35.かりかり、別荘会話
タイガさんが空飛んで帰った後、俺たちは別荘に入った。ゴドーさんも離れてたし荷物の積み下ろし手伝おうかと思ったんだけどさ、オリザさんに止められたんだよ。
「これは私たち使用人のお仕事なんですよー。主のご一家に手伝わせちゃったりしたら、私たちが無能だって思われるんですー。お気持ちだけで、十分ですからね?」
……だって。要するに、使用人がする仕事を俺たちが手伝っちゃ外聞が悪いとか、そういうことらしい。
まあ、良くしてくれてる皆が悪く言われるのは嫌なので、ごめんなさいと思いながら先に入る。ってか、皆すごく働き者で俺、ほんと申し訳ない。
オリザさんとミノウさんは俺の荷物を片付けてくれてるし、カンナさんもさっきちらっと見たけど多分サリュウの荷物をかたしてる最中。結局、しっかりした木製の階段を上がったところにある扉を開けてくれたのは、戻ってきたゴドーさんだった。
「わしが案内せねばなりませんでしたな。さあ、どうぞどうぞ」
「はい。失礼します」
何か両親もサリュウも入らないので、俺が一番に入れてもらう形になる。扉も木で出来ていて、厚みがすごい。やっぱり冬寒いから、防寒のためなんだろうなあ。
「……うわ」
「いかがでございましょう」
中に入った途端、思わず声上げた。尋ねてきたゴドーさんの声が自慢気に聞こえたけど、そりゃ自慢だろ。
丁寧に掃除された内装は、割とログハウスっぽい感じ。白木の壁と天井が空間を包み込んでて、床はやっぱり木なんだけどその上に屋敷よりはシンプルな、花柄のじゅうたんが敷いてある。あ、奥に大きな暖炉がある。
あと、木がメインでできてるせいかこう、独特の香りがさ。ああこれって感じで、室内の空気に混じってる。
石が多い屋敷より、こっちのほうが俺には親近感あるな。そういう世界で育ったから、なのかね。
「いい家ですね。木材の香りが優しい感じで、……私は好きです」
やっべ、俺って言いかけた。セーフセーフ。
俺の答えを聞いたゴドーさんと、その横にいつの間にか来てた家族が何だかものすごく嬉しそう。……もしかして、俺に喜んで欲しかったのかな。
ああ、俺ちゃんと笑えてるかな。顔ひきつってない、よな。
「好きと言うてもろうて、この別荘も喜んでおりますよ。ああ、セイレンお嬢様のお部屋は2階の奥でございます」
うん、大丈夫みたい。
にしても、ふと気がついたんだけどゴドーさんの言い方ってあっちの世界と何か似てる。別荘が喜んでるとかって、こっちの人あんまり言わないもんな。多分、考え方が違うんだろう。
で、2階の奥か。
「ありがとうございます。2階なら、眺め良さそうですね」
「ええ、もちろん。初めてのご滞在を是非、良い思い出にしていただきたいと思いましてな。ささ、ご案内いたします」
入口からちょっと奥に入ったところにある階段に向けて、ゴドーさんが手を差し伸べる。と、サリュウがいそいそと俺の隣についてきた。
「あ、僕隣の部屋だから一緒に行きますよ。父さまと母さまは1階の奥ですよね」
「うむ。サリュウ、セイレンと一緒に行きなさい」
「あんまりはしゃいじゃだめよ。長旅だったんですからね」
「はーい」
え、じゃあ上の階は俺とサリュウが使わせてもらえるのか。いいのかな……でもまあ、サリュウが言うんならそれが恒例なんだろうな。
階段もしっかりした木で出来ていて、踏むたびにかつかつとよく通る音がする。
2階に上がると、俺たちの部屋があるらしい正面と、後ろにも廊下が伸びていた……あれ、食堂こっちにあるんだ? 多分、玄関の真上辺りになると思う。
「ああ、眺望が大変よろしいものです故、この家の食堂は上にございます」
「ってことは、台所はこっちの奥なんですか?」
ゴドーさんが教えてくれたので、気になって食堂をちょっと覗いてみる。うん、こっちも全体的に木のぬくもりがあって俺、好み。家具はやっぱり、どう見ても金持ち仕様のお高いがっしりしたやつなんだけど。
「厳密に申し上げますと、荷物の積み込みを考慮しまして少し下げて作られておりますよ」
「中2階、って感じですか。じゃあ、できた食事運ぶの大変じゃないですか?」
「その辺は、さすがにワゴンがありますでな」
ま、そりゃそうか。あっちみたいにリフトとかあるわけでもないみたいだし、ワゴンかそうでなきゃ手で運ぶしかないもんなあ。
っていうか、眺めがいいから食堂が上で、食材とか持ってくるの大変だから台所は中2階、か。うちのご先祖も面白いこと考えるなあ。
そんなことを思ってたら、サリュウが不思議そうな顔をして俺に目を向けた。
「姉さま、いろいろ尋ねられますよね」
「いやだって、知らないことがいっぱいあるんだもの。サリュウは気にならないのか?」
「え……あー、あんまり考えたこと、なかったです。そうか、姉さまが勉強熱心なのって、いろんなことを知りたいからなんですね」
……サリュウの言うとおり、だろうな。
俺はこの世界のことはまだまだ知らないし、そうでなくても気になったことは尋ねるようになってきてる。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って向こうじゃ言うけどさ、やっぱりいろんなこと知りたいし。
だって、俺はこの世界で生きてかなくちゃいけないんだからな。シーヤ・セイレンとして。
「サリュウ様。姉上様を見習われると、きっと良いご領主になることができますじゃよ」
「が、頑張ります!」
ゴドーさんにそう言われて、弟は拳をぐっと握った。
ほら、サリュウは頑張って跡を継ぐ気満々じゃないか。カヤさん、絶対心配要らないと思うぞ。ほんと。
「うわ、すごーい」
俺の部屋、というかその奥にある窓の向こうを見た俺の第一声。
いや、窓自体はそんなに大きくないんだけどさ。その向こうがちょうど、裏山の草原らしい。広々とした緑と、遠くに見える山々と、それからきれいな空。日は傾いているからだいぶ赤っぽい光が横から差してきてるけど、それはそれですごく効果的に見えてる。
うわあ、来てよかった。
「姉さま、楽しいですか?」
「うん。だってこんなに綺麗なんだもんさ」
「夏祓いの時期は、大変過ごしやすい季節ですからの」
サリュウもゴドーさんも、俺の答えを聞いて嬉しそうだ。えーと、マジで気を使わせてるらしいな。特に、実際のところを知らないゴドーさんには。
うん、滞在中は問題起こさないように気をつけなくちゃな。夏とはいえこのへん、結構涼しいらしいし。
そこで、ふと思い出した。
「あ、そうか。冬になると雪がすごいんですよね?」
「ええ。ですからわしも、冬のはじめに大掃除をした後この別荘を閉じますのじゃ。1人で暮らすにはちと、厳しい環境ですでな」
「お1人なんですか?」
「妻とは早う別れましてな。旦那様には、気楽に管理人をさせてもろうてます」
「そうでしたか。あの、不躾なこと聞いてごめんなさい」
あー、変なこと聞いちゃったな。
慌てて頭を下げると、ゴドーさんは「お気になさいますな」って笑ってくれた。多分彼は、もう吹っ切っているんだと思う。
俺もいつか、向こうの世界のことを吹っ切らないと駄目、だろうな。うん。
「では、わしはお夕食の準備に参ります。お時間になりましたら呼びますので、それまでお休みくださいまし」
「はい、ありがとうございます」
「うん、ありがとう。楽しみにしてるよ」
深々と頭を下げて、ゴドーさんはいそいそと階段を降りていった。これから食材の運び込み? 先に準備してるような気がするんだけど、もしかしてうちから何か持ってきたのかな。父さんがタイガさんに言ってた胡椒とか。
「姉さま。ゴドーの料理は家の料理とはちょっと違うんですけど、でも美味しいですよ」
「そうなんだ。やっぱ、住んでる場所によって違うんだな」
まあ、そうだろうな。こっちはシキノさんとこの領地だし、うちの領地とは採れるものも微妙に違うっぽいし。
山のほうだと、川魚とかないのかな。院長先生がたまに釣ってきてくれる鮎とかヤマメとか、結構好きだったんだけど。
一瞬思い出した院長先生の顔に重なるように、サリュウがぐいと顔を近づけてきた。こら弟、姉のドアップを見て楽しいか?
「……ところで姉さま」
「え、何?」
「タイガ兄さまのことなんですけど、姉さまはどう思ってらっしゃるんですか?」
「は?」
唐突にサリュウが、そんなことを聞いてきた。どう、って言われてもなあ。
親切な人だけど腹の底見えない、とかそういう答えを期待してないだろうってのは何となく分かる。この場合、答えるならこう、かな。
「……うーん。友達としてはいいんだろうけど、何かなあ。えらく苦労してそうで、大変だなあってくらいしか」
「いや、そうじゃなくてですね」
「そうじゃなくって、なんだよ」
いや、聞き返す意味はないな。
友人としてとかそういうことじゃないんなら、たとえ姉とはいえ異性に対して尋ねる意味はひとつだ。
うわあめんどくせえ。
「もしかして、一目惚れとかそっちのほう気にしてるのか?」
「え、あ、えっと」
ほらビンゴ。というかサリュウめ、何で耳まで赤くするんだろう。俺はあくまでお前の姉貴だっていうのにさ。中身兄貴だけど。
「とりあえず一目惚れはないし、今んとこ恋愛感情はないと言っておく。俺の方は」
きっぱりと答えるしかないので、そう答えてやった。途端ほーっと胸をなでおろしたサリュウを、どう見ていいのか正直分からない。
だいたい、何で俺は弟に恋愛の心配をされなきゃならないんだろうな。
いや、実の弟じゃないけどさ。でもサリュウ、タイガさんとは実の兄弟なわけで……って。
もしかして俺、実の兄弟の間で取り合いとかされてる? いや、いくら何でもそこまで趣味は悪くないだろ、と思う。うん。
っていうか、今の俺にとってはサリュウは弟だし、タイガさんはたまたま知り合った人だし。
とはいえ、はっきり2人にそう言っても通用はしないだろうな。というか、よーし頑張っちゃうぞーってタイプみたいだし、2人とも。
……何か、色んな意味で疲れたぞ、俺。




