134.おいわい、披露宴会
さて。
そのまま表は、会食というかお祭りに突入した。領民さんたちは多分、春や秋の収穫祭に負けず劣らずのご馳走に舌鼓を打ってるんだろうなあ。料理人さんたち、大変だ。
俺たちは屋敷の中の広間に移って、うちの両親や近くの領主さんたちをお招きしてのパーティ、いわゆる披露宴ということになる。はー、何だかんだで座ると楽だなあ。目の前の御飯、美味しそうだ。
ちなみに余興というか、そういうのもちょこちょこあったりする。楽団がちゃんと準備してくれてて目の前でお客さんたちがダンス踊ってくれたり、例によってジゲンさんが魔術でこう、向こうで言うマジックみたいな出し物してくれたり。
主役であるところのこっちがパレードして疲れてるんで、招かれた方が大騒ぎして楽しませようっていう趣旨らしい。この点は賑やか好きな太陽神様にお礼を言おう。
とりあえず、もくもくと目の前の食事に手を付ける。ドレスが汚れないようにスープはとろみがついてるものだったり、煮汁は煮こごりになってたり、最初から一口サイズに切り分けられてて食べやすくなってたり。
「セイレン。クシマ殿がごあいさつに来られましたよ」
「あ、はひっ」
おおう。タイガさんに呼ばれて、慌てて口の中の煮魚を飲み込んで顔を上げる。そこにいたのは、前にも会ったことのある顔だった。タイガさんがクシマさんって呼んでくれなければ、しばらく思い出せなかったかもなあ。
「おめでとうございます。いやはや、よくお似合いですなあ」
「クシマさん、ありがとうございます。ドレス、似合いますか?」
「あ、いやそちらの意味で申し上げたのではないのですが」
あれ、俺何か間の抜けたこと言ったかな。クシマさんはちょっと困ったように眉尻下げて、でもすぐ気を取り直したように笑ってくれた。相変わらず太めなんだけど、まあ福々しいっていうのか、そういう笑顔は嫌いじゃない。
「……いえいえ、ドレスもよう似合っておられます。まいど、ありがとうございますですなあ」
「え。あ、そうでしたね、このドレスの生地」
「ああ、盛装の生地はほぼクシマ殿の領地で作られているものですからね」
そうだそうだ。リューカさんが生地の見本見せてくれた時に言ってたもんなあ、クシマさんとこで作られてる絹だって。というか、タイガさんの言い方だと彼の服もクシマさんちの布なのかな。やっぱり、いいものだってよく知られてるんだな。
クシマさんと入れ替わりにやってきたのは、ああインパクトちょっとあったから覚えてる。元漁師のカヅキさんだ。いや、紺色メインの礼服は結構似合ってるんだけどさ、何で軽く腕まくりしてるんですか。
「ご結婚おめでとうございます。今後ともごひいきに」
「カヅキさんだ。ありがとうございます……ん、もしかして今私が食べたお魚」
「実は、私自らさばかせて頂きました。お口に合えばよろしいのですが」
それでか、腕まくり。いや、元漁師さんなんだからそのくらいお手の物なんだろうけど……でも、美味しかったからいいや。領主様がさばいたお魚食べられるなんて機会、そうないもんな。
「とてもおいしいです。わざわざありがとうございますね」
「セイレンはカヅキ殿の港で捕れる魚が好みですか。そうなると、あなたとは今後も良い関係を続けていきたいものですね」
「無論ですよ」
自信満々に頷いてくれたカヅキさんは、俺が腕をちょいちょいと指したことでやっと腕まくりに気がついて「わはは、これは失敬」と慌てて袖を元に戻してくれた。うん、そうしてくれるとかっこいい領主さんですよ、カヅキさん。
「セイレン」
「父さん」
「タイガ殿」
ある程度人が途切れた頃、父さんが誰か連れてやってきた。にんまり笑った父さんは、「友人だよ」とその人の肩を押し出してくる。黒縁の眼鏡に、口ひげのおじさんを置いて、父さんはそのままこの場を離れてしまった。っておい、どうすりゃいいんだよ。
……んー、でも何か、見覚えあるんだよなあ。
「お2方。ご結婚、おめでとう」
「いっ」
「えっ」
声聞いたら一発だった。それはタイガさんも同じで……そりゃそうだ、2人ともこの声聞いたことあるもんよ。
「いや、さすがに顔そのままで来るわけにゃいかんだろ。トーカと同じ顔してんだしさ」
ちょい、と眼鏡をずらしてウィンクしてくれたのは、俺を18になるまで育ててくれた院長先生だった。いや、何でここに来てるんだよ、あんたあっちの世界にいるはずだろ。
……いや、呼んで来られる人が1人いたな。うん。
「ま、またジゲンさんに呼ばれました?」
「おう。青蓮とタイガの結婚式とあっちゃ、来ないわけにも行くまいさ。眼鏡と付けヒゲ、似合うか?」
ちょいちょいとヒゲをいじりながら院長先生、無邪気に笑うんだ。何だ付けヒゲか、と思ったけど、そう思ったってことはマジヒゲでもいい、って俺は思ったってことなんだよな。
「似合ってますよ」
「お似合いですよ、伯父上」
「ありがとな、青蓮、タイガ」
眼鏡を元の位置に戻して、軽く髪をかきあげて見せる先生。……あー、タイガさんって年取ったらこんな感じになるのかな。院長先生とトーカさんって顔そっくりだから、案外似たような感じになるんだろうな。
にしても、眼鏡なあ。院長先生が掛けてるところ、初めて見たぞ。うん。
「院長先生、眼鏡かけると知的でダンディに見えるんですね。初めて知りました」
「お、青蓮も言うようになったなあ」
からからと笑う先生に、何でかタイガさんも釣られて笑う。えー、何でだよ、俺は素直に言っただけだぞ。
むう、と口を尖らせたら先生が、不意に真剣な表情になった。
「例によって急な呼び出しだったから、祝いの品とか何も持って来れなかった。悪いな、青蓮」
「え? いや、いいんですよ。まさか、また会えるなんて思ってなかったから、それだけで」
「そっか。ありがとな」
俺は素直な思いを口にする。いやだって、今先生の生きてる世界はこの世界じゃなくて、ジゲンさんにお願いしないとこうやって会うこともできないんだから。
先生は俺の方に手を伸ばしてきた。タイガさんにも手を伸ばして、片方ずつ握りしめてくれる。それで、マジな顔のままで、低い声だけどはっきりと、言ってくれた。
「お前ら、幸せになれよ。今よりももっと、な」
先生の声にあわせたように、BGMが流れ出す。俺がよく練習してた、ダンスの曲だ。クオン先生辺りが、この曲選んでくれたのかな?
「ほれ、行ってこい」
「はい」
院長先生が顎をくい、とやったのに頷いて、俺とタイガさんは立ち上がった。院長先生が握ってた手と手を結びつけてくれて、そのまま広間の中央へと足を進める。お互いに一礼して、ゆっくりとステップを踏み始めた。
こっちの世界にはケーキ入刀とかそういうのはないから、これがある意味夫婦初めての共同作業ってやつなのかな。
そうして宴は、深夜まで続いた。




