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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
一:新生活の春

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27.あぶない、春収穫祭

 その時の俺は、何かおかしいとかそういう考えが全く思い浮かばなかった。


「ま、待って、先生っ」

「セイレン様!?」

「姉さま?」


 ただ、当たり前のように、流れる人混みの中を逆に走りながら追いかけることしか思いつかなくて。

 見慣れた背中を、必死に追いかけた。


「先生!」


 見えつ隠れつしているあの背中を、見間違えるはずがないんだ。

 俺が施設に拾われて『四季野青蓮』になってから18年、ずっと側にいたんだから。


 追いかけて追いかけて、気がついた時にはもう、その背中はどこにもなかった。


「……あれ」


 俺が立ち止まったのは、チェリアの樹の下だった。赤っぽいピンクの花弁が、風に乗ってひら、ひらと舞い降りてくる。まだ人は多いけど、ここらへんまで来るとだいぶまばらになってきている。


「先生?」


 周囲を見回すけど、どこにも院長先生はいない。見慣れた顔も、あの背中も、どこにも。

 あんな人の多い中で見つけたのに、人が少なくなったこの場所で見つけることはできなかった。


 当たり前だ。

 院長先生が、こっちにいるはずない。

 この世界は、院長先生が俺を育ててくれた世界とは違うんだから。

 でも、俺が、院長先生を見間違えるわけないのに。


「……あ、あれ」


 ふと、我に返った。俺の両手は、すっかり空いている。アリカさんとサリュウが、つないでいてくれたのに。

 院長先生はともかくアリカさんもミノウさんも、サリュウやカンナさんも周りにはいない。

 手が離れてたことすら、今の今まで気づいてなかった。


 やばい。はぐれた?


「セイレン様!」

「ひゃっ!?」


 いきなり肩に手を置かれて、飛び退りながら構えた。が、目の前にいたのは息を切らせた、アリカさんだった。


「私です、セイレン様。ポーズは勇ましいですが、腰が引けていますよ」

「あ、アリカさん」


 うう、びっくりして思わずファイティングポーズしちまったい。しかも腰引けてるって、泣けてくるなあ。

 いやまあ、喧嘩したら大概泣かされる側だったけどな。

 って、そうじゃない。アリカさんは、いきなり人混みに紛れ込んだ俺を追いかけて来てくれたのに。ほら、怒ってる。当たり前だろ。


「私たちから離れたら駄目じゃないですか。何のために一緒に来たんですか」

「ご、ごめん……その」


 そうだよ。俺がまたいなくなったら、俺の身に何かあったら両親が悲しむから、だから皆がついてきてくれたり、街のあちこちにいたりしてくれてるのに。

 俺が俺の個人的な理由でいなくなっちゃったら、意味ないだろうが。

 離れた理由を言っても、本当に意味がないんだけどさ。


「知ってる人によく似た人がいたから、追いかけちゃったんだ」

「セイレン様の、お知り合いの方ですか?」

「うん。でも、ほんとはここに、いるわけないんだけど……でも我慢できなくて」


 アリカさんたちは、俺が遠いところから帰ってきた、くらいは知ってるんだと思う。だから、知り合いの人間がこの街に来てるわけがないんだってのも、多分分かる。

 でも、この街で俺が知っているのは、シーヤの屋敷にいる人たちだけだ。その他は皆知らない人で、だからその中に知っている顔が見えたら思わず追いかけてしまうってのは……ああ、駄目だ。完全に言い訳じゃないか。


「はあ……見つかったからいいものの、ほんとに心配させないでくださいね。お願いします」

「うん。ごめんなさい」


 そういったごちゃごちゃした事情は完全に置き去りにして、アリカさんはそれだけで済ませてくれた。俺も、ともかく悪いのは事実なので頭を下げて謝る。

 改めて手をつなぎ直したところで、花にはそぐわない匂いがした。あー、分かりやすくアルコールの匂いだこれ。うんざりしながら視線を向けると、大変趣味が悪い色の取り合わせの着物というかなんというか、だらしない服を着たチンピラ兄ちゃんがこっちをニヤニヤ見ていた。あ、3~4人ほどいるから兄ちゃんたち、か。


「何をしてらっしゃるんですかあ? お嬢様がたあ」

「暇なら一緒にお茶しねえ? あ、お酒がいい?」

「お酒よりお花、のほうがよくね? あはは」


 だああ。

 こういうところに若いチンピラの酔っぱらいがいるのは、どこも共通かよ。てか、酒飲める店あったのか。俺が少なくとも向こうでは飲めない年齢だからなのか、気がつかなかった。いや、それなりに水が豊富なせいか屋敷でも出なかったし


「セイレン様、私の後ろへ」


 俺の前にアリカさんが進み出る。えーと、この場合おとなしくしてた方がいい……んだろう、な。

 俺はそもそも格闘技とかまるでやってないし、喧嘩は弱い。けど、俺をかばってるアリカさんも、女性だしなあ。チンピラにしたらラッキー、てなもんじゃないんだろうか。

 まずいなあ。誰か来てくれればいいんだろうけど、周囲の人たちは道の方に目を向けてて気がつきそうにない。大声あげてもいいんだけど、それでパニックでも起こしたら人多いから大変だし。

 ってか、さっきより人増えてるぞ。さっき話に出てた花車が、もうすぐ来るのかな。


「怖い顔しないでさあ。おおそうだそうだ、もうすぐ花車来るんだからさあ、一緒に花もらおうよー」

「それでさ、一緒に仲良く干し花作らない? じーっくり時間を掛けてさ」

「えーと、遠慮しますというか要りません」

「必要ありません」


 うげ、気持ち悪。にじり寄って来るなっつーの。俺もアリカさんも要らねっつーてんだろ。

 こういうのって、言う方はかっこいいとか上手いこと言ったとか思ってるんだぜ。実際はお寒いだけなのにな。

 いやもう、言われる方になるとよく分かるよ。言う方になったことないけどな。


 不意に、背後から空いてる手を掴まれた。そのままぐいと引っ張られたところを、手をつないでたアリカさんが気づいて振り返る。


「セイレン様!」

「わ! こら、放せよっ!」

「はなせよ、だって。かーわいい」


 くそ、後ろから回り込みやがった。

 慌てて手をぶんぶん振り回すけど、駄目だ。外れない。ってか、掴まれた手首がぎりぎりと締め付けられて痛い。このやろ、なんで離れないんだ。


 ……当たり前じゃねえか。

 今の俺は女だ。男の時より身体も小さくなってるし、当然力も弱くなってる。

 男の時だって喧嘩に勝てなかったのに、それより弱くなってる今じゃあ。


「ほら、そろそろ花撒かれるよお。一緒に行こう、な、姉ちゃん」

「その手を放しなさい、無礼な!」

「無礼だってー」


 な、なんだよ。

 何で、怖いんだよ。

 何が怖いのか分からないのに、ぞくぞくと背筋が震える。

 怖い。

 頭の中、まっしろになりそう。

 だれか。

 せんせい。



「花の前に、はちみつ飴はいかがですかーあ」


 場にそぐわない明るい声とともに、俺の腕を掴んでた手が離れた。

 というか、手の先にいた男が真上からぶん殴られて地面に沈んだというか。


「あら、飴なんてもったいないですよ!」


 次の瞬間アリカさんが足を振り上げた。あー、アリカさんの目の前にいた男の股間を爪先が直撃。相手、痛みで声があげられなくてもんどり打ってる。そのままアリカさんは長い足を振り回し、他の男たちの肩口に蹴りを打ち込んだ。

 ……強。


「セイレン様あ、だいじょぶですかあ」

「オリザ、さん」


 俺の目の前、正確に言うと地面に倒れてる男を踏みつぶしているのは、ぷうと頬を膨らませたオリザさんだった。下から睨みつけてるのは、絶対怒ってるんだろう、な。

 ああ、俺、駄目じゃん。

 離れるなって言われたのに、勝手に動いて、迷惑かけて。

 役立たずだって、分かって。


「まったくもー。サリュウ様が大変だーって飛んでこなかったら、えらいことになってましたですよ?」

「え、サリュウが」

「姉さま!」

「セイレン様!」

「あーよかったあ、ご無事でしたかー」

「大丈夫ですよ。衛兵呼んでください」

「ふぉふぉふぉ。危ないところでございましたのう」

「ジゲンさん?」


 ちらりとオリザさんが向いた方向に目をやると、サリュウを先頭にカンナさん、ミノウさんが走ってきてた。で、その後ろから星マーク付きのずるずる服のお爺さんがひょこひょことやってくる。これだけ騒いでも、花車に夢中な人たちが気づかないってのは何か、すごいと思う。あ、現実逃避してら、俺。


「ジゲン先生に、セイレン様の居場所探してもらったんですー」

「遠いところにおられたセイレン様を、お屋敷までお連れ申したのはわしですじゃよ。その時に、セイレン様の御身に宿る魔力は覚えましたでな」


 何でジゲンさんが出てきたのか、端的に説明してくれたのはオリザさんだった。ジゲンさんの説明は……あーえーと。よく分からないけど、要するに俺を魔術レーダーみたいな感じで見つけてくれたわけかな。

 ジゲンさんはふう、と大きくため息をついてから、ひょいと手を伸ばした。肉の落ちた手で、俺の頭をそっとなでてくれる。


「事情は分かりませなんだが、お1人で歩かれるのはああいう輩もおりますでな。お気をつけ下さいませよ」

「はい、ごめんなさい。皆に迷惑かけるわけにもいかないし、気をつけます」

「姉さま、ご無事でよかったです」


 ぎゅう、とサリュウに抱きしめられた。あー、何か、ホッとしたような、でも。

 俺、皆に迷惑かけちまったなあ。ほんのちょっとしたわがままで。


 ……ひどく、気が滅入る。

 しばらく、屋敷でおとなしくしてるべきだよな、これは。

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