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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
一:新生活の春

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23.はじめて、宝石商人

 オリザさんとミノウさんと一緒に、カヤさんに連れられて母さんの私室にお邪魔する。

 初めてじゃないけど、緊張するのはするよなあ。特に今日は、初めて会う人もいるわけだし。


「失礼します。奥様、セイレン様をお連れしました」

「ああ、来てくれたのね。さあさあ、お入りなさい」

「はい。失礼します」


 許可をもらって中に入る。うわー、テーブルの上がキラキラしてて眩しい。金とか銀とか宝石とか、俺には全く縁のなかった世界だ。

 いやだって、この年で宝石店に縁なんかあるのは金持ちだろ。俺の偏見入ってるかもしれないけどさ。

 で、母さんがテーブルの奥のソファに座っている。手前にはユズルハさんよりも若い、ちょっと小柄だけどがっしりした体格の身なりの良いおじさんがいた。栗色の髪がちょっと薄めだけど眉毛と口ひげが同じくらいにふさふさしてる、この人が宝石商さんか。


「おや、こちらがお噂のお嬢様でいらっしゃいますか」

「ええ、娘のセイレンです。セイレン、朝言っていた宝石商のコーダよ」


 母さんが紹介してくれたコーダさんは、すっと立ち上がるととことこと俺の前までやってきた。腰をかがめて、手を取られる。あーうー、正直に言うとこっ恥ずかしいぞ、この状態。


「コーダでございます、どうぞご贔屓に。お戻りになられるということでお嬢様のお噂は奥様から伺っておりましたが、こうやってお会いするのは初めてでございますな。それにしても可愛らしい方だ」

「あ、はは、ありがとうございます。セイレンと申します、よろしくお願いします」


 頑張って笑って返してみる。多分、口の端とかひきつってるんだろうなあ、俺。

 あれ。握られた手、商人さんというよりは職人さんみたいにがちっとしてるぞ。もしかして売ってるもの、自分で作ったりしてるのかな。


「……あの。失礼ですが、製作の方も?」

「おお、よくお分かりに……ああ、汚い手で大変失礼いたしました。我がコーダ家は代々、宝石職人の家系なのでございますよ」

「そうだったんですか。働いてる人の手ってお……私は好きですよ。技術と時間が蓄積されてるって感じで」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 おう、危ない危ない。もう少しで俺って言うところだった。あんまりしゃべらない方がいいかな、俺。

 コーダさんは勢い良くしゃべるひとだけど、商人さんってこういうもんなのかね。つーか、営業トーク全開ってところか。

 ところで母さん、俺の噂って一体何を話してたんだ?


「ね、いい子でしょう」

「はい。素敵なお嬢様でございますね、奥様」


 ……とりあえず悪い噂じゃないっぽいのはいいんだけどさ。

 あとカヤさん、気持ちは分からなくもないけど胡散臭そうな目で見ないで。人前なんだから猫くらいかぶるってば。オリザさんとミノウさんも、張り合おうとしないでー。

 と、母さんが俺を手招きした。素直に進んでいって、勧められたその隣に腰を下ろす。コーダさんも元の席に戻ったところで、母さんは俺に尋ねてきた。


「それで、お守り袋はちゃんと持ってきましたか?」

「はい。これ……っていうか、中身のことですよね」


 いつも腰に着けてる袋を開いて、小さな指輪を取り出す。手のひらに乗せて見せると、母さんだけでなくコーダさんも身を乗り出してきた。そして、目を見張る。


「おお、これは」

「さすがに、あなたも覚えていてくれたのね。あなたのお父様が、セイレンのために誂えてくれた指輪よ。これをね、セイレンの首元に飾ってあげたいの」

「なるほど。鎖を通して首飾りになさるのですな」


 あ、コーダさん、何か嬉しそうだ。そっか、お父さんが作った作品をこうやって、時間経ってから見ることができたからだろうなあ。


「これ、コーダさんのお父さんが作ってくれたんですか」

「はい。父は現在工房で宝石の加工に専念しておりますが、当時は販売も手がけておりました。その父が、シーヤのお嬢様のために心をこめて作り上げた自慢の一品でございますよ」


 なるほど。そういえばさっき代々宝石加工やってるって言ってたけど、そっか。親子で頑張ってるんだなあ。

 コーダさんのお父さんが作ってくれて、父さんと母さんが贈ってくれて、そのまま世界も性別も変わってしまった俺と18年、一緒に暮らしてきた指輪。

 このままお守りとして持っててもいいけど、考えてみりゃ俺女なんだから、ペンダントにしてつけても違和感ないんだよな。そのほうが、落としたりする心配ないか。


「うん、もっと自慢してくれていいと思いますよ。私がこの家に帰ってこられた証拠で、大切なお守りですから」

「おお、なんともったいないお言葉……父もきっと喜びます」


 ほんとにコーダさん、嬉しそうににこにこ笑ってくれた。いや、一番喜んだの多分、うちの両親だから。

 でも本当に、可愛い指輪をありがとう。もしコーダさんのお父さんに会う機会があったら、ちゃんと直接お礼を言わないとだめだよなあ。

 それと、俺の言葉ってそんなに嬉しいものなのかな? 素直な感想述べただけなんだけどな。


「では、どうぞご覧になってくださいませ。首飾り用の鎖も、良い物を取り揃えておりますよ」


 自分が持ってきたアクセサリーに手を広げてのコーダさんの台詞、嘘じゃないんだろうな。どれもこれも、俺が見ても分かる丁寧な作りなんだ。鎖もさ、細い金の糸を丁寧に編み上げてあるやつとか、パーツ組み合わせてあるのとかいろいろ。

 で、いろいろ考えたけど結局俺は、どがつくレベルでシンプルなホワイトゴールドの糸で編んである鎖を選んだ。つけるのは小さな指輪だし、鎖がごてごてしてるのは何かおかしいだろ。あ、でも編んでる糸の色がちょっとずつ違ってさ、光が当たると結構綺麗なんだぞ。

 指輪を通した鎖を首にかけて、オリザさんが後ろで金具を留めてくれる。予備の鎖があって、それとつなげて長さの調整ができるそうだ。他に首飾りを着ける事になった時とか服装の都合とかで、長さを調整してコーディネートしたりするんだとか。

 鏡に映して確認してみる。うん、ノーマルだと普通の短めのネックレスって感じでいいんじゃないかな。似合うかどうかは、正直分からないっていうのが本音。


「まあ、可愛いわセイレン。さすが私の娘、いいものを選ぶわねえ」

「おお、飾らないご気質のお嬢様には大変よくお似合いですよ。お嬢様のお美しさを一段と引き立たせることができて、私めも大変うれしゅうございます」

「え、あ、はい。ありがとう、ございます」


 手放しで褒めてもらうってのは、嬉しいより先に照れくさい、上にこっ恥ずかしい。母さんは親馬鹿の気があるって分かってるから、まだいいんだけどさ。

 コーダさんみたいな人の営業トークにも、慣れてかないといけないんだろうなあ。顔、マジでひきつってないといいけど。つか、さっきから顔熱いんだけど大丈夫か、俺。

 普通の女の子って、こんなふうに言われて嬉しがったりするのかな。俺って友人がほとんどいなかったの、もしかしてお世辞が下手だったからなのかな。本音を言い過ぎるのも、問題なんだろうなあ。


 それと、買ってもらったものはもうひとつある。

 指輪についている小さな青い石。それと同じ色の石がついた、今の俺の指に合う銀のシンプルな指輪。

 女になったら指も細くなって節があんまり目立たなくなったから、結構するっとはめられた。


「少し遅くなったけれど、18歳のお誕生日プレゼント。そちらの指輪と同じ石だから、合わせて着けやすいでしょう?」

「おお。よいお年になられたのですな。おめでとうございます、お嬢様」


 ということで、母さんが買ってくれた。コーダさんも気を使ってか、少し安くしてくれたみたい。それでも多分、こう目玉が飛び出る値段なんだろうけどさ。

 なお、お金の単位はイエノって言うんだけど、レートは正直分からない。何しろ日用品や食料の買い物に行かない上に、向こうとこっちで物の価値がどれくらい違うか比べられないからな。食料の値段とかは、今度クオン先生に聞いてみよう。


「ありがとうございます、母さん。コーダさんも」

「いいえ。娘にしてやれることなんてあんまりないから、私も嬉しいわ」

「私は宝石を売るのが仕事でございますからな。今後ともごひいきに」


 ともかく、プレゼントを貰ったことで俺が礼を言うと母さんは小さく首を振って、コーダさんはにこにこと営業スマイルで答えてくれた。

 ……そういや、乳母がいたなんて話あったっけ。つまり、育児も人任せというか、それが当たり前なんだ。

 そうなると、金持ちの母親が子供にしてやれることなんてのは何か買ってやるとかお茶を一緒に飲むとか、そんなのくらいで。

 何かこう、大変なんだな。金持ちってのも。


「それに、あなたコーダにも言ったでしょう? その指輪をあなたがちゃんと持っていてくれたから、可愛い娘だと分かったの。その御礼にもならないわ」

「私にとっても大事なお守りだから、大切にします」


 うん、大事にする。

 18年前にもらった指輪も、今日もらった指輪も、大事な大事なお守りだ。



 その後、少しお茶を飲んだくらいでコーダさんが帰る、というか次の仕事先に行く時間になった。そりゃ、お得意先がうちだけなわけないしな。


「それでは奥様、お嬢様。私めはこれにて失礼致します」


 深々と頭を下げるコーダさん。……あ、気がつかなかったけど髪の色が濃かったら完璧にカッパだ。ごめん、口にはしないから許して欲しい。


「ありがとう、コーダ。次に来る時はサリュウに似合いそうなものもお願いね。カヤ、案内を」

「ありがとうございました、コーダさん」

「おぼっちゃま用でございますね、承りました。では、これにて」

「失礼して、行ってまいります。奥様」


 カヤさんがお辞儀をして、扉を閉める。それを確認してから母さんが、俺に向き直った。あれ、ちょっと困った顔してるぞ。何でだ。


「カヤ、あなたのことあまり好きじゃなさそうね?」

「え」


 バレてるし。

 背後にいるミノウさんとオリザさんは、あんまり反応してない様子。こりゃ、バレてることに気づいてたな。ま、サリュウ付きのメイドさんに気づいてたアリカさんもそうだけど、案外敏感みたいだし。

 というか、どうやら母さんによれば俺が鈍感なだけらしい。だって、こう言われたもんな。


「あのね、セイレン。顔や態度をちゃんと見れば分かるのよ。あなた、カヤの前だと気を張っていたでしょう。ミノウもオリザも、大変ね」

「……はい」

「はあい」


 ミノウさんは無表情で小さく答えただけだったけど、オリザさんがさりげに不満全開の顔で頷いた。俺が「こら」とたしなめると、何とか普通の顔に戻してくれる。それから、俺は母さんに向き直った。


「ああいや。カヤさんは俺が嫌いなんじゃなくて、サリュウのことがお気に入りなんですよ、多分」

「それはそうでしょうね。サリュウの乳母を務めたのが、カヤの妹だそうだから」

「あー。そういうものなんですか」


 そういうこと、あるんだ。

 カヤさんの妹さんが、サリュウを育てたってことか。てことはカヤさんにとっちゃ、サリュウはある意味甥っ子みたいなもんなんだよな。そりゃ、贔屓にするよなあ。

 分からなくもない、と溜息をついた俺のことをどう受け取ったのか、母さんは頬に手を当てて少し首を傾げた。こういう仕草、母親なのに可愛いんだよな。育ちがいいからなのかなあと思いつつ、会話に応じる。


「それにしても、困ったわねえ。セイレンもサリュウも、私にとっては可愛い我が子なのに」

「あはは。俺は可愛いかどうか分かりませんけど、俺にとってもサリュウは可愛い弟ですよ」

「セイレンも可愛いわよ。サリュウのことも、そう言ってくれると嬉しいわ。仲良くしてやってね、あの子は見えないところで頑張り屋さんだから」


 満面の笑みでそう言った母さんに、俺は一瞬言葉を失った。おい弟よ、もしかして朝の自主練、母さんにもバレてるぞ。

 そう、弟。

 何て言うかこう、施設にいた時は弟分とか兄貴分とかって感じだったし周囲にいっぱい兄弟姉妹分がいたけど、あくまで『分』だった気がする。

 それに比べるとサリュウは、ちゃんと俺の弟っていうか。もともと親戚だから当然血はつながってるんだろうけど、それ以外でもなんかなあ。どこがどう違うか自分でも分からないしうまく言えないけど、うん。弟だ。


「そうねえ。もし何かカヤが余計なことを言ってくるなら、遠慮せずに私か旦那様に言ってきなさいね。彼女はシーヤの家に来て長いから、大丈夫だと思うのだけれど」

「はい。大丈夫ですから」


 余計なこと、なあ。特に言うこと、ないと思うぞ。

 だって、シーヤ家の跡継ぎはサリュウ、ってのは余計じゃないもんな。ごちゃごちゃ言ってくる奴がいたら、そいつがお家騒動の黒幕だろ。冗談じゃないや。


「ミノウ、オリザ。あなたたちも、気をつけてあげてね。セイレンてば、どうも私や旦那様によく似ちゃったみたいだから。アリカにも伝えておいてちょうだい」

「承知しました」

「わっかりましたあ。アリカさんにはちゃんと伝えておきますー」


 だー。母さん、メイドさんにまで釘刺すなよなあ。

 っていうか、俺、この両親に似てるのか。自覚、ないんだけど。

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