36.ほのぼの、別荘夜話
「つっかれたー」
部屋に戻ったところでぼふん、とベッドに飛び込んで、うつ伏せのまま大の字になった。身体もそうだけど、今のサリュウとの会話で神経がなあ。
「セイレン様あ。お気持ちは分かりますけど、お行儀悪いですよお」
「いや、分かってんだけどな。だから人に見られないとこでやってんだし」
「どこに目があるか分かりません。お気をつけ下さいまし」
「はーい」
外の荷物片付けが終わったようで、備え付けのタンスに服を掛けてくれてるオリザさんと小物を片付けてくれてるミノウさんにそれぞれたしなめられた。いやまあ、外では気をつけるけどさ。
ちなみに2人とも、いつの間にかいつものメイド服に着替えしてる。いやほんと、いつの間にか。
さっき荷物下ろしてるの見た時は私服だった気がするんだよなあ。早変わりすげえ、って思ったけど慣れてるとそういうもんなのかな。
「……にしても」
ごろんと寝返り打ちかけて、慌てて起きた。靴履きっぱなしでベッドの上転がったら駄目だろ、俺。
慌てて脱いだ靴は、ちゃんと揃えて置いた。いや、ぽいっと放り出しちゃあなあ。
で、今度は仰向けになる。こっちも天蓋はあるけどシンプルで、生成りの布が木でできた家に合ってて柔らかい感じだ。
「俺はこのくらいの広さの方が、やっぱ落ち着くな」
全体的に屋敷よりも小さめなだけあって、当然俺の部屋も小さい。というか1室。いや、俺の普通ではそうなんだけど。
部屋の面積自体も小さくて、多分10畳とかそのくらいだと思う。こっちに畳ないから、だいたいの目分量だけど。
でも、このくらいの部屋に俺は住んでた。施設にいた時、同じように引き取られた子どもたちと一緒に。
「前におられたところのお部屋、ですか」
「うん。もっともあっちじゃ、このくらいの部屋に4、5人寝てたけど」
「……はあ」
いろいろ省略してそれだけを答えると、何だか2人揃って呆れ顔された。しょうがないだろ、そういう環境で育ってきたんだからさ。
ふー、と意識が落ちかけて慌てて引き戻す。うは、やっぱり疲れてるよ。
「セイレン様。お湯をお持ちしました」
「ん、ありがとうミノウさん」
今のは一瞬だと思ったんだけど、もしかしたら数分経ってるのかな。いつの間にか外に出てたミノウさんが、湯気の出てる桶とタオルを持ってきてくれた。オリザさんも着替えを出してくれてるんで、やっぱちょっとだけ寝てたな。
顔を自分で拭いて、手足を拭ってもらう。おー、足温めると気持ちいいなあ。あと、冷たい水で顔洗ってもそうだけど、案外目が覚めるもんだよなあ。
「もうすぐお食事だと思いますが、大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫、だと思う」
新しい下着を着けて、服を着替える。薄いピンクの布の上に白いレースを重ねた、ものすごくシンプルな七分袖のワンピース。靴は屋内用の、柔らかいやつに取り替える。
髪をオリザさんにまとめてもらってると、こんなことを何だか楽しそうに言われた。
「気をつけてくださいねえ。スープに顔突っ込んだりしたら大変ですよう?」
「しないしない」
いや、さすがに顔拭いて目が覚めたし、大丈夫だと思う。……で、何でそんなこと言われるんだろう。
「……ってか、誰かやったのか?」
「てへ、実はわたしがー」
「自分かよ!」
思わず手の甲でびしっと突っ込んでしまった。オリザさんはするりとかわして、髪の毛いじりを続行する。ちょっと伸びたので、軽く編み込んでくれるっぽい。
けどそうか、オリザさん食事中にうとうとしたことあるんだ。そりゃまあ、使用人の皆のほうが俺たちより疲れるもんな。そういうことがあってもおかしくないけどさ。
「セイレン様、サリュウ様、お食事ができましてございます」
「あ、はい。行きます」
準備ができたところで、ゴドーさんの声が聞こえた。ご飯の時間だ、待ち遠しかったんだよなあ。
気が付かなかったんだけど、何気に腹減ってたんだな、俺。
てことは当然、使用人の人たちなんかもっとお腹空いてるだろうし。
「よし、行こうか」
「はーい」
「はい」
やっぱりという感じで、オリザさんもミノウさんも嬉しそうに、俺に答えてくれた。
「太陽の神と季節に感謝します。いただきます」
で、晩ご飯。食卓に並べられたゴドーさんの自慢の料理は全体的に素朴な感じで、俺はちょっとホッとする。
野菜たっぷりのクリームスープに塩胡椒で味付けされた鶏肉の炒めもの、温野菜のサラダ。あと、川魚をまるごとムニエルにしたもの。パンもうちで食べるやつより、ちょっと外側がぱりっとしてる。
うん、俺こういった家庭的な方がやっぱり合ってるみたいだ。シーヤの料理長さんの料理も美味しいし、毎日感謝してるけど。それとも、母さんが好みなのかもしれないな、こっちの味。
「姉さま。このチーズ、美味しいんですよ」
サラダについているもろもろっとした感じのチーズに、サリュウがすごく嬉しそうな顔をした。そういえば、そんなこと言ってたよな、お前。
「あ、もしかしてサリュウが好きだって言ってた、山羊のチーズ?」
「はい。サリュウ様はこれが殊の外お好みのようで、初めて食べられた際には食べ過ぎて1日寝込まれたことが」
「ゴドー、何で言うんだよ!」
顔真っ赤にして怒るサリュウに、苦笑するしかない。
っていうか、チーズ食い過ぎて寝込むってどんだけ食ったんだ、弟よ。どういう形で作られてるのか分からないけど、まるごとがっつり行ったとかじゃないよな?
「ん、あ、ほんとに美味しい」
実際に食べてみると、ちょっと癖があって濃い味。ああ、だからサラダについてるんだな。ドレッシング代わりにはちょうどいいと思う、うん。
「おお、お嬢様のお口に合いましたか。それはようございました」
「あら。セイレンは食べ過ぎないようにね?」
「はい、気をつけます」
母さんの軽口に答えると、横でサリュウがめっきょり凹んでた。一度しょうもないヘマすると、いつまでも言われるんだぞ。頑張れよー、と心の中だけで応援しておこう。
食事の後、両親は早々に引っ込んだ。寝るの早いなって思ったんだけど、どうも違うらしい。
「こういった別荘ですと使用人も少ないですしな、あまり周囲を気にすることなく仲良うできますから」
そう教えてくれたのはゴドーさんだった。
あ、つまりいちゃいちゃしたいのね、あの夫婦。こんなでっかい娘がいても、仲がいいのはよろしいことだ。特に、結婚前に母さんの取り合いみたいなことになってたわけだし。
部屋が1階の奥、つまり2階にある食堂のそばじゃないってのも、使用人さんたちが働いてる音が届かないかららしい。……違うだろ、逆だろ逆。いちゃこらする声やら音やら聞こえたら、向こうが仕事にならないからだろうが。
……でも、それで子供がなかなかできなかった。やっと生まれた俺はたった1ヶ月でどこかに行ってしまってさ。
その後も頑張った可能性はあるけど、それでもできなかったから、サリュウを迎えた。
大変、だったんだなあ。
まあそういうことで、俺とサリュウも早々に部屋に戻る。弟め、まだチーズネタで凹んでるのは変なところで子供だからだろうなあ。ま、そっちはカンナさんたちに任せるとするか。
「セイレン様、空が素晴らしいですよ。ご覧になりますか?」
「ん?」
鎧戸を閉めようとしたミノウさんが、俺の方を振り返った。空って夜空か、せっかく旅行先だし見てみるかな。
ソファから立ち上がって、窓のそばにいるミノウさんの横に歩いて行って、外に目を向けた。
「……うっわあ……」
めちゃくちゃ深い夜空は、すっごく星がきらめいていた。っていうか、夜空って結構暗いのな。当たり前だけど。
こっちの世界に来てから、あんまり夜空を見る機会って実はなかったんだよな。多分防犯の関係だと思うんだけど、早めに鎧戸閉められちゃうから。それでも何度か見たことはあるし、星が多くてすごいなあって思ってたけど。
「屋敷で見た時も大概すごかったけど、こっちはそれよりすごいなあ」
「空気が綺麗ですからね、こちらは」
「……お屋敷の方も、俺が前いてたところよりは綺麗だぞ」
思わず答える。うん、違う世界なんだし比較するのもあれなんだけどさ。こっちはあっちみたいにでかい工場とかないから、街でも結構空は綺麗だと思う。
でも、こういう世界でも空気って汚れることあるのな。
「そうなんですか? 炊事やいろんな作業で煙出ますから、それですす出たりして汚れるんですよねえ」
「あー、なるほどな」
そうか。でっかい機械とかはなくても、普通に火をたいたりするから煙は出るか。暖炉もあるし、燻製の煙もある。堆肥を作る時にガスが出るって聞いたこともあるから、そういうので少なくとも田舎より街のほうが空気は汚れるんだ。
ま、マジで比較対象間違えてるけどさ。俺が。
「俺のいたとこ、その作業で出る煙がかなりすごかったんだよ。最近は気をつけるようになってるけどさ」
「うわあ、大変なんですねえ」
……俺もそう思う。あっちの世界、便利だけどそのせいで大変なんだよなあ。
こっちの世界、今のままでいてほしいな。




