26.おいしい、春収穫祭
あちこちの店を回っているうちに、こーんこーんと鐘を叩く音がした。あー、お昼になったんだな。
お寺の鐘を鳴らすのと同じ感じで、時計台の上にある鐘が鳴って時間を知らせるようになっている。あんまり大きい音じゃないんだけど屋敷でも風の具合で聞こえることがあって、あれ何って聞いたら教えてもらったんだ。
3階建てあるかないかのあんまり高くない時計台だけど、この辺ではこのくらいで十分らしい。何でもちょっと離れたところの大きな街にこういうのが得意な時計職人さんがいて、目印みたいな感じで作ったんだとさ。
で、一休みしようってことになって、その時計台がある広場に寄った。真ん中に建っている塔の一番上に鐘があって、そのすぐ下に大きな時計盤が見える。
塔の周囲に長い木のテーブルとベンチが並べられて、カフェみたいな感じになっている。お昼ってこともあるけど結構混んでるな、と思ったらその理由を、ミノウさんが教えてくれた。
「ここはお菓子屋さんが出しているカフェなんですけど、春祭り限定のケーキがとっても美味しいんですよ!」
お菓子屋さん、あるんだ。ってことは案外みんな、生活に余裕があるのかもしれないな。
にしても、限定のケーキか。普段表情の薄いミノウさんが拳握って力説したくらいだから、よっぽど美味しいんだろうな。アリカさんもカンナさんも、うんうんと揃って頷いてる。
「僕も去年食べたんですけど、姉さまにもお勧めです」
女性一押しかと思ったら、サリュウまで太鼓判を押してくれた。そんなふうに言われたら、食べたくなっちゃうよなあ。回りにいるお客さん、みんなそれ目当てなのかな。
どうにか見つけたテーブルの1つに、皆で座る。しばらくして、ウェイターさんが注文を取りに来たんだけど。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「……ゆ、ユズルハ、さん!?」
うそー。吹いたぞ。
ウェイターっていうか、いつもの地味目な執事スタイルじゃない。白いシャツはいつものよりタックっていうのか、ひだが多いしそこに深い緑のリボンタイだろ。黒のストレートパンツの上にはリボンタイと同じ色のベルトだか帯だか、ともかく布巻いててさ。
つか、改めて見るとユズルハさんって、渋くてかっこいいおじさんなんだよなあ。普段からそういう格好でいらっしゃいませーなんてやってたら、お店繁盛してるだろうなあ。
うっかり見とれてたら、サリュウに声をかけられた。
「姉さま、お茶はどれがいいですか?」
「どれって……」
慌ててメニューを覗き込む。白い木の板に、絵の具で料理の名前と値段が書いてある。イベント用だからか、普段からこうなのか、あまり種類は多くないかな。
あと横に描いてあるお茶の挿絵かと思ったらこれ、もしかしてサンプルのイラストか。まだお茶とかケーキ、くらいしか読めないから助かったー。
「えーと……このお花のやつ、どうかな」
「はい、では姉さまの分は宴の花茶で。僕も同じものをお願いします」
サリュウが注文してくれたので、メニューを隣りに座ったアリカさんに渡す。俺の向かいにサリュウ、その隣がカンナさん。アリカさんとミノウさんは、俺を挟むように座っていて、カンナさんの向かいにはミノウさんがいる。
あ、ミノウさんたちにはサリュウからメニュー行ったからな。見せてないわけじゃないぞ。
「私は南の茶を。ミノウ、カンナ、何にします?」
「私は宴の花茶をお願いします」
「あー、私は南の茶でー」
「宴の花茶が3つ、南の茶が2つですね。ご一緒に、ビオラとチェリアのケーキはいかがですか」
「それお願いします!」
ケーキの名前が出た途端、ミノウさんが即座に手を上げた。そっか、彼女が食べたいケーキってそれか。
サリュウに目を向けると、にこにこ笑いながら頷いてくれる。じゃ、これでいいか。
「じゃあ、ビオラとチェリアのケーキは全員分でお願いします」
「かしこまりました。しばしのお待ちを」
ケーキを頼むと、ユズルハさんは深く頭を下げてすたすたと歩いて行った。あ、広場の向こう側、出てすぐくらいに大きなお店があるな。そうか、あそこから持ってくるんだな。
でまあ、ユズルハさんを見送ったのは俺だけじゃなかった。ので、皆に聞いてみる。
「……なあ。ユズルハさん、あれ毎年やってんの?」
「いえ、初めて見ました。ねえ、ミノウ」
「え? え、あ、はい、私も、初めてです。カンナは」
「もちろん、初めてですよう。かっこいいですね!」
「ユズルハ、あんな応対できたんだ……」
「あー、サリュウも初めてか……」
えーと、つまり俺が祭り見たいって言ったからこんなことになっちゃったのか、もしかして。というかいいのか、メイドさんとか使用人さんとか動員しちゃって。
「……屋敷の方、大丈夫なのか? ユズルハさんとかいなくって」
「最低限の人数は残っているはずですよ。とりあえず、クオン先生は見ませんでしたし」
「おそらくカヤさんも残っております。大丈夫かと」
アリカさん、そしてミノウさんがそう答えてくれたから大丈夫、なんだと、思おう。あと、シェフの人とかいなかった気がするし。
「……あー。でも、何か俺のせいみたいで、ごめん」
「姉さまのせいではありません。父さまと母さまが気になさりすぎるんですよ」
「そうですよう。セイレン様は悪くないですー」
はは。サリュウ、カンナさん、ありがとな。
とか会話してたら、ケーキとお茶が到着した。しれっとした顔で並べてくれるユズルハさんに、もらったお小遣いから代金を払う。1人分大体850イエノで、サリュウとカンナさんの分は「お小遣いありますし、カンナは僕のおつきなので」ということでサリュウのお財布から出た。もちろん、アリカさんとミノウさんの分は俺が払ったぞ。
なお、こっちではこういうお店でも品物と交換で払うのが当たり前らしい。食い逃げ防止かな。
俺の頼んだ宴の花茶は、お茶の中に花が入ってて違う色の花びらが浮いてるやつか。アリカさんとカンナさんが頼んだ南の茶は……あれ、シナモンティーみたいな感じ? そんな感じの香りがする。
「アリカさん、それどんなお茶?」
「名前の通り、南の暑い地方から輸入されたものです。普段は高くてなかなか飲めないんですが、この時期はサービスということで結構お手軽な値段で飲めるので」
「へえ。……あ、南の方が暑いのか」
南が暑くて四季があるってことは、向こうとあんまり変わらないか。はー、常識を1から覚え直さなくて済むのはほんと、ありがたい。
ま、それはともかくケーキだ。スポンジの上にピンクのクリームが塗られてて、白とピンクで模様が絞り出してある。ビオラは、ケーキの上に飾ってある砂糖漬けにされた黄色や紫の花の名前らしい。ピンクはチェリアの実を使ってるかららしいので、チェリアはやっぱり桜と解釈すればいいんだな。
スポンジの間にもクリームが挟んであるんだけど、そこに紫色のベリーが一緒に入ってる。見た感じは、わりと普通のショートケーキだ。でも、美味しそうだな。
「この日を待っておりました。はああ……」
「……ミノウさん、大げさですー」
ケーキを目の前にして、ミノウさんがすっごくきらきらしている。あー何か、甘いの好きなのかな。帰りにおみやげっていうか、何かお菓子買って帰ろうか。花の砂糖漬けでもいいかな。
おみやげの前に、まず目の前にあるものを食べよう。いただきます。
『太陽の神と季節に感謝します。いただきます』
……というのがまあ、こっちで言うところの食前のお祈り。簡単なのは、祈ってる間に温かいものが冷めたり冷たいものが温まったりして美味しくなくなったら神様もしょげるだろ、という理由から。えらく人間味のある神様だけど、まあひとりぼっちが寂しくて世界作っちゃったんだもんなあ。
んで、期待のケーキだけど。
「うわ、ほんと美味しい」
ベリーの酸味とチェリアの甘みが絶妙にマッチしてる。スポンジケーキはちょっとぼそっとした感じだけど、お茶とセットだしな。それに、ビオラの砂糖漬けも甘すぎなくていい感じ。
俺は食べる速度がそんなに早くないみたいで、アリカさんやミノウさんはもうパクパクと食べている。たまにミノウさんがうっとりしてるけど、あれは見ないことにしよう。うん。
「姉さま。僕はこれ、お茶に入れて飲むんですよ」
サリュウがビオラをつまんで、お茶にぽちゃんと落とす。そうしたら、花のお茶がもっと色を増やして綺麗に見えた。ので、真似をしてみる。
「ん。あ、香りもいいし甘みが広がる」
「でしょう?」
「んもーサリュウ様、その飲み方私が教えたんですよー」
嬉しそうなサリュウの隣で、カンナさんがぷうと頬をふくらませる。こら弟よ、かっこつけたいのは分からなくもないけどな、姉にやってどうするんだ。
ケーキの後に揚げ芋とかをつまみながら、チェリアの並木道に戻る。何でも、この後ちょっとしたイベントがあるらしくて人がものすごい。俺の手をアリカさんとサリュウが両方から握る形で、皆でぞろぞろと動く。
「お昼すぎくらいから、花車が町中を巡るんですよ。撒かれた花を持ち帰って干し花にすると、1年健康でいられるとか」
「へえ」
アリカさん、いろいろ知ってるなあ。ちょっと感心。
干し花、っていうのはドライフラワーのことな。どこの世界にも、そういうのあるんだなあ。
いやもう、右を見ても左を見ても人人人。手をつないでるはずのアリカさんもサリュウも、その先にいるはずのカンナさんも、背の高いミノウさんだってほとんど見えなくなっている。
だから、俺の目にその人が入ったのは、本当に偶然だった、んだろう。
「………………院長先生!?」
今、通り過ぎたのは間違いなく、俺を18年育ててくれた院長先生だった。




