42.ひそかに、夕食前後
ふと気が付くと、部屋の中は暗くなっていた。俺はベッドで寝ていて、側に……あ、オリザさんがいる。
温かいスープを飲んでから、すとんと意識が途切れてる。そっか、何か安心して寝ちゃったんだな。
軽く身体を動かすと、オリザさんはすぐに俺が起きたことに気づいてくれた。
「セイレン様、おはようございますー。お加減はいかがですかあ?」
「あ、おはよ。うん、何とか……ああ、スープ美味しかったよ。ありがとうな」
「いえいえー。あったかくてほっとするもの、って言ったらココアかスープかなって思ったんですけど。お口に合って、よかったですー」
にこにこ笑ってくれるオリザさんの顔はちょっと子供っぽくて、でも、だからかな、すごく安心できる。いや、俺についてくれてるメイドさんたちやクオン先生、それにサリュウの笑顔もみんなそうなんだけど。
俺はココアも好きなんだけど、今日はスープでよかったとほんと思う。向こうで最後に飲んだの、そういえばココアだったっけな。
あ、オリザさんが作って持ってきてくれたスープは、かぼちゃみたいな野菜をすりつぶして山羊の乳でのばしてくれたもの。甘みがあって、一口飲んでほっとできたんだよな。クルトンってこっちで言うのかどうか知らないけど、入ってたパンの耳も美味しかったし。でもあの耳、揚げたり焼いたりしてなかったよなあ。ま、いいか。
「……えーとお」
ふと、オリザさんがもじもじと言いにくそうに口を開いた。真面目な顔してるから、大事な話なのは間違いない。だから俺はおとなしく、次の言葉を待つ。
「クオン先生とミノウから聞いたんですけど、セイレン様を育ててくださった方のこと」
「あ、聞いたんだ」
「はい」
そっか、聞いたのか。
そうだよな、何で俺がひっくり返ったりしたのか、サリュウやミノウさんやクオン先生には話したけど、その時オリザさんはスープ作ってくれてて不在だった。でも、状況的に聞く権利はあると思う。最初に部屋に行こうって言い出してくれたの、オリザさんだし。
「えとですね。このこと、旦那様と奥様にお話するかどうか、皆で迷ってるんです」
「父さんと母さんに?」
「はい。あの、さすがにおんなじ名前のそっくりさんって、何かあるとしか思えないですしー」
微妙に口ごもるオリザさん。何か、分かるような気がした。
シキノ・トーヤは領主であり、サリュウの実の父親だ。
その人と、別の世界にいるはずの俺の育て親が名前も同じ、顔もそっくり、声もよく似てるなんてさ。
何かある、としかほんと、思えないよ。
別の世界って言うけれど、その壁を俺は2回越えてるしなあ。つまり、えーと何だ、うん。
俺の知ってる院長先生も、壁越えてる可能性とか、その他まあいろいろあってもおかしくないわけだ。
そもそも、あっちの世界で俺の名前を青蓮ってつけてくれたのは院長先生だしな。もっともあれは、服に名前の縫い取りがあったからだけど。こっちの文字は、あっちのアルファベットとわりと似てるし。
でも、なんのかんの言っても偶然の一致、で済ませるような事柄じゃない、気がする。
「セイレン様は、どうなさりたいですか?」
オリザさんは微妙に首を傾げて、俺に意見を求めてくる。
確かにこれは、俺がメインの問題だ。俺がどうしたいか、聞いてくるのは当然だと思う。
だから俺は、自分の意見を素直に口にした。
「……本音を言うと、あんまり両親を巻き込みたくないんだ。それに、父さんたちに言ってしまったら問題が大きくなるだろ」
「えー。問題は確かにそうなんですけどお……」
そうだろ。下手したら、シーヤとシキノがもめることになりかねない。いや、理由分かんないけどそうなる気がする。
領主同士で揉め事なんて起きたら、多分ただじゃすまないよな。さすがに、大事になるのは避けたいよ。特に、サリュウにしてみたら生まれた家と、今いる家の問題なんだしさ。
だからといって、放っておくつもりはあんまりないんだけど。
「だから、とりあえずは父さんたちじゃなくて、ジゲンさんに話を通してくれないかな?」
「ジゲン先生ですか?」
は、ともともと丸い目を更に丸くして、オリザさんがびっくりしてる。はは、今近くにいない人だから気が付かなかったかな。でも、俺が問題だと思った時に一番に出てきた顔は、あの人だったんだよ。
何しろ、俺に起きたことを一番良く知ってるのは多分、ジゲンさんだ。
「うん。俺をシーヤの家に連れ戻してくれたのはジゲンさんだし、あの人なら事情はよく知ってるから」
「そゆことなら、わっかりましたあ。クオン先生やミノウには、わたしからそうお話しておきますね」
「お願いな。あ、あとサリュウにも話、しておいてくれるかな」
「分かっておりますですよー。サリュウ様が一番、セイレン様のことを気にかけておられましたからー」
拳握ってガッツポーズ、はこっちでもするんだよな。確か言い方は違ったけど、忘れた。やっぱり力入る仕草だから、同じように使うらしい。
ミノウさんが夕食どうするか、って来てくれたので、食べることにする。いやまあ、メンタルダメージは結構来たけどお腹は空くもんだし。とりあえずはどうにかなるかなって思ったら、腹の虫が鳴きやがってさ。
とりあえず手足と顔だけ拭いて、着替えを済ませる。ゆったりしたサーモンピンクのワンピースは、ふんわりした生地で実はちょっとお気に入り。変なところで馴染んでしまってるなあ、と自分でも思う。
「セイレン様。お加減、大丈夫なんでございますか?」
食堂に顔を出すと、ゴドーさんが慌てて駆け寄ってきた。ああうん、身体の弱い娘さんが帰るなり寝込んだってことだろうしな、そりゃ心配だろ。ごめん。
「あ、はい。休んだらだいぶ良くなりました。心配かけてごめんなさい」
「いやいや。ご無理なさいますな」
軽く頭を下げると、ゴドーさんも下げ返してくる。いつまでもやってるときりがないので、素直にお腹が空きましたとぶっちゃけて席についた。いや、本当のことだしな。
食卓には俺以外の家族が全員揃っていて、視線が集中するのが分かる。とりあえずは、頭を下げるしかないよな。
「父さん、母さん、サリュウ。心配おかけしました」
「う、うむ」
「ご飯を食べに来たってことは、大丈夫なのね?」
「はい。ゴドーさんにも言ったんですけど、休んだらだいぶ良くなりましたんで」
「そう、良かったわ。ね、あなた」
「……ああ、よかった」
「父さま、あわあわ言ってたんですよ。オリザがスープ飲ませたら落ち着いたって聞くまで」
「さ、サリュウ。言わんでいい」
サリュウのセリフに、父さんは耳まで真っ赤にした。母さんがくすくす笑ってるから、マジっぽい。
あーえーと。確かに心配かけたのは悪かったけど、大丈夫か特に父親。
このくらいの娘持った父親ってのは、こんなものなのか。他の例を知らないけど、ちょっと心配性だろ。
ま、ともかく家族全員揃ったんで、食事を始めることにした。鶏肉の入ってるサラダにローストビーフ……うん、こっちでも牛は牛らしい。それにクリームスープと野菜の煮込み。うん、優しい味でほっとする。
で、食事中に父さんが、俺とサリュウに聞いてきた。
「セイレン、サリュウ。明日は墓所参りだが、どうするね? 何なら、ここで休んでいてもいいのだが」
視線からして、主に俺に尋ねてるんだよな。遊びに行って帰ってきたら体調崩してたわけだから、そりゃ当然だけど。
でもまあ、多分今日みたいなことにはならないと思う。一応、知識としてトーヤさんが院長先生とそっくりだってことは覚えたし。
だから、「大丈夫です」と頷いてみせた。
「そうか。サリュウ、お前はどうだ」
「え、あ、はい。姉さまが大丈夫なら。僕もついてますし」
いや、俺の体調とお前の墓参りは関係ないだろう。それとも、心配してくれてんのかな。
あーうん、皆いてくれるしほんと、大丈夫だって。多分。
「そう。セイレン、無理しなくていいのよ」
「はい。きつくなったら、ちゃんと言いますから」
本気で心配そうな母さんに、俺はまっすぐ向いてちゃんと答えた。
正直、トーヤさんと会った時のあれはメイドさんたちがいてくれて助かったんだよな。
人間素直が一番って言うけど、ほんとだよ。しんどいならしんどい、ってちゃんと言わないと。
夕食後、クオン先生が部屋に来てくれた。オリザさんから話を聞いたとのことで、早速手を回してくれたらしい。
「祖父には伝書蛇を遣わしましたので、今日中には話が伝わると思います」
「ありがとうございます……って、蛇?」
蛇なのか、こっちだと。あっちだと鳩だったはずなんだが。
っていうか、蛇って地面にょろにょろ這うあれだよな。今日中って、夜中までにはってことだよな。それ、大丈夫なのか。
「はい、蛇です。少々珍しい種類でして、背中に羽が生えてるんです。それで、地面すれすれを飛ぶんですよ」
「……飛ぶんですか……」
……そうか、飛ぶのか。そうなると鳩とどっちが早いんだろうな、と遠い目になってしまった。
馬も飛ぶし蛇も飛ぶ。ああもう、この世界はそういうもんなんだよな、うん。
というところで気がついた。そんなに早く情報を届けられるなら、何でもっと普及してないんだろう。
今まで俺、空飛ぶ蛇なんて見たことないぞ。いや、地面すれすれ飛ぶんなら見たことなくてもおかしくないけど。
「あれ。でも、あんまり使われてないですよね?」
「魔術師にしか懐かない性質なんですよ。それで、セイレン様のおられた世界ではどうだか分かりませんが、魔術師の使いということでちょっと怖がられてまして」
「あ、なるほど」
説明されて納得する。そりゃなあ、言っても蛇だし。
それなりに本を読み始めてることもあって、こっちにも毒蛇がいるくらいのことは知っている。蜂蜜採れるくらいだから当然蜂もいるし、基本的な生態系は向こうとそんなに変わらないっぽい。
ま、そういうのだったら怖がられるよなあ。
で、クオン先生がそういう蛇を使えるってことは。
「……てことはクオン先生、魔術師の素質あるんですね」
「祖父が祖父ですからねえ、ちょっとはあると思いますよ。ちゃんと勉強したことはないですし、正直あんまり興味もなかったんですが」
あー、やっぱりその手の素質って血も影響してくるんだな。
それに、魔術師にしか懐かない蛇ってあれか。向こうのお伽話で魔女が使ってる猫とかカエルとか、そういう感じか。




