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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
ニ:夏の出会い

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32.ほんわか、初夏昼時

 どたばたといろいろなことをこなしつつ、春は過ぎていった。ついでに巡りの物も何度かこなした。少しずつ、楽になってきてるので正直助かってる。

 今は6月の真ん中で、あと半月したら夏祓いの週がある。俺の知ってる言葉に置き換えるとお盆ということになるんだけど、そういうことなんで使用人さんでも里帰りする人も多いらしい。うちからも何人か、その時期にお休みを取る人がいるそうな。


「……あの、セイレン様」

「ん? どしたの、アリカさん」


 おずおずとアリカさんが申し出てきたのは、今朝のことだった。はて、何かあったのかな。


「その、実は夏祓いの週にお休みをいただきたいのですが」

「お休み? いいけど……あ、里帰りするんだ?」

「は、はい。あの、無理ならいいんですが」

「いいっていいって。家に帰るんだろ?」


 そっか、里帰りか。帰る家があって帰りたいんなら、帰ったほうがいいもんな。

 俺にはこの歳になるまで、帰る家っていうのは施設のことだったし。


「っていうか、俺にお休みお願いするの? 父さんか母さんかじゃなくて」

「普通はそうなのですが、私たちはセイレン様付きですので、まずはセイレン様のお許しをいただかないと」

「そういうもんなのかな。分かった、後で俺から母さんにお願いしておくね」

「申し訳ありません」

「いいのいいの。その代わり、おみやげ楽しみにしてるよ」

「あ、はい。それはお任せください」


 おみやげの習慣もあるらしくて、俺の言葉にアリカさんはにこっと笑ってくれた。彼女やミノウさんが着てるメイド服は、俺がここに来た時に着てたものよりも薄手で、青い色も明るくなっている。

 こういう服って年がら年中同じものだと思ってたけど、季節に合わせてとっかえるものらしい。そりゃ、俺も衣替えしたしなあ。当たり前か。

 ちなみにユズルハさんをはじめとした男性使用人さんたちも、ジャケットは裏地がないものになったしそもそも屋敷の中ではベストになってる。袖は長いままだけど、涼しげでいい感じだと思う。


「セイレン様も、夏祓いの間もダンスの練習は欠かさないでくださいね」

「分かってる。どうにかハイヒールに慣れてきたとこだし」


 うん。やっぱりそこ突っ込まれると思ったよ。

 ちなみに、何とかぐらつかずに歩けるようになってきたので、ゆっくりステップの練習を始めてたりする。サリュウも頑張って練習してるらしいけど、俺の相手してもらえるのはいつのことなんだろうな。

 さて、アリカさんはお盆休みを取るとして。そういえば、他の2人は何も言ってないなあ。オリザさんは今日お休みだから、部屋にいるのはあとミノウさん。


「ミノウさんはお休みとらなくていいの? オリザさんもなんだけど」

「私はこの街の出身なので、休みの日に帰ったりしておりますので大丈夫です。オリザは……そういえば、聞いたことありませんね。この時期に休みをとったこともありませんし」

「そうなんだ」


 そっか。それならミノウさんは大丈夫かな。たまには実家でお泊りしてもいいと思うんだけど。

 けど、ミノウさんがこの近くの生まれだってこと、俺今初めて知ったな。

 ん、あ、そういうことか。


「……もしかして春祭りのケーキ、うちに来る前から恒例だったんだね。ミノウさん」

「………………」


 ごめん、何か蒸し返して悪かった。ミノウさんてば、顔真っ赤にしちゃってるよ。

 でも、前から毎年食べてたんなら、しょうがないよなあ。

 来年は、普通に食べられるかな。俺も。



「アリカが休暇願いを? 分かりました。ちゃんと手配しておくわ」

「ありがとうございます、母さん」


 昼食の時に、アリカさんのことを母さんにお願いする。大丈夫なようで、ほっとした。

 さっぱりしたサラダを添えたサンドイッチとスクランブルエッグ、それにこれは温かいコンソメスープが今日のお昼。あまり冷たいものばかりだとお腹を壊すだろう、ってことかな。

 スープを一口飲んだ後で、父さんが思い出したように言った。


「ああ、そういえばもうすぐ夏祓いだな。ユズルハは残るが、何人か休暇願が出ている」

「家に帰りたい人がいるんなら、帰らせてあげてください。自分の家がいいっていうの、俺よく分かりますから」

「……そうだな。なるべく手配しておこう」


 俺が父さんに頼むと、父さんはちょっと考えてから頷いてくれた。

 俺にとってこのシーヤの家は、少しずつだけど『自分の家』になりつつある。もちろん、18年育った施設と院長先生を忘れたわけじゃないけどな。

 だから、帰れる家があるなら、帰りたい人がいるならちゃんと帰らせて欲しい。結構、大事なことなんだぞ。


 食後のスイーツは、レモンみたいな色のきれいなゼリーが出た。スプーンですくって食べてみたら、味は酸っぱくなくてオレンジっぽい感じ。

 で、そのゼリーを食べながら父さんは、俺にこんなことを言ってきた。


「セイレン、山の方に別荘がある。夏祓いの間、そちらに行ってみないか」

「え、別荘ですか」

「まあ、正確に言えば昔の本宅なんだがな。結構不便だったので、こちらに屋敷を建てて移ったのだそうだ」

「へえ……」

「僕、夏に行ったことありますよ。あの時期を過ごすには、ちょうどいいと思います。山の上ですから、結構涼しいですし」


 あ、サリュウは行ったことあるんだ。そうだよな、シーヤの家に来てから夏なんて何度も過ごしてるもんな。俺にとっては、初めての夏だけど。

 それと、父さんが別荘行きを勧めてきたのはもうひとつ理由があった。


「先祖の墓が、そちらの近くにある。この機会に、お前もあいさつをしておくといい」

「そうね。お墓は景色のいい場所にあるから、散歩も兼ねて行ってみるといいわ」

「お墓参りですか……はい、分かりました」


 そう、夏祓いの週はお墓参りの時期でもあったりする。だからお盆、なんだけどな。

 ちなみに一番暑い時期はやっぱり8月くらいだそうで、ここはさすがにずれている。お盆に当たる時期が先に来るせいなんだけど。だから、盆休みと夏休みが別々にあったりもするらしい。夏祓いの週に休まなかった人は、8月に夏休みを取るのが恒例だとか。


 春祭りのことがあってから、俺は本当にこの屋敷の敷地内から一歩も出ていない。いや、敷地自体がかなり広いから特に問題はないんだけどさ。花畑は季節の移り変わりとともに種類が変わってくるし、緑の色がどんどん深くなってきて毎日見てても結構楽しい。

 さすがに牧場は敷地の外、だそうなんだけど、こっちで言うところの山羊や鶏は飼っていた。一応山羊は4本足だったし鶏はちっこい羽があって2本足だったしで、言われてみれば納得できるレベルだった。

 ま、ダンスだったり言葉の学習だったりとそれなりにやることあるんで俺自身は平気なんだけど、横で見てる両親はそうでもなかったらしい。うんまあ、親馬鹿って言ってしまうと口悪いから言わないんだけど。

 つまり、家から出ない俺の気分転換に、そう勧めてくれたみたいなんだよな。


「山のほうで不便だったって、もしかして冬が寒かったとか?」

「まあ、そういうことだな。夏に気温が上がらない分、冬はぐんと冷える。昔はそれでも良かったのだがな」

「以前管理人から話を聞いたのだけど、冬になると雪が積もってほとんど身動きがとれなくなるそうよ。春になるとまず、次の冬のための薪を集めるところから始まったんですって」


 わー。

 このへんが足首までって言われてたのに、身動きが取れないレベルで雪積もるんかい。ってどのくらい山のほうなんだよ、それとも山が高いのか。

 ってか、そうなるとスキーで遊ぶぞーとかいうことにはなりそうにないなあ。いや、俺インドア派だからいいけどさ。


 ……ところでサリュウ。お前、さっきちょっとしゃべってから何も言ってこないな。その割にゼリーも減ってないし。何かあったのか、と心配になったところで弟は、恐る恐る口を開いた。


「……父さま、母さま」

「なあに? サリュウ」

「あちらの別荘だと、シキノの領地の近くですよね」

「そうだな」


 そうなんだ。

 そういえば辺境領主、って言ってたけ。山のほうって辺境、になるんだ。というか国境、と言えばいいのか。

 まあ、奥のほうに行くと深い雪山らしいから、だいたいこのへんが隣の国との境目ですよーとかアバウトな感じらしいけどさ。

 でも、そうか。院長先生と同じ名前の人が治めてる、領地の側か。


「……サリュウ、里帰りしたいならかまわんが」

「いえ、僕はいいんですがその………………兄、が」

「兄? あ、シキノの次期当主の人?」


 不意に出てきた人のことを、俺は聞いた話でしか知らない。

 サリュウの年齢ダブルスコアな、その歳になっても独身の人。そういえば、どんな人なんだろうなあ。


「はい。その兄が、姉さまに一度会ってみたいとこの前手紙をくださいまして」

「ぶっ」


 いや、ちょっと待て。

 何で俺なんだ、と突っ込みを入れたくなる。

 もしかしなくても見合い相手か? いや、実弟の義理の姉だから興味持ったとか、そのへんか?

 ぐちゃぐちゃ考えてる脇で父さんは、少し考えたのか考えてないのかわからない顔であっさりと答えてくれた。


「……いいのではないか? 会ってみるくらいなら」

「へ? いやまあ会うくらいならともかく、なし崩しに見合いとか無しですからね」

「それはない。わしはまだ、お前を可愛がり足りておらんからな」


 親馬鹿万歳。ふんと鼻息荒く言わないでくれよ、父さん。

 いや、可愛がられて悪い気はしないからさ。

 ってか、サリュウの実のお兄さんってどんな人なのか、こっちも興味はあるし。

 興味、か。


「ところでさ、サリュウ」

「はい?」


 シキノ家の次期当主が、俺に会いたいなんて言ってきた理由。

 確実にこいつが手紙に書いたからだろうけど、一応聞いておいてやろう。


「何でお前の実のお兄さんが、俺に興味を持つわけ?」

「あ、その。僕、手紙で姉さまのことを色々書いてたもので。さっぱりしてて気配りができる、良い姉ですって」

「お前のせいかー!」

「で、でも肝心なことは書いてませんからね!」

「当たり前だろ!」


 全く。しかしサリュウのやつ、俺のことホントはどんなふうに手紙に書いたんだろうなあ。まさかマジで、お世辞の羅列とか言うんじゃないだろうな。

 会ってもいいけどさ、俺、外の人に会うのほぼ初めてなんだぞ。サリュウが書かなかったっていう肝心なことがばれないように、頑張らないと。

 つまり、俺が春までどこにいたのかとか、その辺。


 何か、夏祓いの週が来て欲しいような欲しくないような、変な感じ。

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