28.しんどい、体調不良
屋敷に戻った後、顛末は全部両親に伝えられた。……当然だと思う。
それで俺は、母さんに泣かれて父さんにたしなめられた。もっと怒られるものだと思ったんだけど、この両親にとってはともかく俺が無事に帰ってきたことが一番重要だったらしい。
「おお、セイレン……何はともあれ、無事でよかった……」
母さんは、俺がこっちに来た時と同じようにぎゅうと抱きしめてきた。小刻みに身体が震えているのがよく分かって、本当に悪いことをしたと思う。
一息ついたように離れた母さんの隣で父さんが、腕を組んで難しい顔。これはもう、仕方のない事だ。いい年した娘だもんな。
「確かにな。だがセイレン、アリカたちから離れたのはうかつだったぞ。初めての外だとはいえ、もう少し気をつけねばな」
「……はい。ごめんなさい」
何を言われても、俺は謝ることしかできなかった。だって、悪いのは俺だし。言い訳のしようもないので、ほんとにこの台詞しか出てこない。
「無事だったから良かったとはいえ、しばらく外出は見合わせたほうがいいかもしれんな。我慢できるか?」
「はい、大丈夫、です」
父さんにそう言われて、頷く。うん、外に出てまた同じことになったら、怖い。
今日はアリカさんやオリザさんたちが駆けつけてくれたから助かったけど、次もそうなるかどうかなんて分からないし。
男に手を掴まれて、逃げられなくて、あれだけ怖いなんて思わなかった。
そんなことを考えていたら、父さんが腕をほどいた。顔を見上げると困ったように、でも笑っている。
「よし。では、今日はもう休みなさい。疲れただろうから、食事はできるようなら部屋に運ばせる」
「分かりました。少しだけ食べたら、寝ます。おやすみなさい」
「ゆっくりお休みなさいね、セイレン」
無理して笑ってるんだろう父さんの好意に甘えることにして、頭を下げた。母さんにも礼をして、そのまま部屋……母さんの部屋を出る。
「セイレン様、大丈夫ですか?」
「あ、うん。でもほんと、食事ちょっとだけでいいや。ごめんな」
「いえ。食事は私がお持ちしますので、お身体を清めてゆっくりお待ちください」
アリカさんも、ミノウさんも、ずっと俺についていてくれた。それこそ、服を着替える余裕もないくらいにずっと。
あー、何か知らないけどめちゃくちゃ凹む。お腹が小さく鳴ってなきゃ、このままベッドに潜り込みたいくらいだ。
「姉さま!」
「セイレン様ー」
「サリュウ、カンナさんも」
階段を降りたところで、カンナさんを連れたサリュウがすっ飛んできた。2人は既に、普通のお坊ちゃん風スタイルとメイドさんに戻っている。
「あの、父さまと母さまは何て」
「ああ、母さんには泣かれた」
隠しようもないので、弟の質問には素直に答える。いや、この後夕食一緒にしたらバレバレだもん、母さん目を腫らしてたし。
言葉の出てこないサリュウに、もひとつ答えた。
「父さんには、しばらく外に出るなってさ。ま、当然だよな」
「……でも、姉さまは」
「俺が言いつけ破って1人でふらふらしたからだから、当然なの。お前がしょげることはない。皆もだよ」
何故か凹んでるサリュウと、それから周囲でこっちをじっと見てる3人のメイドさんにもはっきりと言っておく。
これは俺のせいで、だから他の皆は悪くないんだから。
「屋敷の敷地内なら大丈夫みたいだし、しばらくはおとなしくしてるよ」
「……そうですか」
「今日は俺、夕食部屋で食べるから。一緒できなくて、ごめんな」
「……はい」
だから、何で凹むんだよサリュウ。お前はちゃんと、オリザさんやジゲンさんに伝えてくれただろ。そのおかげで俺、平気でここにいるんだから。
その後、部屋でほんとにちょっとだけご飯を食べて、そのままばたんきゅうと眠ってしまって。
翌日の、朝。
何か、身体全体が重くてしょうがない。
どこが痛いとかそういうんじゃないんだけど、何か全体的にだるくて、起きたくない。
「セイレン様あ、おはようございます?」
俺の顔を覗き込みながら、オリザさんがこきっと首を傾げる。鎧戸を開けていたアリカさんが窓の下に向けて何か話したのは、多分そこにいるサリュウに声をかけたんだろうな。
「あー、うん、おはよ……何か、だるい」
「ほえ?」
で、自分の状態を素直に答えると、オリザさんは「失礼しまーす」と言いながら手を額に伸ばしてきた。ぺた、と触れた手はちょっとかさついてるけど、でもきれいな手だと俺は思う。
その手が離れたのが何か寂しく思えたのは、体調がおかしいからなのかな。
「特に熱があるわけでもなさそうですねえ」
「あーうん、ごめん」
「いえいえ。お外に出たので疲れちゃったかもですね。ジゲンさん呼んできますー」
首を軽くひねった後そう言って、オリザさんは部屋を飛び出していった。
……えーと、何でジゲンさん?
「大丈夫ですか?」とベッドに近づいてきたアリカさんに、聞いてみるか。
「ああ、ジゲン先生は簡単に診察ができる魔道具をお持ちなんですよ」
「魔道具? ……あーいい、何か分かった」
要するに、魔力こめたかなんだかした道具があるんだな。で、それでジゲンさんは診察ができるんだ、と。
「っていうか、お医者さんはいないのか?」
「おりますけれど、まずジゲン先生の診察を受けてからのほうが正確に治療ができますから」
「……そうなのか」
医者と魔術師で分業でもしてるのかな。ま、こっちって機械はあんまり発達してないから、医療機器の代わりを魔術がどうにかしちゃってるんだろうな。多分、だけど。
ぼんやりとそんなことをぐるぐる考えているうちに、オリザさんが帰ってきた。でも、一緒に来たのはジゲンさんじゃなくて。
「おはようございます。セイレン様、どうなさいました?」
「クオン先生?」
「あら、ジゲン先生じゃないんですか?」
「祖父が、私が行ったほうがいいと」
頬に手を当てて尋ねたアリカさんに、クオン先生も不思議そうな顔をして答える。
何のこっちゃ。
「ま、ともかく。ちょっと失礼しますねえ」
クオン先生は無造作に上掛けを軽く剥いで、横になったままの俺の上に何か石板みたいなものをかざす。何度か横に滑らせて、板の表面を確認してるようだ。
あの板、もしかしてレントゲンとかCTとかMRIとかみたいなもんか? やっぱり、魔術の道具で医療機器のかわりをやってるんだ。そりゃ、中の状態分かるなら先に見たほうがいいもんなあ。
で、何度か板を眺めていたクオン先生は、うんと1つ頷いてメイドさんたちに向き直った。
「オリザさん、アリカさん」
「はい?」
「巡りの物、だと思います。おそらくセイレン様は初めてなので、体調を崩されたのかと」
そう断言した先生に、メイドさんたちは「え?」と目を見張った。おい、一体何なんだよ。
「初めてですかあ?」
「まあ」
「環境も変わりましたからね。休まれる準備をお願いします」
「わっかりましたー」
「分かりました。すぐ準備します」
2人が慌てたようにタンスに向かった。引き出しを開けて何か探してるらしい。って、俺何なんですかねえ。
「……めぐりのもの、ですか」
「はい。ええと、あなたの知ってる言葉でどういうのかは分かりませんが、その、下から血が出る」
えーと。
シモって、しも? した?
そこから血が出るって。
あー、もしかして。
「……俺の知ってる言葉だと、月経、だったかな。妊娠の準備した奴が、要らなくなって出てくるってあれですよね」
「ええ、それです。よかったー、知識をお持ちで」
ビンゴだった。
そうか。
中学の時に授業でやった、あれか。
そうだよなあ。俺、今女だもんなあ。
……って。
「……あるんですか」
「そりゃありますよ。いい年齢の女性ですもの」
呆れ顔のクオン先生に言われた。あーまあ、そりゃそうか。
けど、そのせいでこんなだるかったり落ち込んだりしてしまうもんなのかね。
「ごく当たり前の症状ですから、大丈夫ですよ。個人差はあるんですが、セイレン様の場合落ち込みやすくなっちゃうみたいですね」
「そうなんですか」
「人によっては怒りっぽくなっちゃうこともありますよ。私はそうです」
……あんまり人の話聞くようなもんじゃない、と思ったんだけど、これからお付き合いする身体のことだもんなあ。聞いておいたほうがいいか。
……だるー。
「それと、世界が変わってお身体も変わりましたから。セイレン様のお身体がびっくりしちゃったのかもしれませんね」
「身体が、びっくりしたねえ……」
「おそらく、そのうち慣れてくると思いますよ。そうしたら、だいぶ楽になりますから」
「……早くなって欲しいです」
うはー。そのうちって、何ヶ月後だろうなあ。
でまあ、準備というか。布のナプキンと、あと濃い色の下着と寝間着。あー、汚れても目立たないようにか。まだ始まってはいないらしいので、気をつけるようにと言われた。
それから、何か陶器の入れ物。メロンくらいの直径の、ぺたんこな円盤型で蓋がついててくるむ袋が……って、湯たんぽかよ。あるのか。
「お腹が痛むようでしたら、この湯器にお湯を入れて温めると楽になりますからね」
名前はともかく、使い方は同じらしい。実際効果があるかどうかは分からないけど、先達の言うことなんだから多分本当なんだろうな。
「うん、ありがとうございます」
「いえいえ。ここからもう少しきつくなると思いますので、ゆっくり休んでくださいね。セイレン様」
「……はい」
笑ってくれたクオン先生の顔に、俺を心配してた母さんの顔がダブった。
あー、俺、ほんっと迷惑かけてるなあ。
「それじゃ、後はよろしくお願いします。事情は奥様に報告しておきますね」
「分かりました。クオン先生、ありがとうございました」
アリカさんの声が、何か遠くに聞こえる。
……あー、何か、眠い。
何日か、こんな状態なのかなあ。
女って、すごい、なあ……。




