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40.うまいぞ、牧場工房

 牧場を一回りした後、俺たちはチーズやバターを作ってる工房におじゃました。

 あっちの世界と違ってきっちり手を洗えとか、上に白衣を着ろとかいう細かいことは言われなかったけど、一応気は使う。何しろ、食べるもんだしな。

 ご近所さんらしいおっちゃんやおばちゃんが大きい鍋で山羊の乳をかき回してるところとか、乳酸菌だか何だか知らないけど混ぜて固まったやつを切ってるところとかを、ちょっと遠くから見させてもらう。さすがにちょっと匂いがきつくて、小さく咳き込んだ。


「セイレン様あ、はい、ハンカチ」

「あ、ごめんオリザさん、ありがと」


 渡されたハンカチで、口元を覆う。咳してつばでも飛んだら大変だもんな。せっかくのチーズがもったいない。

 バターの元は大きな蓋できる器に入れて、えらく揺さぶってた。腕で振ると大変だからとかで、何でも魔術を使った装置らしい。


「魔術なんですか? ガドーさん」

「さいでございます。この方が、質が同じように保てますでな」


 なるほど。どういうところに使ってるんだと思ったけど、まあ平和的な使い方ならいいんじゃないかな。こんなもんで地面揺さぶられたりしたら、大変だし。


 で、工房にくっついてる食堂でチーズ、それからバターを試食させてもらう。ご近所さんの1人の家で焼いたパンと、山羊の乳もついてきた。いいよな、こういうほのぼのしたのって。

 チーズをひとくち食べて、あ、と思った。朝のサラダに入ってたゴドーさんのチーズはこってりしてて生野菜に合わせるといい感じになるんだけど、ガドーさんのチーズはあっさりしててこのままでも食べられる。


「ほんとだ。確かにゴドーさんのチーズと、ちょっと違う」

「でしょう? よかった、姉さまに分かっていただけて」


 嬉しそうだな、サリュウ。うんまあ、これなら確かに食べれば違いが分かるよ。ご兄弟なんだから同じように作ってると思うんだけど、こうも味変わってくるんだなあ。


「ガドーさんのチーズのほうが、あっさりした感じだと思います。サリュウはこってり系が好きなんだ」

「はい。あっさりもいいんですけど、やっぱり味がしっかりあった方が好きかな」

「サリュウ様もセイレン様も、よい舌をお持ちですな。はっきりと違いをおっしゃっていただけるのはありがたい」


 ガドーさんが嬉しそうに頷いてくれる。ゴドーさんのチーズだけじゃなくて、多分他に作ってる人のところのチーズとも味は違うんだろう。ま、手作りだとそういうもんだよな。


「私はこっちも好きですね。ガドーさんのものも仕入れてもらって、料理によって使い分けてもらえると嬉しいかな」

「承知しました。まずは少量を買い入れて、旦那様がたやシェフと相談してみましょう」

「おお。セイレンお嬢様にそう言っていただけると、作った甲斐があるというものですじゃ」


 即座にミノウさんが頷いてくれたのはいいんだけど、ガドーさんがすごく嬉しそうで何かびっくりする。

 いや、だからそんなにえらいもん……なのか、俺。領主の娘ってのは、それだけ。

 ……ちょっと困ってしまいながらも、ちゃんと完食はしたよ。パンに塗ったバターもさっぱりしてて、これなら結構量を食べられそうだと思った。

 こっちのパンはそれ自体の味がしっかりしてるんだけど、その味をバターが引き立ててるって感じだった。案外、トーストしても行けそうなんだけど……一度焼いたパンをもう一度焼くってこと、しないのかな? こっちに来てから見たことないや。



 で、俺が気に入ったチーズとバターをおみやげに買って、牧場を後にすることになった。

 ガドーさんと、何気にゴンゾウが見送りに来ているのがちょっと笑える。こいつ、走って行ってからちょっとクールダウンしたのかな。何かスッキリした顔してるよ。


「それじゃ、お世話になりました」

「ありがとう。楽しかったよ」

「いえいえ。セイレン様もサリュウ様も、また遊びにおいでくださいまし。クオン様もぜひに」

「はい。次は祖父も来られたらいいんですが」


 俺とサリュウ、そしてクオン先生はガドーさんと言葉をかわす。ジゲンさんも、いっぺんここに来てみてもいいんじゃないかなあ。


「めえ、めええ」

「ゴンゾウ。次回までに、鍛えておいてくださいね」

「めえええええ!」


 何だよゴンゾウ、お前やっぱり次もミノウさんとやる気かよ。ま、年寄りの冷や水ってこっちでも言うのか分からないけど、無理はするなよ。


「セイレン様あ、サリュウ様あ。そろそろ出発ですよー」

「ありがとう。それじゃ、行こうか」


 馬車の準備を済ませてくれたオリザさんの声に、俺たちはぞろぞろと動き出した。行きと同じように俺たち姉弟とクオン先生、メイドさんたちはそれぞれ別の馬車に乗って、出発。


「またおいでくださいませ、お元気で!」


 ちょっと名残惜しそうなガドーさんの声に、俺は窓からちょっとだけ身を乗り出して手を振った。


 がらがらと動く馬車の中で、おみやげとして買った中にあったスモークチーズを口にする。お、チップの香りがはっきりしていい感じ。父さん、これでお酒飲んだらどうかな。


「セイレン様、美味しいですか?」

「あ、うん。元のチーズの味がさっぱりしてるから、燻製に使った木の香りがいい感じに移ってるよ」

「へえ。僕も頂いていいですか?」

「いいよ。クオン先生も食べて食べて」

「あら、いいのですか? それじゃ、遠慮なく」


 俺だけ独占してもあれだしさ。サリュウとクオン先生にも差し出すと、2人とも1つずつ口にしておお、と感心したように目を見開いた。


「あら。これお酒のあてにいいかもしれませんわ」

「勉強の休憩中に食べてもいいかも……」


 よし、気に入ってもらえたようだ。ちょっとだけつまむにはいい感じなんだよな、スモークチーズって。

 で、俺はもう1つ口にする。噛んだところで、ふとサリュウが俺に視線を向けてきた。


「姉さま、牧場楽しかったですか?」

「うん、楽しかった。馬も山羊も可愛かったしさ」

「え」


 馬、って単語を出した瞬間、サリュウが分かりやすく上半身を引いた。

 まあ気持ちは分からなくもないけどさ、そこまでリアクションしなくても……ってのは、馬につつかれたことがないから言えるんだろうなあ。


「いや、見る分には可愛かっただろ?」

「そ、そうですね。ただちょっと、僕はあんまり近づきたくないんですが」


 ……あー青くなってる。こりゃ、馬に乗ったサリュウは見られない、かなあ。

 タイガさん、結構かっこよかったからサリュウもきっと、かっこいいと思うんだけど。


「サリュウ様。馬が苦手であることを克服なされば、セイレン様をお乗せできるかもしれませんよ?」

「え」


 クオン先生のささやきに、サリュウの動きがピタリと止まった。いやちょっと待て、何で俺なんだよ。


「よ、よし僕、頑張ります!」

「待て、サリュウ。乗せる相手は俺でいいのか? もう少し他の子とか」


 あっさりやる気になった弟に、慌ててツッコミを入れる。

 だってさ、苦手克服してまで馬にふたり乗りするのに相手が姉とか、どうよ?


「だって僕、母さまと姉さまとメイド以外にほとんど女性とのお付き合いありませんから」

「……そういうもんなのか?」

「そうですね。街のほうに行けば、サリュウ様と近い年代の娘さんもいらっしゃると思うんですけど」


 サリュウもクオン先生も、それが当然だという顔で話をする。あー、まああっちの世界みたいに学校に通ったりバイトしたり、ってことないもんなあ。そりゃ、付き合いないか。

 ……学校行ったりバイトしたりしてたのに、友人少なかった俺ってどうよ。だめじゃん。


「ま、いろいろあるか……」


 小さく溜息をついて、口の中に残ってたチーズを噛み締めた。



 皆でわいわい騒いでいるうちに、馬車は別荘に到着した。

 サリュウに手を借りて降りると、別荘前には見たことない別の馬車が止まってた。俺たちが今日乗ってたのと形は似てるけど、あっちは黒に金で植物の模様が描いてある。あー、何かお椀とか重箱思い出した。俺、発想が結構貧相だな。

 で、別荘の玄関が開いて、中から人が出てきた。中年っぽい、割としっかりした身体つきの男の人、で。

 その顔を見て俺は、その場で凍りついてしまった。


「……!」


 院長、先生?

 なんで、こんなとこに、この人がいるんだ?

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