15.とびだせ、外周案内その2
ユズルハさんにも言われたことだし、とりあえず屋敷の周囲をぐるっと回ることにした。畑とかある以上、敷地全体を徒歩で回ったらどのくらいかかることやら。
玄関ポーチを下りて俺の部屋の下、使用人さんたちの部屋の外を歩いて行く。こっちには今朝、サリュウが剣の素振りをしていた場所があるんだよな。
屋敷から少し距離をおいてレンガ造りの花壇があり、ピンクや黄色のパンジーにちょっと似た花が咲いている。外から入ってきた人がこっちを見たらいっぱいの花に囲まれた屋敷がお出迎え、って感じに見えるみたいだ。
「この花、可愛いね」
不意に出た言葉に、アリカさんはすぐに反応した。振り返って俺の視線をたどり、「ああ」と笑ってくれる。
「お気に召されたのでしたら、後でお部屋にお持ちしましょうか?」
「いいの? あ、でもどうせなら花瓶より鉢の方がいいな」
「はい、承知しました。受け皿と水差しもお持ちしますね」
ああ、良かった。アリカさん、俺の言いたいこと分かってくれたみたいだ。
切り花じゃなくて、鉢植えが欲しかったんだ。
どうせならさ、植木鉢で人生というか花生というか、全うさせてやりたいじゃないか。
で、角を曲がる。ここからは花壇がなくなって、代わりに屋敷から2、3メートルくらい離れたところに背の高い植え込みってーか垣根みたいなのがある。上から見た時はサリュウに気を取られてたこともあって気づかなかったんだけどその向こう、よく見ると道になってるようだった。石畳じゃなくて、小石を並べて埋めてる感じ。
「あれ、道だよね。誰か通るの?」
「この裏に食料倉庫がありまして、そこに買ってきた食料を運ぶんです」
「あ、作業用か」
そうだ。この奥に行くと確か厨房だから、その近くに食料倉庫を建ててあるんだな。料理する時はそこから運び出して使うわけか。
……冷蔵庫とか冷凍庫とかって、あるのかな。ま、それはあってもなくても、俺がいじれそうにないけどさ。
「石敷いてあるし、荷車か何かに乗っけてくるのかな」
「大量に仕入れた時はそうですね。ただ、大概は手で抱えられる量ですので」
「……お疲れさん」
俺の知ってるメイドさんたちが、両手に野菜抱えて歩く姿を想像してしまった。
いやさ。俺、昔、院長先生の食料買い出しに付き合ったことがあるんだよな。
先生や職員、俺をはじめとした食いしん坊のガキどもの分。結構な量になってさ、俺も院長先生もエコバッグだけじゃ足りなくてビニール袋どっさりぶら下げて、ひいひい言いながら施設まで帰ったっけ。院長先生、俺以外にも連れてくれば良かったよって笑ってたなあ。
いや、こっちはビニール袋とかないだろうから紙袋とか風呂敷に包んだり、もう直接持ってきたりとかだろ。ほんとにおつかれさんだよな。
さて。
垣根の内側、だから屋敷のすぐ横になるんだけど、地面が踏み固められてる場所があった。今朝俺とアリカさんがサリュウを見たのは、多分この場所だ。
屋敷の壁を見ると1階部分に小さな窓はあるんだけど、白いカーテンが閉まってて中は見えない。
「サリュウが素振りしてたの、この辺だよね」
「そうですね。ご自身の部屋の側でもいいと思うのですが、何故こちらなんでしょう」
俺が尋ねたことには頷いてくれたけど、アリカさんも首をひねる。だよなあ、サリュウの部屋は玄関挟んで反対側だし、あっちでやってもおかしくないんじゃないかって思うんだが。
「サリュウの部屋の下って、誰か使ってる?」
「あちらは男性使用人の宿泊室ですが……あ、一部をユズルハさんが専用室として使っているそうです」
男性使用人用。2階がサリュウで、3階は確か父さんの私室。ってことは向こう側は、全体として男性用エリアなわけだ。そうなると、こっちは当然女性用のエリアで。
「ってことは、この中はアリカさんたちが寝る部屋か」
「あ、いえ。確かにメイド用の部屋なんですが、私たちは屋根裏に部屋がありますのでそちらを使っております」
「屋根裏?」
……屋根裏にも、部屋があるんだ。案内されなかったのはメイドさんたちの部屋と一緒で、俺が入る場所じゃないから、かな。
でも、屋根裏なら多分3階から上がるんだろうけど、あれ?
「さっき屋敷の中回ったけど、3階には上に行く階段なかったと思うけど」
「屋敷の裏手に、使用人専用の階段があるんです。普段はそちらから、仕事のあるフロアに出入りしています」
「出入口、あるんだ?」
「分かりにくい場所ですけどね。それに、ちゃんと鍵は掛けますけどあまり知られると泥棒が入っちゃったりしますので」
「……そか。俺のことがあってから、大変だよな」
ほんと、金持ちに限らないけど泥棒ってやだよな。泥棒された本人、としては。
それと、階段まで使用人さん専用ってのがあるんだ。言われてみればいきなりメイドさんが出てきたりするような……あれ、専用通路使って見えないように移動してたからか。
差別って言ってしまえばそれまでなんだろうけど。でも、この家ではそういうのが当たり前で。
それに、なんて言うかこう、忍者みたいだなって思っちゃったのは内緒にしておこう。
上を見上げると、2階と3階の窓が見える。3階は母さんの部屋で、その下の2階は俺の部屋。1階、今真横にあるのはメイドさんたちの部屋。
そういえば、あの時間はアリカさんとミノウさんはもう仕事、というか俺の部屋に来てたっけ。そうすると。
「アリカさんたち以外のメイドさん、あの時間にはもう仕事してる?」
「はい。厨房と食堂の掃除をしたり朝食の準備があったりしますので」
「ってことは、この部屋には」
「体調を崩しているか休みでもなければ、ほぼ出払っているはずです。休みの者はカーテンを閉じて遅くまで寝ていることが多いので、外はあまり見ないかと」
なるほどな。
カヤさんなんかは母さんの身の回りやってるだろうし、アリカさんたちは俺のところに来てくれてる。ってことは、この辺りを見てる人はほとんどいない。
サリュウがここで剣振ってた理由は、それだ。
「分かった」
「セイレン様?」
「サリュウがこっち使ってたのはあれだ、人に見られたくなかったからだよ。特に、ユズルハさんとか。多分、勉強しなさいとか言われてんじゃないか?」
父さんが言ってたけど、サリュウは勉強するより外に出る方が好きらしい。そうすると、多分あいつを跡取りにって考えてる人たちは困るだろ。
いろんなことをちゃんと勉強して、知識として持っておかないとこういう家の後を継ぐのは大変だ。っていうか、お家乗っ取りとかそういった問題になりかねない。……時代劇、見過ぎたかな。
「昨日まで俺、いなかったじゃん。だからさ、誰にも見られないと思ったんだよ。ここ、木が高くてあんまり回りから見えないし、俺の部屋は昨日俺が入るまで空いてたんだろうし」
「ええ。セイレン様のお部屋は家具などは少し前から入れ替えたりしましたけれど、確かに空き部屋でした」
だけど、サリュウは多分勉強しなきゃいけないのはわかってるけど、でも剣を振るのが好きだった。だから、人に見られない時間と場所を選んで、振ってたんだ。まさか、昨日帰ってきたばかりの姉っていうか俺が、上にいるってことも気づかずに。
後、あいつの年齢だと他にも理由はあるんだよな。俺が通ってきた道だから分かるけどさ。
「あのくらいの年頃だとあんだよ。強くなりたいけどさ、誰かに見られると恥ずかしいの」
これは、頑張っているところを見られると周囲に冷やかされるからってのもある。大概は本人の考えすぎなんだけどな。
俺は確か、竹刀振ってたっけなあ。院長先生が体力作る用にって置いてたボロいやつだけど。あ、それで殴られたことも殴ったこともないからな。
「そういうものなんですか?」
「多分そうだと思うよ。だから俺が声かけた時、さっさと行っちゃっただろ」
「確かに……よく理解できませんが、少なくとも恥ずかしがっていらっしゃったのですね」
あの時は気が付かなかったんだけど、そういうことだ。
俺に……初対面の女にあんなとこ見られて、恥ずかしかったんだ。だからあいつ、慌てて行っちゃったんだよ。
アリカさんはそういうのがちょっと分からないらしくて首を傾げてたけど、とりあえずサリュウの気持ちは何となく分かってくれたっぽいな。だって、少し考えてからの発言がさ。
「そうすると……サリュウ様には、悪いことをしましたね」
「んー。次からは見て見ぬふり、かな」
「そうですね。気をつけます」
こんなだったんだもんな。お互いに顔を見合わせて、ついつい笑ってしまう。
明日の朝サリュウがここに来るかどうかは分からないけど、応援してるぞ。
少なくとも、誰かに告げ口することはしないからさ。
さて。アリカさんを見てて気がついたことがある。
朝ご飯の時、あいつにはメイドさんがくっついてた。多分彼女以外にも、おつきのメイドさんはいるんだろう。
「ところで、サリュウにもメイドさんついてるだろ。彼女たち、朝の訓練気づいてるのかな」
そのメイドさんたちが、サリュウの朝練知ってるのかなと思って聞いてみたんだけどさ。
アリカさんは至極当然のような顔をして、答えてくれたんだ。
「当然気づいているはずです。セイレン様は気付かれなかったようですが、1人木のそばでサリュウ様のご様子を伺っていましたよ」
「え、いたの?」
「はい」
うわー、全く気が付かなかった。
サリュウ付きのメイドさんすげえ。
それに気づいてたアリカさんもすげえ。
何だろう、メイドさんってやっぱり忍者なのかな?




