヤがゴムだから、まだましかな?
その辺りはさておいて、タイガさんからの手紙である。
「もともと出席する予定ではありましたが、そういうことであれば尚更出向かなければなりませんね……だって」
「あらら。タイガ様、よほどセイレン様を気に入られたんでしょうねえ」
「ですですー。もう、決めちゃってもいいんじゃないですか? セイレン様」
アリカさんとオリザさんにステレオで茶化されるくらい、文字からしてめっちゃやる気だった。こっちとしてはそのやる気を利用してるみたいで、ほんと申し訳ない。
でも、シーヤの家以外で頼りにできる人って、タイガさんくらいしかいないんだもんなあ。なんだかんだで、あんまりよその人と会う機会なかったし。
ごめんなさい、ありがとう、と便箋に向かって頭を下げた。
で、タイガさんの手紙に書いてあったのは招待への返事だけじゃない。彼が実家で調べていたのは、俺がさらわれたほぼ同時期にシキノの家からいなくなった魔術師について、だった。
「魔術師ドウムについては、消息は全くの不明。魔術の師匠は既に死去、そもそも孤児だったため親族もいない、だってさ」
「全力で怪しいですねー」
「だなあ」
言ってみるとあれだ、鉄砲玉とか刺客とか、そこら辺には最適っていうか。
……俺も、うっかりするとそうだったわけか。うわあ、いやだなあ。
院長先生に育ててもらってほんと良かったと思いつつ、先を読む。
「えーと、専門魔術は火炎系と……変化?」
「読んで字のごとく、物の形を変える術ですね」
ここらへんは知識をしっかり蓄えてる、アリカさんの出番。というか、転移以外の魔術に関してはオリザさん、いまいち覚えが悪かったらしい。よほど楽したかったんだなあ。
「簡単な形でしたら同時に複数掛けられるんですけど、複雑になればなるほど一度に扱える数が減っていくので、あんまり普及してないんですよね」
「へー」
普及してないけど、使える人はいるんだ。まあ、物の量産には向いてないってことか。
ま、こつこつ手でやるのが一番、なんだろうなあ。こういう世界はさ。
……物の形を変える、か。
「物の形って、例えば動物とかに掛けたりってできるのかな」
「知らないですー」
「そういう話は聞いたことありませんね。クオン先生に伺ってみてはいかがでしょう」
「そうだな。お昼から授業だから、聞いてみようか」
つい口に出た疑問に、オリザさんが速攻で頭を振った。アリカさんも首を傾げたから、少なくともあんまりメジャーな使い方じゃなさそうだ。
「変化魔術を、動物にですか」
午後の授業時間。午前中に出た質問をぶつけられたクオン先生も、眉間にしわ寄せて考え込んだ。あ、こりゃ前例ないっぽいな。
「私も聞いたことはありませんね。祖父も手がけたことはないというか、変化魔術は生物に掛けるものではないっていう不文律がありまして」
「あー。てことは、考えたこともないってわけですね」
「そうなりますね。多分、大昔に何かあってタブーになってるんじゃないかしら」
うーむ、何かもやもやするなあ。
昔からそういうものだっていうのは、何となく分かる。その発端が、分からないけど多分何かあったんだろうっていうのも。
だけど、今それをぶち破ろうとする人が、もしいたら。
「……変化と言えば、セイレン様」
どうも考えるのをやめたらしいクオン先生が、あからさまに声色を変えて俺を呼んだ。ちょっとくすんだ色の封筒を、差し出してくる。今日は手紙に縁のある日らしい。
「お召し物を調べた結果です。祖父から預かってまいりました」
「あ、ありがとうございます」
お召し物。俺が、あっちの世界から着てきた服と靴、そしてお守り袋。
そこに、俺に掛けられてた魔術の残りカスがあるかどうか。向こうでいうところの、鑑識さんのお仕事結果か。
「えーと………………っ」
封筒から取り出した紙、そこに記された文章を見て、俺は一瞬ぞっとした。
セイレン様に掛けられていた術は、変化魔術の発展形と推測されます。
「……うわあ」
「……大当たり、みたいですねえ」
俺と、覗き込んできたクオン先生にしかこの意味は分からないんだよな。
動物に、もっと言えば人に、変化の魔術を掛けるタブー。
いくら発展形とはいえ、性転換とかありかー!
ふざけんなこんちくしょー、おかげで俺はこの歳になってから下着の付け方とか月1の体調不良とか、いろいろ大変なんだぞ! たかだか3回か4回かで慣れるか!
「セイレン様、変化の魔術を掛けられていたんですか?」
「…………あー、うん」
心の中で絶叫しつつ現実的には頭を抱え込んだ俺に、アリカさんが恐る恐る話しかけてきた。ああまあ、テーブルの上にびろんと広げられた紙にばっちり書いてあるもんなあ。
変化の魔術の発展形。それを掛けられてた俺がどうなってたか。
「そういえばセイレン様、こちらで初めてお風呂に入られた時に、ご自身のおっぱい見たことなかったっておっしゃってましたけど……」
「…………うん」
オリザさんは冷や汗かいてる。ああ、そういえばあの時そんなこと言ったっけなあ。
そりゃ、その直前まで男だったんだから、女の自分の胸なんて見たことないわけで。
……………………よし。
「クオン先生。ミノウさん、今日ジゲンさんの魔術教室ですよね?」
「はい。今頃教科書とにらめっこしてるはずですが」
「そうですか。じゃ、もう3人全員に話しておいたほうがいいですよね」
バレたら、その時はその時だ。そう考えたのは俺だ。
変化の魔術をかけられて、俺はさてどうなっただろうか。その辺もう、素直に話すしかないだろう。
「よろしいのですか?」
「もっと早めに言った方が良かったかもしれません。そのほうが、皆腑に落ちたでしょうし」
クオン先生が偉くびっくりしてたけど、俺今どんな顔してるんだろうな。自分的にはあー、覚悟決まったらスッキリしたって感じなんだけどさ。
全部ぶっちゃけて、その上で助けてもらおう。それでタイガさんに振られちゃったりサリュウに避けられちゃったりしたら、それはもうしょうがないことだ。
「俺が俺って言う理由とか、その辺全部ひっくるめて」




