38.のどかな、小馬牧場
さて。
今日は俺とサリュウは、近くの牧場に出かけることになった。何でもゴドーさんがよくお買い物をしてる先で、つまりはサリュウが好きな山羊のチーズの大元らしい。
いや、まずはご先祖様の墓参りに行くべきだとも思ったんだけどさ。
「墓参りは明日でいいのかな?」
「シーヤの墓所は、シキノの墓所と近うございますでな。今参られましたら、タイガ様とお顔を合わせる確率が高いかと」
「明日にします!」
というわけで、ご先祖様に会いに行くのは明日ってことになった。ゴドーさんありがとう。いや、今朝あんな顔の合わせ方した相手にどうやって会えばいいのか正直分からないし。
俺にはミノウさんとオリザさんがついてきてくれる。サリュウにはカンナさんと、前にも見たことがあるポニテで丸眼鏡のメイドさんが一緒だ。たしか、マキさんって言ったっけ。
で、引率役はちゃっかり来ていたクオン先生だった。屋敷にはジゲンさんが居残りだそうで、クオン先生がいない間は同じく居残ってる使用人さんが面倒を見てくれるとのこと。
「というわけで当主様、奥様。セイレン様とサリュウ様はお預かりいたします」
「うむ、よろしく頼むぞ」
「2人とも、メイドの皆も楽しんできてね」
両親は留守番だそうだ。というか、どこからどう見ても真っ昼間からいちゃつく気満々である。
仲良く腕組んじゃってまあ……いや、親が仲が良いのは問題ないんだよ。俺は親がいなくて施設で育ったけど、一緒に育った連中には両親がえらく仲悪かったりして家に居場所がないやつとかもいたもん。
「それじゃ、いってきます」
「行ってまいります」
挨拶をして、本日の足である小さい馬車に乗る。今日の馬車は渋目の赤に塗られてて、意外に背景と違和感が無かったりする。馬がカラス顔なのはもう、慣れるしかないというか。
例によってメイドさんたちは別の馬車なんだけど、クオン先生だけは保護者代わりということで一緒に乗った。
馬車が走り出してしばらくしてから、クオン先生はにっこり笑ってのたもうた。
「セイレン様、サリュウ様。タイガ様のお噂は伺いましたよ」
「うわ、聞いたんですか」
「……ははは……兄さまはもう……」
思わず天井に目を向ける俺に、がっくりと頭を抱えるサリュウ。いや、そりゃそうだろう。
クオン先生はちょっとだけ俺とサリュウを見比べてから、視線を俺に固定した。
「私からは何も申し上げることはございません。セイレン様のお好きなようになさればよろしいかと」
「……あー、うん。しばらく、考えさせて」
あ、こりゃタイガさんが俺に惚れてるとか思われてるな、完全に。後は俺次第、だってことか。
そんなこと言われても、やっぱりなあ。
実際タイガさんが俺のことをどう思っているのか、はっきりとはしてないわけだし。
「というかさあ、はっきり言ってくれるとこっちも考えやすいんだけど」
「それで奥方が来てくれるのならば、兄さまには頑張って欲しいもんなんですけど」
ぼそっと呟いた俺に、頭抱えたままのサリュウが泣きそうな声で答えてきた。
おい、あの年ではっきりしないのかよ。そりゃ独身のままだろ、何考えてるかわからないって言われるに決まってるし。
というか、やっぱりカッコつけてるところあるんだろうな。思わせぶりなことしてたら、相手から言ってくれるんじゃないかってさ。実際のところはうぜえ、としか思えないんだけど。
「ま、もう少し積極的になさればよろしいとは思いますけれどね」
肩をすくめたクオン先生の言葉が、ぶっちゃけ俺の意見の代弁だった。
馬車でやってきた牧場は、別荘近辺よりはなだらかな傾斜の草原にあった。ま、馬とか山羊とか育てるんだから、草がたっぷりある方がいいもんなあ。風、結構気持ちいいな。
風向きとかの関係で、別荘よりは奥なんだけどあまり雪は積もらないらしい。でも、冬がきたらやっぱり麓には降りるみたいだ。
「山羊は冬の間は放牧されてますから、馬を連れて下に降りるんですよ」
クオン先生が言うにはそういうことだそうで。ここで飼われてる馬は小型らしいんだけど、それでもそいつら連れて移動するの、大変だろうなあ。
出迎えてくれた牧場主は、ガタイのいいお爺さんだった。口ひげ蓄えてて、デニムっぽい生地でできたシャツの腕をまくってる。ん、ゴドーさんに似てる?
「久しぶり、ガドー」
「おお、セイレン様。クオン様も、ようお越しになられまして」
「お久しぶりです、ガドーさん」
ガドーって、名前まで似てるってことは。
「ああ、今年はセイレン様も来られたんですよ。セイレン様、牧場主のガドーさんです。ゴドーさんのお兄様に当たられますわ」
あ、やっぱり。ある意味分かりやすくていいなあ。
兄弟って、似た名前つけることあるもんな。サリュウとタイガさんは違うけど……そういえば2人のお父さん、確か名前の似た弟さんがいたなあ。トーカさん、だっけ。
「何と。セイレンお嬢様、お身体の方は丈夫になられたのですか、それはようございました」
「ありがとうございます。改めまして、セイレンです。お世話になります」
ま、シキノの家のことはともかく、ガドーさんにあいさつする。今日は、シキノさんちのことは忘れよう。うん。
まず案内されたのは、小型の馬が走り回っているエリアだった。ちゃんと柵が立っていて、その中をとっとこ走り回っている馬の背中には、ちっちゃな羽がぱたぱたしていた。あー、ありゃ飛ぶのは無理だな。
「こちらが小型種ですじゃ」
「確かに小さいですね」
近寄ってみると、大きいのがカラスだったのに対して雀っぽい顔をしていた。で、奈良とか広島とかで我物顔して歩いてる鹿くらいの大きさ。タイガさんの馬とかが普通の馬よりでかいこともあってか、余計に小さく可愛く見える。比較対象、多分間違えてるけれど。
「可愛いでしょう、姉さま」
「うん。ところでサリュウ、もっと近くで見てもいいんじゃないのか?」
「えーあー……僕はいいです、姉さまはどうぞ」
俺は柵のすぐそばにいるんだけど、サリュウはそこからかーなーり離れている。ついでに言うと、クオン先生を盾にしてるんだけど大丈夫か、お前。
そういえばあいつ、つつかれたことあるって言ってたっけ? 犬に噛まれるのとかと同じレベルで、トラウマになってるのかね。
「おいでー」
まあ、気にしても何なので柵の間から手を伸ばしてみる。と、1頭とことこと寄ってきた。くちばしの先でしばらく俺の手を探った後、すりと頬をすり寄せてくれた。よっしゃ。
「おー、よしよし」
せっかくなので、頭をなでてみる。おお、おとなしくなでられてくれてるぞ。勝った。
……何に、と言われても困るけどな。
「あ、すごい。姉さま、つつかれないんですか」
「大丈夫かなって思ったんだけど、結構平気みたいだ」
「おやおや。セイレン様、懐かれたようでございますなあ」
怖がってるサリュウに、俺は平気だよと笑ってみせた。ガドーさんも楽しそうに笑ってるし。
しかし、何ていうか手触りが奇妙なんだよなあ。いや、ぱっと見頭はカラスなのにさ、触ると普通に獣なのな。羽じゃなくて、薄めのじゅうたん触ったようなふかっとした感じ。どういう自然なんだろうな、この世界。
そのうち、他の馬たちも寄ってきた。色は白黒茶の単色、他にぶちといろいろいるんだけど、サイズは大体似たり寄ったりだ。小型種だそうだから、これで大人なのかな。聞いてみよう。
「この子たちは、これで大人なんですか」
「へい。玄関扉の番などをさせるための品種なのですが、最近は良い家の方が愛玩用にと買って行かれることも多くなりました」
「玄関の番? できるんですか」
番犬、じゃなくて番馬? できるもんなのかな。いやまあ、つつかれたら痛そうだけど。
「ええ。馬たちは皆頭が良うございますで、しつければしっかりと番をしてくれますな。それと、この大きさでもかなりの荷を運ぶことができます」
「泥棒が来たりすると、激しくつついて追い払うこともあるそうですよ。……サリュウ様は、どうしてつつかれたんでしたっけ」
「何もしてないよ! えさ取られて、取り返そうとしただけだって!」
あ、そりゃつつかれるわ。あきらめろサリュウ、食事の恨みは怖いぞ。
それにしても、番馬に荷物運び、か。
小さい身体だと、多分食料も大きいやつより少なくてすむよな。てことは、あんまり金持ちじゃない人たちがそもそもは使ってるってことなのかな。
足も太いし、ロバみたいな感じなんだろうな。そうでもなきゃ、こんなふうに飼われてることなんてなかったかもしれない。
馬も、大変なんだなあ。




