34.おかしな、天馬長旅
「まあまあ。タイガ殿が直々に迎えてくださるとは。先に聞いておけばよかったわ」
「いえ。こちらも急でしたので、きちんとした挨拶もできずに申し訳ありません。父は領地の方で用があって出ておりますので、私が名代として参りました」
「いやいや。シキノの若殿がわざわざとは、こちらこそ申し訳ない。お父上にはまた、挨拶を兼ねて出向くつもりだ」
……えーと。
タイガさんがうちの両親に会いたいってので連れてったら、こんな感じになっていた。何だろう、普通に挨拶してるように見えるんだけど、何だか父さんがタイガさんを牽制してるっぽく感じるのは俺の気のせいか。
「ぜひ、そうなさってください。父もシーヤのご当主様と腹を割ってお話がしたいと、そう申しておりました」
「それは楽しみだな。そうそう、シーヤの胡椒を手土産に持参しておる。シキノの肉の甘みをより引き出せるのではないかな?」
「おお、それはありがたい。ではこちらから、昨年仕込んだぶどう酒を提供いたしましょう」
ってことは、シキノさんとこの領地はワインと牧場、っていうか酪農メインか。山に近いから、山羊とかかな。
しかし、何で睨み合ってるように見えるんだろうな。あの2人。あと母さん、楽しそうに見物してないでちょっとは止めようとか……思ってないな、あの笑顔じゃあ。
「まあまあ姉さま、大丈夫ですから……口でやり合っている限りは」
「サリュウ、怖いこと言わないでくれよなあ……」
ともかく俺たちは、迎えに来てくれたタイガさんと一緒に別荘に向かうことになった。何でもうちの別荘、シキノ家の領地の外れにあるらしい。境界線、結構曖昧なんだよな。
で、何でか俺は、タイガさんの前にちょこんと座っている。つまり、馬の上。ちなみにドレス着てることもあって横座りで、そうなると足でふんばれないのでタイガさんにしがみついているわけだ。おおうこっ恥ずかしい、外から見たら結構イケメンの兄ちゃんとそれなりの小娘が白馬に乗ってる図だぞこれ。
「ここまで来て、ちょっと乗り物酔いしちゃったんですよ」
そもそもは、そんなことを俺がポロッと言っちゃったからなんだけどさ。
「僭越ですが、セイレン様さえ良ければ私の馬に乗りませんか。この先は道が悪くなっていまして、馬車だと余計に酔う心配があります」
タイガさんにそう言われちゃってな。
父さん母さんは渋ったんだけどさ、腹の底でどう考えているかはともかく表向きは好意による申し出だし、正直この先馬車にがたがた揺られてリバースしない自信が全くない。ので、まあお世話になることにしたわけだ。馬の上なら外の空気を吸ってられるし、ちょっとはマシだろ?
相手は俺より10も上の男だけど、領主家の次期当主だしサリュウのお兄さんだし、なんぼ何でも無茶はしないよなと思ったわけだ。何かサリュウの目が怖かったけど、お前いつシスコンになったっけ。
念のためというか、距離自体はそんなにないらしいということもあって馬の手綱はミノウさんが引くことになった。外に出ることもあって今日は私服、夏だからかミントグリーンのショートジャケットとふくらはぎくらいまでのスカートに、かかとは高いけどしっかりした感じのショートブーツ。背が高いんで、すごく様になる。
「すみません。両親ともに過保護なところがあって……」
「セイレン様はお身体が弱くていらした、と伺っております。そういうことであれば、娘を心配する親御様のお気持ちは当然でしょう」
馬に乗せてもらった後思わず頭を下げると、タイガさんはちょっとだけ笑って首を振ってみせた。
そうだ。俺、対外的には身体が弱くて田舎で療養してた娘なんだっけ。
ま、何にしろ父さんや母さんが俺を心配してしまうのはしょうがないことだしな。だから俺は、「はい」とだけ答えておいた。いや、余計なこと言ったら何かぽろりしてしまいそうだしさ。
っていうかさ、馬の上って結構高いのな。こっちの馬がでかいのもあるけど、本気でタイガさんにしがみついてないと落っこちそうで。
「大丈夫です。私が支えていますから、落ちませんよ」
「セイレン様をお落としでもなさったら、私が許しません」
「分かっている。シキノの名にかけてそんなことはない」
背中を支えてくれながら、タイガさんは俺を安心させるようにそう言ってくれる。で、がっつりこっちをチェックしてたらしいミノウさんの釘刺しをさっくりかわすところはさすがだなあ、と思った。てかミノウさん、肩越しの視線怖い、怖いって。
そのミノウさんに平然と引かれている馬、図太いなあ。こっちの馬は空飛んだりするせいかどうか知らないけど、結構根性が座ってるらしい。
しかし、俺落とさないってことくらいで自分ちの名前かけてどうすんだろうな。
自分ち、か。
「そういえば。シキノ家とシーヤ家が遠縁っていうのは聞いていたんですが、あんまり詳しくなくて。別荘が領地の側ってことは、割と交流はあったんですか」
ちょっと気になって聞いてみた。今日、わざわざ迎えに来てくれたってのもそういうこと、なんだろうしさ。
ま、考えてみりゃ交流のない相手に息子を養子に出さないよなあ。
「ええ。正直に言うと父はメイア様に惹かれていたようなのですが、モンド様に敗北したとそう漏らしていたことがありまして」
「ありゃ」
思わず猫が外れた。慌ててかぶり直さねえと、さすがにヤバイだろ。
それはさておき、恋のライバルってやつだったのか。そういや母さん、実家がシキノさん家の近くだって言ってたもんなあ。
……いや別人だって思ってるけど、すごく複雑。院長先生、つまり育て親と同じ名前の人と、実の父親が恋のライバルなんてさ。だって、なあ。
てか、父さんがタイガさんを妙に牽制してるっぽいの、タイガさんのお父さんのこと気にしてか? まさか。
ちょっと考えてたら、タイガさんに顔を覗き込まれた。こら近い、近いって。
「お身体の方は大丈夫なのですか? セイレン殿」
「ああ、はい。気分は大丈夫です」
「あ、いえ。そうではなくて」
ん、間違えたか。
あ、もしかして身体が弱いのに旅行に出て大丈夫なのかってことか?
変なとこ心配させたかな。悪いなあ。
「……はい。おかげさまで、普通に生活できるようにはなりました。あ、でも人付き合いがあまりなかったせいで家の事情とか、一般常識には疎いんです。もし迷惑だったり無礼だったりしたら、ちゃんと言ってくださいね」
「いえ。療養生活が長かったのでしょう? 致し方のないことですし、少なくとも私は問題や迷惑と感じてはおりませんから」
そう言ってもらえると助かる。言い訳になるけど、事情や一般常識に疎いのは事実だからな。
いやさ、こっちの常識は家で一所懸命勉強したよ。事情知ってるクオン先生は、俺の方の常識聞いてはそっちとの比較でいろいろ教えてくれたしさ。
でも、せいぜい3ヶ月だろ。付け焼き刃って言われても仕方ないぞ。
「セイレン様。その首飾りはなかなか可愛らしいですね」
「え?」
いやあの、いきなり話題変えないで。こっちも切り替えるのに時間かかるから。
で、首飾りって……ああ。今日は大きい方の指輪は手に着けてるから、ペンダントに下がっているのは。
「この小さな指輪は、私が生まれてすぐに両親から頂いたものなんです。ずっと離さない、私にとっては大事なお守りです」
「そうでしたか。あなたは守られているのですね」
「はい」
少なくとも父さんと母さん、そして院長先生に守られたのは確かだから俺は、はっきりと頷いてみせた。
で、ありがたくもほとんど酔わないまま夕方ごろに到着した。屋敷に比べると小さいけど、比較対象間違えてるので実際はそれなりにでっかい2階建てのお屋敷である。山にあるせいか屋敷よりごっつい木材が使われていて、どっしりとした感じかな。しかしこれで別荘かよ、やっぱり金持ちすごすぎる。
あ、この世界というか俺の住んでる地方はちゃんと太陽は東から出て南通って西に沈むので、この辺も覚え直しはしなくて助かっている。つーか、ここまで共通してるとほんとに別の世界なのかちょっと怪しいぞ。遠い過去か未来の地球だ、と言われてもおかしくないレベルだ。
「旦那様、奥様、サリュウ様。今年もようお越しになりました」
「久しぶりね、ゴドー。いつも別荘の手入れをしてくれてありがとう、今年も世話になるわ」
「相変わらず緑の手入れは完璧だな。お前に任せてよかったと、来るたびに思うぞ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「ゴドー、今年もあるかな? 山羊のチーズは」
「ええ、ええ。サリュウ様が喜んで食されたのをよう覚えておりますでな、たっぷり仕込んでございますよ」
出迎えてくれたのは、別荘の管理人をしてるらしいおじさん。多分父さんよりちょっと下、だな。何となく、宝石商人のコーダさんに近い感じのがっしりした人。ただし毛深いのは、やっぱ寒いとこにいるからだと思う。
父さんやサリュウもだけど、何か母さんと話してるのが一番嬉しそうだな。俺のきのせいかなあ。
今年もっていうのは、何年かに一度は来てるかららしい。俺はまあ、当然初めてだけどさ。
「それと、あなたは初めてね。この子がセイレンよ。今年から来られるようになったから」
「セイレンです、はじめまして。お世話になります」
「おお、あなた様がセイレンお嬢様でいらっしゃいますか。シーヤ様の別荘をお預かりしております、ゴドーと申しますじゃ。どうぞお見知り置きを」
深々と頭を下げてくれたゴドーさんは、顔を上げてから俺の隣にちゃっかりいるタイガさんに目を向けた。途端、一瞬だけ目を細めたのは気のせいじゃない、よなあ。
「おやおや、これはシキノの若様。ようお越しになりましたのう」
「父の命でな、シーヤ家の方々を迎えに上がったのだ。気にせずともすぐ消える」
「さいでございますか。くれぐれもお帰りはお気をつけあそばされませ」
うわあ、言葉に刺がある。俺と話してた時とはえらい違いだ。で、ゴドーさんはこの気まずい空気をそのままに、さっさと荷馬車の方に行ってしまった。メイドさんや使用人さんたちもあっち行ってるから、荷物下ろして運び込むんだろうな。
小さくつかれた溜息は、タイガさんの方だ。あれ、ちょっと困ったというか、いい加減にしてくれって顔してるなあ。何かあったんだろうか。
「……タイガさん、ゴドーさんと何かあったんですか?」
「正確に言うと父が、ですね。何しろゴドー殿は、メイア様がご実家におられた時から仕えておられるそうですから。モンド様とも交流があったようですし」
「あー」
さっきの、気のせいじゃなかったんだ。嫁入り前から母さんに仕えてる昔馴染みだから、だったんだな。
おまけに、要するにゴドーさんはシキノ・トーヤと父さんとで選ぶなら父さん派。で、ライバルだった相手の息子にいい顔しない、と。
ええい、変なところでややこしいことになるんじゃねえよ。何で子供が親の昔の色恋沙汰に気を使わにゃならんのだ。冗談じゃないよ、ほんと。
「まあ、セイレン様はお気になさらぬ方がよろしいかと存じます。昔のことですし」
「その昔のことで睨んでる方がおかしいと思うんですけど、間違ってます?」
あ、また猫脱げた。しっかりかぶっておかないと、ほんといつぼろが出るかわかったものじゃないってのに。
だけど、俺の今の言葉を聞いてタイガさんは、一瞬目を見張って。
「はっきりおっしゃる方だ」
何だか嬉しそうに、笑った。




