25.みんなで、春収穫祭
「セイレン。クオンから聞いたのだが、春の祭りに行きたいのか?」
そう父さんに尋ねられたのは、春の宴の祭りがあると聞いたその当日の夕食中だった。
クオン先生、仕事早いなあ。
「あ……えっと、話聞いてて楽しそうだな、って思ったので……あの、無理ならいいです」
「そうねえ……行きたい気持ちは分かるけれど、人が多いから私は心配だわ」
行きたいなと思ったのは事実だったので、水を一口飲んでからそんな風に答える。母さんの反応は、まあ予想したとおりだった。父さんも困ったな、という顔になってるのが丸分かりだ。
参ったなあ。俺、そんなに困らせるようなこと言っちゃったんだよな。
「父さま、母さま。僕は行ったことがあるのに、姉さまは駄目なのですか?」
と、かちゃんと音がした。どうやらサリュウがフォークとナイフを置いた音らしい、って音立てちゃ駄目だろ。
そこら辺のマナー違反には構わず、この弟は口を挟んできた。ちょっと不機嫌なのは、別に飯がまずいからじゃないよな。だいたい、シーヤのシェフはものすごく美味しい食事を作ってくれるからありがたいんだぞ。
食事の方はともかくとして、そっか。サリュウは俺よりずっと長く、ここで暮らしてるもんな。
「サリュウ、行ったことあるんだ。どうだった?」
「はい。人々がすごく賑やかで、楽しかったです。店もいろいろ出ていまして、普段家では見ないような菓子や食べ物がたくさんあるんですよ」
「こ、こらサリュウ」
慌てて父さんが声を上げたのは、そんな話を聞けば俺が余計に行きたがるんじゃないか、って思ったからなんだろうな。
うん、ほんとに楽しそうで、話をしてるサリュウの顔も楽しそうで、行ってみたいなって思うけどさ。
でも、一度いなくなってやっと戻ってきたばかりの娘が出かけて、もしまた帰ってこなかったら。
父さんも母さんも、ものすごく怖いだろうな。
やっぱいいです、と言う前に母さんがナフキンで口元を拭いて、それから父さんに向き直った。
「心配なのは確かなのだけど、セイレンも屋敷の敷地の中だけでは退屈でしょう。供をつけて、1日くらいならよろしいのではなくて? あなた」
「う、むむ……だが、なあ」
あれ、母さんは行ってもいいって思ってくれてるんだ。俺のこと心配なのは、母さんもなのに。
父さんが口ごもってるところを見ると、考えてはくれてる、のかな。
ええと、俺は、どう答えりゃいいんだろう。
やっぱいいですじゃあれだし、行きたいですって言うのも何だし。困った俺の前で母さんは、ふんと小さく鼻息を鳴らしつつ腕を組んだ。そうしてきっぱりと言ってのける。
「そんなに娘が心配なのでしたら、他にも警備の手配をすればいいのです。そうでしょう?」
「…………そ、そう、だな。アリカたちを連れて行く、なら、いいか」
「いいんですか?」
いいのか?
外、出かけていいのか? アリカさんたちが一緒なら。そりゃあさ、1人じゃ道も分からないし絶対困るから、誰かと一緒だったらいいなあとは思ったけどさ。
っていうか、警備の手配って何だ。まあ、人が多いらしいから警備はしなけりゃ駄目だと思うけどさ、俺のために追加とかするんじゃないだろうな?
「ええ。ただし、初日の1日くらいしか許してあげられないと思うけど。それでいいかしら? セイレン」
「あ、ありがとうございます」
勝利の笑みを浮かべた母さんに、俺は頭を下げてお礼を言った。ちょうどそこでデザートが運ばれてきたので、この話はここでお開きになった。
そして、春の宴の週、1日目。
「セイレン様。よくお似合いですよ」
「あー。何かこっちの方が楽だ、俺」
「靴のかかとも低いですから、歩くのは楽かもしれませんね」
いつものドレスじゃなくて、地味な白いブラウスと明るい緑のスカート、それより少し濃い目のベストにぺたんこ靴の俺がいた。髪の毛は2つにまとめて、ピンクのリボンで結んでる。
アリカさんとミノウさんも、メイド服じゃなくてシンプルな私服を着ていた。アリカさんは淡い水色の膝丈のワンピース、ミノウさんはサーモンピンクのシャツに白い長めのスカート。
「アリカさんの方が、俺よりお嬢様っぽく見えるね。ミノウさんはシンプルで綺麗だ」
「そうですか? 普段とあまり変わり映えしなくて、すみません」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
アリカさんはさらっと謙遜してるけど、メイドさんの服は何か制服って感じするもんな。でも今日のワンピースは裾にレースが入ってたりして、ほんと可愛いもん。
ミノウさんは視線を逸らしてる。照れてるのバレバレだって。てか、こう見るとかっこいいお姉さんって感じだなあ。もうちょっと笑ったりすると可愛いんだけど、まあこれがミノウさんだってことで。
で、2人を連れて玄関ホールまで降りていくと、そこにはいつもいるユズルハさんがいなかった。その代わり。
「セイレン姉さま。表には僕と、このカンナがお供いたします」
「カンナです。よろしくお願いしまーす」
俺の前には薄手のジャケットにサスペンダー付きパンツスタイルのサリュウと、レモンイエローのシャツに格子のミニスカートを合わせたボーイッシュ系のメイドさんが並んで立っていた。そっか、この人カンナさんっていうのか。
「え、一緒に来てくれるんだ?」
「はい。父さまから、姉さまのことが心配なので一緒に行くようにと。祭りで使うお小遣いもいただいてきました」
「こちらはセイレンさまの分です。5000イエノ入ってるそうです、どうぞー」
「あ、う、うん、ありがとう」
ひょいっとカンナさんから渡されたお財布は、いわゆるがま口タイプだった。そういやファスナーとかなさそうだもんなあ、こっち。
中を見てみると、硬貨がいろいろ入っている。種類については、お祭りに行けることになった後クオン先生に見せてもらったからひと通りは知っている。入ってるのは50イエノ、100イエノ、500イエノのそれぞれ青銅貨。色から見て、10円玉と同じ金属らしい。
しかし、要するに50円100円500円の硬貨を取り混ぜて5000円分入ってる状態なわけで、つまり重い。まあ、お札は基本都会でしか流通してないそうなのでしょうがないんだけどな。
「これ、使わなかったら返さなくちゃだめかな」
「父さまはそんなけち臭いことはおっしゃいませんよ。さ、行きましょう姉さま、みんなも」
ぐい、とサリュウに腕を引っ張られて苦笑する。さてはこいつ、俺をダシにして自分が楽しみたかっただけだな。ま、いいけどさ。
初めて出た外は、すごく活気があった。お祭りの時期、しかも初日ってこともあるんだろうけど、道の両側にいろんな出店があって村の人たちなんだろうな、いきいきと物を売ったり買ったりしてる。
俺の知ってる桜に似たチェリアって木が、並木道を作ってくれてる。多分ここ、道幅だいぶ広いからメインストリートなんだろうな。その道を、チェリアの桜よりも赤っぽいピンクの花がいっぱいに飾ってるんだ。
他の色の花は、店先に飾られている。燃えるような赤い花、眩しいくらい黄色い花、雪みたいに白い花。
何だろ、すげえってしか思えない。
「セイレン様、落ち着いてください。おのぼりさんみたいですよ」
「え、あ、ごめん。でも、間違ってないだろそれ」
「姉さまにとっては、初めてのお祭りですもんねー」
ひとかたまりできゃーきゃー言いながら歩くのって、結構楽しいな。女の子がこんな風に友達と街を歩くの、気持ち何となく分かった。
「はーいお姉さん、はちみつ飴はいかがですかあ?」
周囲に見とれてキョロキョロしてた俺の目の前に、りんご飴みたいな飴がひょいと差し出された。え、と反射的に受け取ってしまってから、差し出した本人に視線を向ける。何か知ってる声だと思ったら。
「オリザさん!?」
「まいどー。100イエノでーす」
三角巾といつもより小さいエプロン着けたオリザさんが、にこにこ笑って手を差し出していた。あ、ただじゃないのか。
「あーびっくりした……えーと100イエノ? はい」
「まいどありー。んふ、ごゆっくりーでーす」
お金を受け取ると、オリザさんはおどけたように礼をしてそのまますたすたと去っていった。あ、向こうに飴売ってるお店がある。
「……うちもお店、出してるの?」
「まさか。警備の一環でしょう」
サリュウに尋ねてみたら呆れられたけど、だってそれじゃ潜入捜査官みたいじゃねえか。ありかよ、それ。
……と思ってたら、結構ありだったらしい。何かあちこちの店で、見たような人推定うちのメイドさんや使用人さん、見るし。
長いひげの先にちょこんと可愛いリボン結んで、フード付きのでっかい星模様がついたずるずるべったんな服着てる怪しいお守り屋さんがいるかと思ったら。
「ふぉっふぉっふぉ。春は幸せの季節、幸せを呼びこむベリー染めのお守りはいかがかな、お嬢様」
「……もしかして、ジゲンさんですか」
はい、この世界に来て初めて聞いた声だからよく覚えてるっつーの。
「何をおっしゃる。わしは通りすがりのお守り屋ですぞえ。さあさあ、おひとつどうぞ」
「……あ、ありがとう、ございます……」
「毎度あり、ですじゃ。1つ350イエノになりますでな」
「あ、はいはい」
金はきっちり取るのか。いや、当たり前だから。
で、受け取ったお守りは500円玉くらいの……こっちで使う500イエノ硬貨もだいたい同じ大きさなんだけど、そのくらいの小さな、紫色の巾着袋だった。多分、中に石か何か入ってる。
ベリー染めってことは、この前食った紫色のいちごっぽい果物で染めたってことだろうな。春のお守りなら、ピッタリか。でも、あれも警備?
「ああ、ジゲン様は毎年ご自身でお店出してらっしゃいますから。あのお守り、効果抜群だってなかなかの人気なんですよ」
ミノウさんの一言にずっこけた。あれはガチだったんかい。




