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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
一:新生活の春

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30.とっくり、領主問題

 その晩俺は、遅くまで眠れなかった。

 新しいものに取り替えてもらったおかげでふかふかな布団の中で、ゴロゴロと何度も寝返りをうつ。


「……しきの、とうや」


 聞き慣れた名前を、口に出して呟いてみた。その途端思い出すのは、卒業式の後頭をなでてくれた院長先生の笑顔だ。見たこともない、義弟の実の父親じゃない。


「……院長先生……」


 今頃、どうしているんだろうと思う。

 俺が世界を越えたあの瞬間、院長先生は俺を見つけて俺の名前を呼んでくれた、気がするんだ。それがもし気のせいじゃなかったら、俺は院長先生の目の前で消えたってことになる。

 目の前で、人ひとりが急に消えた。さて、どういうことになってるんだろう。

 せめてさ、四季野青蓮として一度帰って、お別れくらい言いたいもんだけど。


「……帰れない、よな」


 本当は俺はこっちで生まれたんだから、帰るって表現は合ってない。だけど、俺はあっちの世界で18年育ってきたから、行くよりは帰る方が感覚としては合っていて。

 でも、俺があっちの世界で育ったのは、この家からさらわれたからだ。それで男として別の世界で育っていた俺を、こっちで必死に探してた両親とジゲンさんが18年かかって見つけ出して、連れ戻した。


 って、俺まるっきり悪くねーじゃん。少なくとも、男として育ってたとかそのへんはさ。

 冗談じゃねえや。

 いったいどこのどいつだ拉致犯人、出てきやがれって叫んで出てきてくれるわけがないけどな。

 だーもー、ともういっぺん寝返りをうって、頭の中を切り替える。上掛けもふっかふかで、俺が中でもそもそ動いても余裕で包み込んでくれた。


「偶然、なのかな」


 サリュウの言葉を思い出す。

 あいつの実の父親がシキノ・トーヤという名前で、春祭りの間にサリュウに会いに来ていた。

 たまたま、俺を育ててくれた四季野冬也院長先生と、同じ名前の人。

 俺が春祭りで見つけた背中は、顔こそ見えなかったけど本当に院長先生だと、その時は思ったんだ。もしかしたらあの背中の持ち主は本当はサリュウの親父さんで、実はよく似ている別人、とかさ。


「……だよな。うん、別人」


 ぼふ、とふっかふかの枕に顔をうずめてみる。おう、外から見たらまるで恋に悩む女の子とかそんなふうに見えるのかねえ。うわあ、何か想像したくもない。

 ともかく、だ。

 少なくとも、院長先生とサリュウの実の父親が同姓同名なんてのは、たまたまだったと思った方がいい。

 そもそもこっちのネーミングセンス、あっちと似てるんだよな。俺もあっちでも漢字こそ当てたけど、同じセイレンって名前で生きていけてたんだしさ。

 だから、いちいち考えるのはやめにしよう。いくら何らかの形で行き来が可能でも、別の世界なんだから。


「うん、寝よう寝よう。お肌に悪い」


 ……こんな考えになってしまうのは、女に戻ったからなのかなあ。



「ええ、サリュウ様からお話は聞いていますわ。何か関係があるんでしょうかって」


 ともかく、こっそり考えていてもどうしようもないっていうか何かもやもやするので、勉強時間を利用してクオン先生に相談することにした。そしたら、どうやら午前中にサリュウも相談を持ちかけていたらしい。


「サリュウから聞いたって、言っていいんですか?」

「ご本人から許しを得ておりますから。セイレン様から相談されるかもしれないから、その時は自分の話を出しても良いと」

「そうですか……」

「その代わり、サリュウ様にこのお話をする時にはセイレン様から伺った話を出すかもしれませんが、構いませんね?」

「はい、お願いします。何か、情報は共有しておいたほうがいいみたいですし」


 クオン先生の申し出というか確認に、俺は素直に頷いた。

 サリュウにとっては自分の生まれた家の話で、俺にしてみれば下手すりゃ俺自身に関わる話だしな。


「まあ、確かに偶然同じ名前だったと考えるのが一番自然なんですけど。でも、トーヤ様の言葉は確かに気になりますね」

「そうなんです。かと言ってさすがに、両親とかに聞いてみるわけにもいきませんし」

「それは賢明だと思いますわ」


 親に聞けば、そこから当の本人に話が行くかもしれない。それでややこしいことになってもなあ。特に俺、帰ってきたばかりだし。


「ただ、今の間は胸のうちに秘めておくほうがよろしいかと。こう言ってはあれなんですけど、おそらくセイレン様にはシキノ家から縁談が持ち込まれる可能性がありますので」

「は?」


 縁談?

 ああいや、サリュウにシーヤの家を継がせる以上俺はどっかに嫁に行くべきだとは分かってる、んだけど。一応1年くらいはここで暮らして、過ごせなかった18年分をちょっとでも取り戻そうとは思ってるんだけどさ。

 ってか、サリュウの実家にか。そういや、養子出してくるくらいだから他に跡継ぎがいるんだよな、向こう。


「サリュウ様の実の兄君に当たられる方が次期領主としていらっしゃるんですが、まだ独身なんですよ。確か28になられるとか」

「俺より10歳も上ですかあ!?」

「そういうものなんですよ。困ったことに」


 肩をすくめた先生の表情はま、しょうがないよねって感じのものだった。しょうがないのかよ。

 さすがに俺も、そこまで年離れてるとは思わなかったけどな。

 てか、28ってサリュウの倍じゃねえかよ。そんなに年の離れた兄ちゃんがいたのか、あいつ。

 なんてこと思ってたらクオン先生、年の離れた実例を出してきた。とっても身近な。


「といいますか。ここのご当主夫妻、8歳違いですよ。ご存知……ないですね」

「……そんなに離れてたんですか」

「ええ。何気に旦那様、昔から童顔だったそうで」


 つまり父さんが実年齢より若く見えるんで、外見上年齢差があんまり気にならなかったのか。いや、4、5歳くらい離れてるのかなあとは思ってたんだけど、8歳て。

 てか、うちの両親いくつだよ。かなり年食ってることになるぞ……あ、だからか。俺がいなくなった後、次の子供作るんじゃなくて養子取ったのは。俺が遅くできた娘だったから、もう次はさすがに無理だったってことか。


「それと、旦那様はなかなか縁談が決まらなかったそうです。やっと決まった奥様がしっかりしていらっしゃる方だったので、領地では良い奥方を待っていたために結婚が遅れたんだという噂が立ったようですわ」

「ああ、いいように捉えるとそうなりますよね」


 悪い方に言うと選り好みすぎだ、ってことになるんだろうな、父さん。こういう領主の結婚相手ってそれなりの相手だってことが多いだろうし、父さんに考えるところがあったのかね。

 何気に母さん、父さんに対して強気で出ることあるもんなあ。ほんと、親馬鹿な部分以外はしっかりしてると思う。

 というか、それまで大丈夫だったのかシーヤ家。ユズルハさんあたりが頑張ってくれたのか、父さんの先代だから俺の祖父さんに当たるであろう人がめっちゃ頑張ってたのか。


「……まあ、サリュウが養子として来た理由は何となく分かりました。俺がさらわれたのを、ひた隠しにしてるのも」


 どうせ領地問題とかなんだぜ。跡継ぎ娘がいなくなったら、ここぞとばかりに入り込んできそうな奴がいるんだ、きっと。うちの領地、街にお菓子屋さんとかあるとこ見ると割と裕福みたいだから、領主になれたらうはうはだとかでさ。

 そうならないために俺が療養中で人前に出られないってことにして、ちゃんとした跡継ぎにとサリュウを養子として引き取って。

 もしかして、父さんが結婚相手を選り好みしたの、その辺が問題だったか。それなら、納得できる。


「まあ、そうですね。胡椒の試験的栽培が始まってから、シーヤの領地は収入が増えていますし」

「ある意味特産品ですもんねえ。商人さんでも目をつけるでしょ」


 だああ。この手の問題はめんどくさいな、もう。

 サリュウが後を継ぐにしても、その前にある程度問題解決しとかないと駄目なんじゃないか、父さん。

 時代劇じゃないけど、領主の目を盗んで私腹を肥やしてる家臣とか出てきかねんぞ、マジで。



 結局のところ、しばらくは様子を見ましょうということになった。その間に俺はいろいろ勉強して、せめて両親とサリュウのフォローをできるようにならないといけない。

 で、勉強時間の終わりにクオン先生は、にっこり笑ってのたもうた。


「来月くらいからは、読み書きとマナー以外にもお教えすることが増えると思います。覚悟してくださいね」

「はい? えっと、俺何覚えなきゃいけないんですか?」

「ダンスです」

「……うわ」


 出た、上流階級御用達。

 ……っと、一応俺の知ってるのと合ってるか確認確認。


「やっぱりあるのか。男の人とペア作って音楽に合わせてステップとか、ですよね?」

「ええ。やっぱり、なんですね」

「俺の周りだと縁なかったんですが、一部の金持ちだと舞踏会とかあったみたいです。ただ、基本的にはだいぶ昔の話になりますけど」

「なるほど」


 はあ、やっぱりあれかあ。

 いや、いいけどさ。ずっと座りっぱなしで字を書いたり本読んだりしてると、いくら元草食系でも飽きてくるし。ダンスなら、身体を動かすわけだから気分転換にもなるだろうしさ。


「ま、足踏んだりしたらえらいことですし。よろしくお願いします」

「はい。すんなり受け入れてくれて、こちらも助かりますわ」


 いやだって、俺もやれることはやらないとさ。

 ダンスが下手くそで、父さんたちに恥かかせるわけにもいかないだろ。悪党ってのはさ、ちょっとしたところから突っ込んでくるんだから。

 うんまあ、自分が踊り方間違えてすってんころりとかしたくねえ、ってのが一番だけどな。


「それとですね、セイレン様」


 ころころと笑っていたクオン先生の顔が、急に引き締められた。まっすぐに見つめてくる視線に、俺は思わず姿勢を正す。


「先ほどのお話はくれぐれもご内密に。シキノ家が無実でもそうでなくても、このような話が漏れればシキノもシーヤもただでは済まない、と思いますから」


 いつもとは違う低い声で紡がれた先生の言葉に、俺は声もなく頷くしかなかった。

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