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47.おかえり、自室夜話

 夕方、陽の光がだいぶ赤くなった頃に馬車は屋敷に到着した。行きと違って慣れたのか、ほとんど酔わなかった。あーよかった、と胸を撫で下ろす。

 俺たちは疲れたって部屋に帰れば後は晩飯待ちなんだけど、メイドさんとかはそうはいかない。早速荷馬車から荷物を下ろして、それぞれ運んでいくっていう仕事がある。

 手伝うなとは何度も言われてることなので、玄関で待っていてくれたユズルハさんの手を借りて馬車から下りた。


「皆様方、お帰りなさいませ。別荘の夏はいかがでしたか?」

「ただいまー。楽しかったですよ、馬や山羊が可愛かったですし」

「か、かわいかった、ですよね……」

「ああ、可愛らしいものだったな。小型の馬たちは」

「そうねえ。セイレンはあっさり慣れちゃったものねえ」


 ええいサリュウ、無理して俺に同意しなくていいんだぞ。特に馬のあたり。父さんも母さんも呆れてるだろ。


「サリュウ様。少しは馬に近づけるようになられましたか?」

「いっ」


 ほら、ユズルハさんにもバレバレだろうが。笑顔崩さずにさらっと突っ込んできたぞ。

 両親はあーあ、って顔してる。案外これ、恒例行事だったりするのかもな。

 ま、とりなすくらいはしてやるか。さすがにつつかれたから苦手、ってのは犬に噛まれて苦手ってのと同じだろうし。本人はこわいもんなあ。


「まあまあ。馬に近づけなくてもとりあえずは問題ないと思いますし、それはまたの機会に、ね」

「そう、そうそうそうですよ! 意地悪だなあ、ユズルハは!」

「おや、これは失礼いたしました」


 あたふたしながら俺の言葉についてくるサリュウに、ユズルハさんは平然と頭を下げた。

 ……サリュウ、これから14年成長したらタイガさんみたいにしっかりした男になるのかねえ。

 あんなふうに馬に乗って領地飛びまわれるなら、結構便利だろうなあ。


 何でそこで、タイガさんが出てくるんだろ、俺。

 お昼まで一緒にいたから、かな。



 ともかく、ある程度荷物が落ち着いたようなので各々部屋に入る。もちろん俺には、ミノウさんとオリザさんが一緒。クオン先生は、ジゲンさんが待ってる家に帰ったようだ。

 で、部屋に入ると1週間ぶりなのに、懐かしい顔が待っていてくれた。


「あ、セイレン様。お帰りなさいませ!」

「ただいまー」


 室内で俺の荷物だった籠を開けていたのは、夏祓いの間里帰りしていたアリカさんだった。うわー、「おかえりなさい」と「ただいま」がこんな気持ちいいものだったなんて、何か忘れてたなあ。

 ん、ただいまって言えば。


「って、アリカさんこそお帰り。里帰りしてたんだよね」

「あ、はい、ただいまです。セイレン様のお部屋のお掃除などもありますので、今朝戻ってまいりました」


 籠の蓋を閉じ直して、アリカさんは頭を下げた。ってことは、俺たちが馬車乗って戻ってくる間にアリカさんや、屋敷に残ってた使用人さんたちはこっちのお掃除とか頑張ってたのか。


「うわ、そっか。1週間空けてたんだもんなあ。ありがとう」

「いえ、これがお仕事ですから」


 確かに仕事は仕事なんだけど、でも俺の部屋の片付けなんだからお礼を言うのは俺としては当たり前。

 何かこの辺りがサリュウに伝染したらしく、最近カンナさんやマキさんが驚くようになったらしい。ま、あいつはもともと使用人さんを使うのが当たり前の家に生まれて育ったわけだしなあ。人にまで強制する気はないぞ。


「ところで、セイレン様のお荷物はこれだけですか?」

「これでも増えた方だが」


 1個だけの籠を前に首を傾げてるアリカさんに、ミノウさんが肩をすくめながら答えた。

 ミノウさんの言うように、彼女やオリザさんにいろいろ放り込まれたんだよな。その中にあった蝋封のセットとかが役に立つとは、さすがに思ってもみなかったけど。

 あらら、とアリカさんがびっくりしたのは、両親やサリュウみたいに荷物が5つも6つもあるのが当然だからか。一体何詰め込んでたんだろうな、あれ。


「まあ、夏ですから服も薄いものでいいんですけれど。足りたんですか?」

「十分十分。下着は洗って使い回したんだよ、夏だからすぐ乾くし」

「セイレン様、倹約家なんですよー」

「そういうのが普通の家で育ったからなあ。あ、オリザさん、下着ありがとうな」

「なんのなんの、ですよー。確かに、後でまとめて洗っちゃうよりは綺麗ですもんねえ」


 オリザさんの言うように、俺はこういう家では珍しいらしい倹約家、なんだろうな。下着は洗う、といっても洗ってくれたのはオリザさんだし。

 最初は自分で洗おうかなって思ったんだけど、オリザさんがそんなことはさせられないからって買って出てくれたんだ。ミノウさんだと、力入りすぎて生地が傷むってさ。



 ちゃきちゃきと荷物を片付けてくれている中で、アリカさんがふと手を鳴らした。何か思い出したみたいだな、と思ってそっちに視線を向ける。


「そうそう。実家からおみやげにチェリアの実をお持ちしました。厨房で冷やして頂いておりますので、夕食後にでもどうぞお上がりください」

「え、ほんと?」


 その話題が出た途端、俺も含めて全員の顔が明るくなった。

 チェリアの実、即ちさくらんぼである。こっちでは木の種類と生えてる場所にもよるんだけど、夏祓いの週が終わるくらいまでが最盛期らしい。

 旬のものはうまい。うまいものは正義。よって今食べられるチェリアの実はどうしようもなく正義である。

 ……やっぱり俺、どっか女になってきてるかな。メイドさんたちと似たような反応になってるしなあ。



 夕食を済ませた後、アリカさんがチェリアの実を器に入れて持ってきてくれた。この品種は種がないらしくて、食べやすいと人気なんだそうだ。ま、こんな部屋で種飛ばしとかしないけどさ。

 その実を食べつつ、俺たちはアリカさんに別荘での状況を説明した。彼女も俺付きだから、今後何かあったら大変だしな。もちろん、俺がよその世界で男として育ったなんてところは省いて、だけど。


「まあ……大変だったのですね、セイレン様」


 アリカさんはひと通り話を聞いてくれて、それからひとまずの感想をそう述べた。


「うん、まあ。……その大変って、どこにかかってくるのかな? アリカさん」

「え、あ、主にシキノの若様についてです。ごめんなさい」

「あれはあれで大変だったけどな、確かに」


 ま、背後がどうとか過去がこうとかいうところを避ければ、一番大変だったのはタイガさんについて、か。いやまあ、あそこまで好意示されるとなあ。……いや、第三者から見たらストーカーとか言われてもおかしくないか。気をつけよう。


「やはり、籠投げたほうが良かったでしょうか」

「当たらないからやめましょ、ね」


 多分、ミノウさんくらいの反応が普通なんだろうな。さすがに籠は行き過ぎだろうし、万が一当たりでもしたら問題だしな。

 ええい、話がそれる。無理矢理に引き戻そう。


「でまあ、そういうわけなんで、もしかしたらちょっとヤバゲな調査とかあるかもしれないんだ。くれぐれも、気をつけてください。これは全員にだけど」

「もちろん気をつけます。ですが、セイレン様もですよ? シキノの現在の当主様、今でもうちの奥様のこと忘れられないらしいですから」

「は?」


 アリカさんにそんなことを言われて、一瞬目が点になった。おそらく、外から見たらそう見えたと思う。


「いや、トーヤさんって父さんとの勝負に負けたというか、ぶっちゃけ母さんにフラレ……あー」


 振られた相手をそれでも好き、ってのはある。うん。

 そして、もしかしたらまだまだ俺にもチャンスはあるんじゃないか、って考えちゃうところとか、何か分かる。

 だけどそれって、だいぶ昔のことだよなあ。

 それにトーヤさんにはもうタイガさんと、サリュウっていう息子がいる。つまり、奥さんだって。


「いやまあ、忘れられたら楽だよなあ。でも、現実的にはそうじゃないってか」

「サリュウ様をこちらに養子としてお迎えした時に、何かえらく嬉しそうだったという話を聞いております」

「ま、つながりできるもんな」


 ミノウさんが、低い声で言う。あーあーあー、うちの子が昔惚れた女の息子になったってことな。

 いや分かるけど、分からなくもないけれど、でもそこまでしつこいのもなあ。


「……ユズルハさんとかがたまーに言うんですよ。セイレン様、奥様の若いころによく似ておられますって」


 ある意味追い打ちなオリザさんの言葉に、俺は口の中のさくらんぼを喉に詰めかけた。

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