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22.どたばた、一週間後

 ミノウさんが、雨戸っていうか鎧戸を開ける。オリザさんが準備してくれた桶で顔を軽く洗った後、開いた窓から軽く身を乗り出すと、その下にいる弟と目が合った。


「サリュウ」

「あ、セイレン姉さま」


 一心に木剣を振っていたサリュウだけど、俺の顔を見るとピタリと手を止めた。手を振る俺に、軽く頭を下げる。


「おはようございます、もうそんな時間ですか」

「おはよう。そうだよ、早く戻ったほうがいいな」

「わかりました。ではこれで、失礼します」

「うん。また食堂でなー」


 ぴしっと姿勢を正してから走り去っていく弟の姿を見送って、俺はうんと頷いた。

 義弟の早朝自主訓練は、俺たちが見ちゃってからも続いている。親やメイドさんたちに告げ口してないのに、あいつが気づいたからみたいだけどさ。

 今は俺の部屋の鎧戸が開くのが、終了の合図になっているらしい。俺とあいさつをしてから部屋に帰って、朝ご飯用に身を整えるのが日課になったのだそうだ。サリュウ付きのメイドさんが、こっちのメイドさんにそんなことを話してたんだってさ。やっぱり、綺麗さっぱりバレてやんの。


「……すっかり習慣になっちゃいましたねー。サリュウ様との朝のごあいさつ」


 桶を片付けた後、俺の服を準備してくれているオリザさんもなんだか楽しそうだ。今日はアリカさんがお休みの日で、ミノウさんはベッドの方を整えてくれている。


「いいんじゃないか? ってかあいつ、俺が来るまでどうやって時間測ってたんだ」

「サリュウ様のおつき組が探す声を聞いて、帰ってたらしいですよ?」


 こら。

 サリュウんとこのメイドさん、分かっててやってるだろ、それ。

 これが向こうの世界なら、時計なり携帯なり持って行ってアラームで時間はかるんだろうけどさ。


「……こっちだと、持ち歩けるサイズの時計ってないんだよな」

「はいー。セイレン様のいたとこみたいに腕に巻ける時計なんて、とてもとても」


 パタパタと手を振るオリザさんに、俺は改めて世界が違うんだなーと思った。

 こっちで一番小さい時計って、2リットルのペットボトルより大きいサイズの置き時計なんだと。しかもめちゃくちゃ高いから、うちでも父さんのプライベートルームにあるくらいじゃないかとも言われたよ。

 魔術で動く時計、ってのもあるにはあるけれどこれもやっぱり冗談じゃないレベルで高価らしい。あと、何でも使う人や環境に合わせて調整しないと時間がズレやすいんだとさ。めんどくさいな、いろいろ。



 さて。

 俺こと四季野青蓮、改めシーヤ・セイレンがこの世界に来てから、1週間経っている。

 ちなみに1週間は7日で、1年は364日。4週間イコール28日で1ヶ月、12ヶ月あって余りの4週間は3月、6月、9月、12月の後に入る特別な週らしい。1年が向こうの世界よりちょっとだけ短いな。

 この世界ではまず太陽の神様がいて、そいつがひとりぼっちで寂しかったので空だの大地だの生き物だのを作ったことになっている。その、太陽の神様しかいなかった日が1週間の初日である()の日。以下空、地、海、山、雨と来て最後の生物を作った日が(せい)の日、となる。

 カレンダーというか暦はちゃんとあるんだけど、何しろ1ヶ月や1年の日数がぴったり7で割れるので、向こうの世界みたいに来年の何月何日は何曜日、とか考える必要がない。つまり暦を新しくする必要もないので、うちみたいな金持ちの家には豪華な壁掛け暦がでん、と飾ってあったりするんだそうだ。

 うちの場合、各部屋にあんまり大きくない、といっても1年分なんで畳1枚分くらいのが飾ってある。織物で、知らなきゃ暦だとは分からないかもな。俺も気が付かなかったし。

 それと、儀式の間の壁に畳2枚分のでっかい暦があった。何でも俺が生まれた時に両親が職人さんに特注で織らせたそうで、俺の誕生日が金の糸で織り込まれているとのこと。もちろん、できた時には俺はもうこの家にはいなかったんだけどな。

 それを聞いて、急いで見せてもらったよ。3月19日、山の日が金色になっていた。

 俺がこっちの世界に戻ってきた、その当日。偶然なのか何なのか、あっちもこっちも同じ日付だったんだ。

 つまり俺は、18歳の誕生日にこっちの世界に生まれ直した、ってことなんだろうかね。

 ちなみに向こうでは4月1日生まれってことになってた。院長先生、俺のことまだ探してるのかな。



 さてさて。

 シーヤ家の屋敷の中では俺は、どこかにさらわれていてジゲンさんのおかげでやっと帰ってきた娘ということになっている。男だったとかいう辺りを除いてまあ、まんまだよな。

 では、屋敷の外で俺はどういう存在かというと。

 『生まれてすぐに病気が発覚し、ごく最近まで山奥で療養していたシーヤ家の長女』、なんだそうな。さすがに領主家の中から拉致られた、ってのはこう、いろいろあるらしい。つーか、いつの間に話広まってんだか。

 俺の拉致とかに関しては屋敷の皆には緘口令が敷かれてる上に、ジゲンさん曰く「喋りたくないようにしてありますじゃ」だそうだ。楽しそうに笑ってたけど魔術師の爺さん、何かやったのかね。

 サリュウを養子にとったのは俺の『療養』が理由、ということで十分説明できる。病弱な娘がいつ死ぬか分からないから、健康な親戚の男子を跡継ぎとして引き取った、わけだ。

 まあその娘である俺が健康を回復して実家に戻ってきたってことになるから、結局跡継ぎ問題だの俺の嫁入り問題だのがそのうち起きてもしょうがないわけだけど。いや、俺跡継ぐ気ないからな?


 そんな周囲のごたごたをあんまり気にせずに、自分の名前をほんとにローマ字によく似てたこっちの文字で何とか書けるようになったりとか、座った時に足広げないように怒られたりしながら俺は、ぼちぼちと過ごしている。

 あ、あと自分のことを外では『私』と呼ぶように、とか。とりあえず、家族やメイドさんたちの前では勘弁してもらってる。まだまだ、四季野青蓮が抜けてないんだから。



 そんなこんなで、今朝も皆で朝ご飯。サリュウは時々俺を見てるので、笑って返すとすごくうれしそうだ。もしかしてこの義弟、シスコンだったりするか。俺、あんまり好かれる要素ないと思うんだが。

 その食事の最中、母さんがにっこり笑って俺に話しかけてきた。


「あ、そうそうセイレン。今日は後でカヤを呼びにやるから、私の部屋まで来てくれないかしら?」

「あ、はい。何か御用ですか?」


 うわ、お迎えカヤさんかよ、と思いながら俺は尋ね返す。顔、変なことになってないよな。

 どうも、カヤさんのことはちょっと苦手。何しろ彼女、俺のことを何というか試すような目で見てるから。だから、跡継ぎはサリュウだって分かってるっつーの。

 母さんやこっちのメイドさんたちの目があるから、特に何か言ってくることはないけどさ。


「ええ。あのね、今日は宝石商のコーダが来ることになっているの。それでね、あなたにも何か買ってあげたいなって思って」

「え、俺にですか」

「ええ。あなたも身につけるものを、自分で選んだほうがいいでしょうし」

「はあ……てか、宝石商ですか……」


 ……一瞬、くらっときた。

 宝石商ってーとあれか、かばんに色とりどりの宝石やら金のアクセサリーやら並べてこれなどいかがですか、ってやるやつか。そりゃまあ、売るものが高いんだから金持ちの家に来るよなあ。

 ああいうのって、途中で強盗に襲われたりしたらどうすんだろうなあ。こういう世界じゃ保険も利かないだろうし。よくある話だと、他の商人さんとかと護衛の人と一緒に動くってのがパターンだっけか。


「きっと、姉さまによくお似合いのものがありますよ!」

「おや、サリュウ。お前、宝石や貴金属が分かるのか?」

「あ、いえ、それはまだ……」


 何やってる男衆。いや、俺だって分からないからさ。

 俺の部屋には、それなりにアクセサリーは揃ってんだよな。だけど、母さんが選んでくれたんだろうけどさ、俺が帰ってくる前に選んだものだったから似合ってるかどうかは分からないし。着けても分からないってのは置いておいて、だ。

 それに、向こうで男だったこともあって、あんまりアクセサリー着ける習慣がない。髪留めとかはメイドさんが着けてくれるんでまあ、いいんだけどさ。ほら、ネックレスとか指輪とかは、な。


「サリュウにも、良いブローチやピンがあれば買ってあげますから。多少は物を見極められないと、安物を掴まされますよ?」

「……はい、母さま」


 あ、何か凹んだ。

 まあ、確かに物の見立てができないと駄目か。と言っても、どうやったらそういう目が肥えるんだろうなあ。数をこなすしかないのかね。



 朝食の後、オリザさんたちに母さんの話を伝えた。オリザさんは「セイレン様、可愛いの選んでくださいねっ」と何か楽しそうだ。ミノウさんもちょっと笑ってたから、女ってああいうの見るのも好きなんだろうな。

 部屋で書き取りの練習をしていると、ノックの音がした。無言のままミノウさんがすいっと動いて、扉を開ける。オリザさんは動かずに、周囲をガン見している。

 扉の外と一言二言会話があってから、ミノウさんはこちらを振り返った。


「セイレン様。カヤさんが来られていますが」

「あ、はい。いいですよ」


 早いなー。宝石商さん、もう来たのかなと思いながらペン先のインクを拭き取る。ちなみにでっかい鳥の羽の先を削って作った羽ペンに、普通の黒インク。いや、俺インクの作り方知らないけど。


「失礼します。奥様のご指示で、セイレン様をお迎えに上がりました」

「はい、今行きます」


 カヤさんにそう返事すると、オリザさんが同時にすっと動いた。俺の前に来て、手を差し伸べてくれる。

 立ち上がった俺に、カヤさんが「あ」と何か思い出したように言葉を付け加えた。ちょっと慌ててるのは、忘れてたやばいーとか思ってるのかも。


「セイレン様。おいでになる時はお守り袋をお持ちになるように、とお言伝を承っております」

「……お守り袋?」


 って、指輪入れてあるこれか。寝てる時は枕元だし、それ以外はほぼいつも持ち歩いてるから問題ないけどさ。

 母さんからの言伝忘れたら、そりゃまずいよね。思い出してよかったよ、うん。


「分かりました。今持っていますから、すぐ行けますよ」


 俺が承諾の返事をすると、カヤさんはホッとしたように頭を下げた。

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