13.やれやれ、現実問題
昼食は、サリュウも含め家族全員揃って食堂で食べた。サリュウのやつ、何だかやる気みなぎった顔になってたけど、何か思うところでもあったのかな。
食卓に並んだのは野菜多めのコンソメスープに焼きたてのパン、厚切りのハムとオムレツにサラダ。デザートには濃い紫のいちごっぽい果物が出てきた。こっちでも今の季節は春で、この時期が旬なんだそうだ。色にちょっと驚いたけど、甘酸っぱくて美味しかったのでよしとする。
母さんにはカヤさんがついて来ていて、彼女が食堂を出る前に軽く見据えられた。んー、特に母さんに告げ口とかする気ないから心配しないで欲しいんだけどな。
「カヤは厳しいところもあるけれど、信頼できるメイドよ。でも、ちょっと頭が硬いかしら」
以上、カヤさんに関する母さんの意見。何か、のんびりしてる母さんについてから苦労したんだろうなあとちょっとだけ同情した。
それにしても、どうするかなあ。俺、本気でサリュウの邪魔する気ないんだけどな。ああいうタイプって、口で言っても信じてくれそうもないし。
食事が終わって、ミノウさんと入れ替わりに迎えに来てくれたアリカさんと一緒に部屋に戻る。しばらくの間は迷わないように、誰かがついてくれるらしい。ちなみに、アリカさんの手にはサブレの入った箱があった。うわ、もう持ってきてくれたんだ。
「いかがなさいました? セイレン様」
「んー?」
そう聞かれるまで俺は、自分がソファでぼさっとしていることを忘れていた。ま、何があったんだろうって聞きたくなるよなあ。その場にアリカさんはいなかったんだから。
いなかった、って言えば。
「……そういえばアリカさん、お仕事何だったの?」
「あ、はい。セイレン様がこちらにお戻りになられた時のお召し物を洗っておりました。夕食までにはお持ちできると思いますよ」
「え、あれ洗ってくれたんだ? ありがとう」
びっくりした。あの服、捨てられてもおかしくないって思ってたから。
大体今の俺には合わないサイズだし、そもそも男物だしさ。
でも、そうか。洗ってくれてたんだ。
「いえ。知らない生地でできていましたので、うまく洗えているかどうか心配なのですが」
「あれ、今の俺には大きいサイズだから少しくらい縮んでも大丈夫だよ。ほんと、ありがとう」
化学繊維なんてもの、なさそうだよなあ。タグ見れば材料くらい書いてあるはずだけど、俺がこっちの文字を読めないのと同じようにアリカさんたちもあっちの文字は多分読めないし。
高校の制服。
今後、着る機会なんて二度とないかもしれないけれど。
俺が『四季野青蓮』だった証拠を、大事に残しておきたかったんだ。
返ってきたら、タンスの一番奥に大事にしまっておこう。
「それで、先ほどから考え事をなさっておられたようですが」
俺がひと安心したところを見計らってか、アリカさんが話を元に戻してきた。カヤさんのこと、一応話しておいた方がいいよなあ。これから何かあったら大変だし。
「あー、うん。アリカさん、カヤさんって知ってる……よね。母さんについてるメイドさんの」
「あ、はい、よく存じております。私もミノウやオリザも、カヤさんからメイドとしての仕事を叩きこまれましたから。それが何か」
「やっぱベテランか。ま、そうでなきゃ母さんにつかないよなあ」
あれか、いわゆるお局様ってやつか。
当主夫人おつきのメイドさんなんだから、当然それなりに実力のある人じゃないと駄目だよなあ。だからぱっと見ベテランに見えたわけだし、ガチベテランっぽいし。使用人の中でも多分、発言力とかある人なんだろう。
「いや。あんまり表向きにしたくない話なんだけど……さっきね、彼女に跡継ぎはサリュウだよって釘刺されちゃって。俺、別にそういうので帰ってきたわけじゃないんだけどさ」
「ああ。カヤさんはサリュウ様を殊の外可愛がっておいでですから」
「だろうねー」
あうー、やっぱりお家騒動関係か。いや、まだ騒動になってないけどさ。
アリカさんが当然のように頷いたってことは、俺が帰ってくるずーっと前からカヤさんがサリュウを贔屓にしてたってのはこの家の皆、知ってそうだな。
そこに、実の娘の俺が帰ってきちゃったからカヤさんがぴりぴりしてる、と。
あるんだよね。お気に入りの子を贔屓にしてるばっかりに、その子より出来が良かったり目立ったりする子を目の敵にしちゃう人。
俺、小学生くらいの時にそういうことあったわ。担任の先生が気に入ってた子よりテストの点数が良くてさ、カンニング疑われた。そんな面倒なことしないっての。勉強は院長先生や施設のみんなと一緒に頑張ったから、そこそこ成績が良かっただけで。
あれ、院長先生が校長室に怒鳴り込んだっけ。んでその次の年、その先生は別の学校に転任になったんだよなあ。あの先生、今どうしてるんだろ。
あの時先生に気に入られてた子は普段から出来も良くて、家もいいとこの子で、すごく気立てのいいやつだった。そんなごたごたがあった後もそいつはクラスの皆と仲良くてさ。
……サリュウも、そういうやつだと思う。生まれた家からこの家に来て、跡継ぎを期待されて頑張ってる。まだ14歳だから、外に遊びに行ったりしたいだろうし女の子に興味を持ったりしてるだろうに。
「俺は今朝会ったばかりであんまりよく分かんない。でもさ、サリュウがこの家の跡継ぎだってんならそれでいいって思うんだけど。サリュウ本人がそう思ってるなら、だけどな」
俺は、そう思ったから言葉にして口にする。けれどアリカさんはキリッと表情を引き締めて、まっすぐ俺に向き直った。
「セイレン様はそうお考えかもしれませんが、何しろシーヤ家はこの地方の領主です。その地位のおこぼれにあずかろうとする方々もおられます」
「っても、地方領主だろ。うちに取り入るとやっぱり良いことあるの?」
「あまり濃いものではありませんが、王家の血が入っております。数十番台ですが、王位継承権もございます」
「……あー」
あるんかい。
ものの見事にお家騒動のネタじゃねえか。
いやまあ、こういう世界だとやっぱり王様がいて貴族がいて、ってことなんだろうなってのは何となく分かってたけどね。
そういえば、どこかの王族って近くの国の王族といろいろ結婚してたせいで、そこら辺の王族さん皆に王位継承権がある、みたいな話を聞いたことがある。ざっと調べたときに見たのは、確か800番台くらいあったような。
その隅っこに王位がやってくるなんて、まるで現実的じゃないけどな。数十番台なんて時点で、生きてる間に回ってくるわけねえし。
「そんなの、メインの王族全滅しないと順番回ってこないだろ。現実的じゃないよ」
「ですが、中央の王族が縁者から后を迎えることがございますので」
「………………きさき」
「逆に、領主のお嬢様が他の王族や領主家から婿をお迎えして家を継ぐ、ということもございます」
「婿を迎えて……あ、それか。カヤさんが気にしてたの」
そうか、結婚なあ。そういう問題があったよ。うわあ。
さっき出てきたどこかの王族だって、多分政治的とかそういった面倒な問題も抱えてただろうし。政略結婚なんて、よくある話じゃないか。
「……権力って、めんどくさいなあ」
「お気持ち、お察しします」
頭抱え込んだ俺に、さすがにアリカさんもどうしたのとは聞かなかった。この気持ちは何となく、分かってくれたんだと思う。いやまあ、俺が女だからの問題だろうしなあ。
……それは、ともかくだ。
俺の結婚とかそこら辺の問題は、多分先々出てくるんだろう。カヤさんみたいにサリュウに家を継がせたい人が、俺を追い出すために縁談持ち込んでくるかもな。
サリュウが後を継ぐ、ってのに関しては俺は反対しないけど、でも結婚かあ……男と……うーあー。
「……お見合いとか、持ち込まれてきそうかな」
「セイレン様宛にですか? 今のところは分かりませんが、今後はあると思いますよ。シーヤ家の長女であるセイレン様であれば、良い縁談が持ち込まれるものと」
「……さいでっか」
楽しそうに答えてくれるアリカさんに、俺はもう諦め顔で頷くしかなかった。
で、ふっと気がついた。
跡継ぎ問題、俺が男のまんまで帰ってきてたらもしかしてもっとひどくなってたんじゃないか? いや、ほら時代劇でよくあるじゃないか、長男と次男がどうとか実子と養子がこうとか。
うちの場合、俺が女だったからカヤさんなんかも俺に睨みきかせるくらいで済んでるけど。
まあ、女の場合は適当な婿押し付けて入り込んでくるとか、その手もあるっけなあ。
時期を見て、ちゃんと言ったほうがいいかな。この家の跡継ぎはサリュウだって。
その前に、サリュウ自身の気持ち聞いた方がいいのかな。
「あ、セイレン様。先ほどのサブレなんですけど、どうなさいますか?」
「サブレか。午前中に食べたばかりだし、しまっておいて」
「了解しました」
まるで関係ないけどさ。
箱を持って行くアリカさんの背中が何となくホッとしてたのは、何故だろう?




