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44.あやしい、過去秘話

 しーん、としてるのは、ここがお墓だからだけじゃない。

 いろいろなことが分かって、それが割と洒落になってないことだからだ。だから、誰も言葉を出せずにいる。

 ただ、ふと思った。ジゲンさんが言っていた『タイミング』って、もしかしてここなんじゃないかって。

 だから俺は、クオン先生にふと視線を向けた。そうしたら先生も俺を見ていて、そうしてゆっくりと頷いてくれた。眼鏡の奥の目が、大丈夫と言ってくれてるみたいで。

 よし。


「……あの」


 思い切って、声を上げた。この場にいる全員の視線が、一斉に自分に向くのが分かる。


「聞いてほしいことが、あるんです。タイガさんにも」

「私も、ですか」

「はい。あなたのお父様のこと、なので」


 俺が名前を呼んだタイガさんが、びっくりしたようにこっちに向き直る。普通ならシーヤの家の人間にしか向けられない話、とか言われてもおかしくないんだろうけど、でも内容が内容だし。

 だったらいっそ、この人にも知っておいてもらった方がいいと俺は思うんだ。それにタイガさん、自分の家のことなのに俺に関係するかもしれないから、って話をしてくれたしさ。


「……分かりました。伺いましょう」

「セイレン様、どうぞ。大丈夫ですよ」


 頷いてくれたタイガさんに続いて、クオン先生がにっこり笑った。……ジゲンさんの孫娘だから、もしかして何かしたのかな。俺にはわからないんだけど。


「姉さま?」

「セイレン?」


 我が家の男衆は、何か同じような顔してうろたえている。親子として暮らしてると、似てくるものなのかねえ。一方母さんはじっと、俺を見据えている。受け止めるからなんでも来い、っていう表情だ。

 それなら俺も、行ってみるさ。


「……実は、その」



 とりあえずタイガさんがいるってことで、俺がよその世界で育ったってところは上手く省いて説明した。つまり、俺を育ててくれた人がタイガさんのお父さんと同じ名前、同じ顔、同じ声だってことなんだけど。

 いや、さすがにタイガさんどころか両親もぽかーん、だったよ。特に母さん。言ってもさ、トーヤさんとは昔馴染みだもんな。


「父と、その人が? そんなに、よく似ていたのですか」

「はい。なので、初めてお顔を拝見した時に、その、わけ分からなくなっちゃってくらっときて」

「姉さま、あの後軽く寝込まれたんです。僕はシキノの父さまと少し話したんですが、あくまでも姉さまのことを心配してらっしゃったんですが」


 眉間にしわを寄せながら確認してくるタイガさんに、頷いて答える。サリュウの言い方からすると、昨日のトーヤさんは特におかしな言い方はしなかったみたいだな。

 それで昨日のことを思い出したのか、母さんが口を挟んでくる。


「そう、それで具合が悪くなったのね。気が付かなくてごめんなさい、セイレン」

「いえ、謝るのは私の方です。父さん、母さん、すみません。事情が事情だったもので、言っていいものかどうか分からなくて」

「……そうだな。意味も理由も分からない事情であれば、余り広まってほしい話でもなかろう」


 父さんは、本当に難しい顔になった。全く意味のない話かも知れないし、もしかしたら大きな問題なのかもしれない。少なくとも、俺がその意味をはかりかねたってことだけは、分かってもらえたと思う。

 母さんは、ちょっと考え事にふけるように顔を伏せた。じっと聞き耳を立てて、皆の様子をうかがっているようには思える。

 同じように考える顔になっていたタイガさんが、「分かりました」と顔を上げた。あ、何か決心した表情になってる。


「こちらはこちらで調べてみようと思います。少なくとも、シキノ家内部の話は私にしか調べられないでしょうからね」


 へ?

 あ、いや、確かに調べてもらえるんなら助かるんだけどさ。でも、もしバレたりしたらやばいんじゃないのか。俺たちっていうかシーヤもそうだけど、もしかしておおごとだったりしたら、まず一番にタイガさん、本人が。


「いいんですか?」

「私にお話くださったということは、私をほんの少しでも信じていただけたということでしょう? その信に、私は報いねばなりません。シキノの家を継ぐ者として」


 一言でしか尋ねることのできなかった問いに、彼ははっきりと答えてくれた。あーうん、確かに信じてなきゃ、こんなこと打ち明けられないもんなあ。だけど、本当にいいのかよ。これって、何もなきゃ単なる俺の自意識過剰だぞ。それなのに、さ。


「……すみません。私の、個人的なことなのに」

「いえ。何も無ければそれでよし、もし何かあったとしたら……その時は、その時ですから」


 そんなこと思ってる俺のことを分かっているのかいないのか、タイガさんは当然のように笑ってみせた。



 墓所の村の入口まで着て、タイガさんと別れて馬車に乗る。動き出したところで、父さんが不意に口を開いた。


「セイレン。お前を育てた人ということは、お前が育った世界の人なのだな?」

「はい。俺が着てた服の縫い取りから、セイレンって名前をつけてくれたのもその人です。向こうで使ってる文字の1つとこちらの文字はよく似てて、それでセイレンと読めましたから」

「そうか……」


 俺の答えを聞いて、ほんの少し考える。そうして父さんの視線は、彼の隣に座っている母さんに移った。


「メイア」

「はい」

「お前、トーカ殿とは会ったことあるか?」


 おや。

 トーヤさんの弟さんのトーカさんのことか。まあ、タイガさんの話からするとそっちも確かに変なんだけど。

 でも、シキノさんちのご近所さんだった母さんなら、何度か会ったことあるんじゃないのかなあ、と思ったけど。


「……ほんの1、2回ほどしか。表向きにはシキノの後継者はトーヤ殿でほぼ決まったようなものでしたし、それを嫌った先々代のご正室様が遠くの別荘で保護しておられたとかで」

「保護、ですか?」


 サリュウが不思議そうに尋ねる。ああいや、俺もあれって思ったけど。

 あ、でもあれか、お家騒動で偉いことにならないように隔離したとか、そこら辺か。


「まあ、いろいろあるのよ。聞いた話なのだけれど、トーヤ殿とトーカ殿は兄弟、と言ってもほんの数週間しか違わないし」


 母さんの答えはすっごくお茶を濁してたけど、まあそういうことだろうな。後から生まれたほうが正室の子供、なんてまあ確実にお家騒動のネタにはなるわけだし。


「でも、私がお会いしたことのあるトーカ殿って、トーヤ殿とよく似てらした気がするわね。もう40年は前の話だし、あんまり良く覚えてないのだけれど」

「そうか……ふむ」


 続いた言葉を最後まで聞いて、父さんは何か納得したように頷く。

 ってか、兄弟だと結構似ててもおかしくないような。お母さんが違う人だけど、遺伝子は半分同じのもらってるわけだしさ。

 そんなことを考えていたら、父さんの視線は再びこっちに来た。


「セイレン、お前この話は、他に誰にした?」

「サリュウとミノウさんとオリザさん、それにクオン先生と、彼女を通じてジゲンさんに。そのくらいです」

「僕にはカンナがついてきてましたから、彼女が聞いてる可能性はあります」

「ふむ。では、こちら側の調査はジゲンに任せるとしようか」


 俺の答えとサリュウの補足。それを聞いた父さんの結論は、ものすごく簡単なものだった。ジゲンさんって、すごく頼りにされてるんだよな。ま、よその世界から俺を連れ戻すなんて大仕事やってのけてるわけだし。

 母さんもその結論には納得らしく、頷いてから俺たちに厳しい目を向けた。


「そうですね。セイレンもサリュウも、この話を表に出してはいけませんよ」

「はい、分かっています」

「ええ、もちろん」


 そりゃそうだ。これ以上、よそにもどこにも流すわけにはいかないだろ、こんな訳のわからない話。

 大体、よその世界とかそういう話をまともにしたとして、真に受ける人がどれだけいるんだか。


 こんな話、って言えば父さん、タイガさんと話してる時に肝心なこと言ってた気がする。


「そういえば父さん。俺がいなくなった時期におんなじようにいなくなった魔術師さんってどうなさったんですか?」


 気になったので、尋ねてみる。と、両親が互いに顔を見合わせた。あ、なんかあったな、確実に。


「まあ、普通はお前をさらった犯人として疑うな。だが、すぐにその疑いは晴れたのだ。当時は、な」

「え」

「その夜にはもう、発見されたそうなのよ。屋敷の裏で、血まみれだったそうよ」

「お前を守れなかったと、血で書き残してな」


 そこで、2人の言葉は止まった。だけど、そこまで聞けばその後どうなったかなんて、考えなくても分かる。

 そっか、死んじゃったんだ。その魔術師さん。状況からして、俺をどうにかできるとは思えなかったってことか。

 母さんの言い方が伝言風なのは、多分俺を産んでから1ヶ月しか経ってないからって現場見せたりとかしなかったんだろうな。いや、だって結構ダメージ来そうだし。


 だけど、俺が別の世界に行ったとしたら、その魔術師さんが何がしかやらかした可能性が蘇る。

 父さんの『当時は』って、要するにそういうことなんだろう。

 だけど。

 だけど。


 俺を守れなかったって書き残して、死んでしまった魔術師さん。

 俺は、その人の生命を糧に、今まで生きてきたんだろうか。

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