33.がたがた、馬車長旅
夏祓いの週に入った初日、俺たちは家族で山の別荘に向かうことになった。
帰ってくるのは週の終わりだってことで、着替えとかの荷物をそれなりに詰めた。かばんはあるはずなんだけど、何でか植物のつるで編まれたふた付きの籠を使う。似たようなの、時代劇で見たことあるぞ。風通しいいから、服とかしまうのには都合がいいんだろうなあ。
でまあ、こういう世界だと長距離移動は馬車を使うことになる。朝出て、夕方にはつくくらいの距離らしい。……結構近い? 新幹線や飛行機でぱーっと移動できる世界じゃないしさ。
で。
「……うわ、かっこいい」
「こちらは、ご家族様がお乗りになる馬車でございます。使用人用のものと荷馬車は、また別に用意してございますので」
「ああ、うん。そうなんだ……説明ありがとう」
居残り担当のユズルハさんに案内してもらった馬車は、まあ外観は黒塗りっていうか漆塗りみたいな感じで要所に金色の金具が使われてるって感じの落ち着いたやつ。かっこいいし、4人乗りだとこんなもんかっていうくらいのサイズ。入ってみないと分からないけど、向かい合わせに座ってちょっと余裕があるくらいかな。
それと、馬がそこそこでかい。俺が知ってるのはあっちでいうサラブレッドってやつくらいだけど、それより一回り大きいくらい。全体的にがっしりしてて、4本ある足も太い。
ただ、鳥みたいな顔しててぶっといくちばしついてて背中に小さい羽あるけどな。
「この羽何だ? サリュウ」
「ああ。野生のものだともっと大きいんですが、馬車などに使われるものは邪魔なので、子供のうちに切るんだそうです」
「……飛ばないようにか」
「はい。急行便などに使われるものだと、翼を切らないタイプもありますよ」
「はー……」
てか、これ向こうの世界だと神話とかゲームとかに出てくるモンスターじゃね?
ま、あっちで見たタイプは確か頭が鷲みたいな感じだったけど、今目の前にいるのはどう見てもカラスとかその辺の面構えだ。こういうとこ見ると、ほんと世界って違うんだよなあと思う。
ふと少し離れたところを見ると、同じような馬がこっちは分かりやすく木製な馬車を引いている。2つ並んでるうち小さい方が荷物用らしくて、籠がどんどん積み込まれていた。って、1週間だろ。どんだけ積んでるんだよ荷物。俺、籠1個だぞ。
「……あんなにいるんですか? 荷物」
「付き添う使用人の分もありますから。セイレン様のお荷物は、おひとつだけでいいのですか?」
「俺、もともとあんまり物使わないたちなんですよ。あれでもメイドさんたちに、必要なもの増やされました」
こっちに来てからだいぶ経つから、化粧なんかもそれなりに覚えてきたんだけどさ。このくらいでいいかなって思ってたんだけど、メイドさんたちにチェックされちゃって。
夏だから日焼け止めとか、まあ日傘は今差してるからともかくとして肌を出さないようにって薄手のカーディガンとか、あとアクセサリーのお手入れセットとかいろいろ放り込まれたんだぞ。
そんなことを言ってると、ユズルハさんは苦笑を浮かべた。
「なるほど。今後は我々も、使うべきものの選別を進めたほうが良いかもしれませんな」
「あんまり気にしなくていいと思いますけどね。俺の場合は、育った世界が違うからですし」
「ですが、こちらは考えが凝り固まっているでしょうから」
そんなことないのにな、と思う。人前ではともかく、内々では相変わらず『俺』って言ってしまってる俺のことを見守ってくれてるし。ほんとなら、たとえ親の前でも私って言わなくちゃいけないんだ、って思ってはいるんだよ。だけど、そうしたら何か、俺の中から『四季野青蓮』がいなくなっちまうみたいでさ。
「ユズルハさんたちが柔軟な考え方してくれて、俺結構助かってるんですよ。ありがとうございます」
「セイレン様にそう言っていただけると、私も働きがいがあるというものです」
深く頭を下げてくれたユズルハさんに、俺は本当に済まない気持ちになった。
あんまり、苦労かけちゃいけないよな。
そのうち荷物は積み終わった。荷馬車と、使用人さんたちが乗る大きな馬車の準備はできたらしい。
馬車を間近で見るのが初めての俺とお守役のユズルハさんのところに、見るからに夏のお出かけスタイル貴族編といった感じの両親とサリュウがやってきた。今回はカヤさんも一緒に行くみたいで、母さんについてきた後使用人用の馬車に向かった。
「セイレン。馬車なんて見て楽しかったの?」
「はい。俺、この馬間近で見るのも初めてでしたし」
「そういえば、うちではあまり馬は使わんしなあ。厩舎も屋敷から離れているし」
家に来てから何度か馬車は来たらしいんだけど、その時間って俺は大概勉強中だったから見てないんだよなあ。
……あれだ。今の俺、初めて動物園に行ってライオンやゾウ見て喜んでる子供なんだ。
まあ否定はしないけど。だって、本当に楽しいし。
「じゃあ、行きましょうか姉さま。別荘の方には確か、小型の馬もいるんですよ」
「え、ほんとか?」
俺の知ってる言葉で言うところのポニー、か。そういうのもいるんだな。
ちっこいのもいるんなら、なでてやるくらいはできるかな。さすがに馬車馬はでかくて、ちょっと怖い。
「あらあら、気をつけなさいね。サリュウ、前にあの馬に近寄ってつつかれたわよね」
「あ、あれは餌を持ってたからです!」
母さんに突っ込み入れられてあたふたする弟は、まあ可愛いもんだ。
ってーか、蹴飛ばされるんじゃないんだ。馬に『つつかれる』なんて、さすが鳥の頭してるだけのことはあるなあ。
で、わきゃわきゃ話してるのも時間の無駄なんで、というか馬車に乗ってから話すればいいだけのことなんで、皆で乗り込む。父さんが乗って、母さんが乗って。
「さあ、どうぞお嬢様」
「はい、ありがとうございます」
お嬢様、って言われるのもいい加減慣れてきた。ベレー帽被った御者の人に手を取ってもらって、踏み台使ってよいしょと乗り込む。サリュウが最後なのは何か年齢順かと思ったんだけど、どうも俺が転んだりした場合の保険っぽい。心配かけてすまん、弟よ。
それで馬車、内装はやっぱり豪華だったよ。内張りの壁紙とか床に敷いてある植物模様のじゅうたんとか座席の細かい彫刻とかとか、金持ちすげえな。これ何回目だ。
お昼くらいまで進んで、到着した途中の村で休憩。大きい食堂があってそこで食事をとったり用を足したり、この辺はバス旅行とあまり変わらない。
まあバスより揺れが酷いし、そもそもアスファルト舗装じゃなくて石畳だしな。ずっと座ってると腰が痛いのなんのって。とりあえず軽く酔った。うげー。
田舎だけあってトイレはボットンだったけど、まあこれはしょうがないよな。トイレ行く前に紐渡されたのが意味分からなかったんだけど、たくし上げたスカートを汚れないようにまとめて結ぶんだ、とトイレにお伴してくれたオリザさんが教えてくれた。
「別荘の方はお屋敷のと同じタイプですから、そこは大丈夫ですからねー」
笑って言ってきたオリザさんに、俺も苦笑する。いや、長いスカートってホント大変だわ。
スッキリして外に出たところで、大きく息を吸う。おー、やっぱ山に近づいたからか空気美味しいや。いや、こっちの世界って全体的に空気綺麗だけどな。
「あ、セイレン様。馬来ますよー」
「え?」
「違いますー、上です上」
「あ、わっ」
オリザさんに手を引っ張られて、道の端による。その直後、上からばさりとでっかい羽音がした。
そうして、道の真ん中にふわりと着地したのは大きな翼がついた、真っ白な馬だった。まあ、顔はやっぱりカラスなんだけど。
で、その背中に、人が乗っていた。明るい茶色の髪の、そこそこ年行ってるけどおっさんというには若いお兄さん。さらっとした薄手のジャケットとパンツは、夏物らしくさわやかな青系。
「失礼しました。大丈夫ですか? レディ」
着陸してすぐ俺たちに気づいたらしいお兄さんは、慌てたように馬から下りた。ぽんと馬の首筋をひとつ叩いてやってから、急いで近づいてくる。
ん? 何か、見たような顔だな。いや、このお兄さんとはまず間違いなく初対面なんだけど。
「え、あ、はい」
「それはよかった。急ぎの用でしたので、つい注意を怠っておりました」
「はは。次からは気をつけてくださいね」
困ったような顔も、何か見覚えがある。はて、何でだろう。
と思ってたら、後ろから大声がした。
「姉さま、そろそろ行きますよー」
「サリュウ様?」
「あ、サリュウ? ごめん、すぐ行く」
慌てて走ってきたサリュウが、一瞬びくりと身体を震わせて止まった。あれ、何かあったのか……いや、違う。
サリュウが止まったのは、多分このお兄さんを見たからだ。だって、こんなセリフが口から出てきたもの。
「……兄さま」
「へ」
「む」
俺とお兄さんは、互いに顔を見合わせた。姉さまっていうのは俺のことだから、兄さまってことはつまり。
通りで、見たことあると思ったんだ。サリュウと感じが似てるんだよ。
「……ってことは、あなたがサリュウの……」
「……シーヤの姫君にあらせられましたか。これは失礼を」
推定サリュウのお兄さんは、俺を立たせるとその前に跪いた。っていうか、姫君て。
うち、王族の血はちょっぴり入ってるって聞いたけどさ。それで姫はないと思うよ、お兄さん。
「シキノ家の嫡男、タイガと申します。どうぞ、お見知り置きを」
「は、はあ……セイレンと言います。どうぞよろしく」
初対面の、しかも外の人なんで頑張って、教えられたようにスカートをちょっと摘んで、小さく頭を下げる。うわあめちゃくちゃ恥ずかしい。普通に礼させろ。
こんなんで可愛いか? 外から見ると可愛いのか? 俺はものすごく恥ずかしいぞ。
「セイレン様、でいらっしゃいますね。お会いできて光栄です」
「ああ、あの、あんまりかしこまらないでください。その、おれ、じゃなくて私、そういうの慣れてないんです」
「はっ」
慌てて俺がそうお願いすると、タイガさんと名乗ってくれたその人は一度頭を下げてから立ち上がった。うわ、でっか。こっち来て縮んだ俺より頭2つばかり高い。俺より4つ下のサリュウが俺と大して身長変わらないんだけど、こいつもそのうちここまで伸びるのかねえ。
「兄さま、どうしてこちらへ?」
「ああ。シーヤ家の方々が別荘においでになるとの連絡をいただいていたのでな。迎えに行けと父上から指示を受けたのだ」
……シキノ・トーヤか。
何でこう、その名前ちょくちょく出てくるかなあ。




