133.あおぞら、結婚誓約
シキノ領の外れで、お供を連れたゲンジロウがちょこんと俺を待っていてくれた。うん、もちろんその背中にはタイガさんが乗ってるんだけど。
白いゲンジロウの上に白い衣装着て乗ってるのに、何だかタイガさんがきらきら輝いて見える。あーうん、今日からは俺の旦那様になる人、だもんな。きらきらしてて当然か。いや、ひいきとか言うなよな。
馬車がその横までつけると、タイガさんはするりとゲンジロウから降りて馬車に乗り込んできた。ここからシキノのお屋敷までは、この馬車はふたり乗りになる。ゲンジロウは……あ、そのまま一緒についてくるらしい。頭良いんだな、こいつ。
「セイレン。よく来てくれました」
隣に乗り込んで、タイガさんは俺の手を取ってそう言ってくれた。俺は握られた手をきゅっと握り返しながら、小さく頷いて答える。
「はい、タイガさん。お待たせしました」
あーうー、やっぱ顔熱いし。いや、覚悟は決めてるし俺はこの人じゃないといやなんだけど、でもそれとこれとは別だからな。
で、俺のウェディングドレス姿をまじまじと上から下まで見回してタイガさんは、ふーむと大きく頷いた。
「よくお似合いですよ。このひとときだけというのが、もったいない」
「タイガさんもかっこいいですよ。正直、惚れ直しました」
「はは、それは光栄だ」
いやだって、花婿衣装だってかっこいいだろが。白のきちっとした軍服みたいな感じでさ、金のモールやベルト飾りとかのせいでほんときらきらしてるんだもん。
一瞬ぼうっとしてたら、タイガさんが「駄目ですよ、セイレン」と苦笑した。ああうん、そうだ。こんなところでぼけっとしてるわけにはいかないんだよね。
「さあ、一緒に。領民たちが、待っています」
「はいっ」
「お話終わったわね。さあ、行くわよ」
おう、そういえばレオさんが御者さんやってくれてるんだった。あーびっくりした。
動き始めた馬車の中でふと、タイガさんは確か知ってたんだよねと顔を伺ってみる。そうすると、「すみません」と謝られてしまった。
「一応ご辞退は申し上げたのですが、その、レオ様の性格はご存知ですよね」
「ああ、止まりませんよねー」
押し切られたな。もっとも、俺もレオさん止める気力はないけど。
それにまあ、だいぶ緊張はほぐれたし。もっとも、本番この後だけど。
そのうち、道の両側が賑やかになってきた。タイガさんと目を合わせて、お互いに頷く。
窓の外に向かって手を振ってみると、向こう側からきゃああと歓声が響いてきた。おおう、いつの間にか建物増えてるし。だいぶ街中に入ってきてたのか、気が付かなかった。
「領主様ー!」
「若様、おめでとうございますー!」
「姫様こっち見てー!」
この点、アイドルとかと変わらないな。ま、こっちにはそういうのがほとんどないか。領主の結婚式なんて、めったにない大イベントだもんなあ。見てる方も楽しそうで、何よりだと思う。
シーヤ領と同じように花が舞って、こっちでも花吹雪が大荒れ。その中を、俺とタイガさんを乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。周りでおめでとう、おめでとうって喜んでくれる声が嬉しくて、俺は右向いたり左向いたりして手を振るのに忙しかった。
「セイレン、楽しいですか!」
「もちろん!」
あんまり歓声が大きすぎて、すぐ隣りにいるタイガさんの声も叫んでくれないと聞こえにくい。だから俺も、同じように叫んで答えた。
だって、楽しいじゃないか。俺の結婚、皆が喜んでくれてるんだもん。
……一瞬、フブキさんの顔がよぎったのは、俺だけの秘密な。
やがて、馬車はシキノのお屋敷に到着した。シーヤの屋敷から乗った時と違って、門の前で馬車を下りて屋敷の玄関先まで歩いて行くんだそうだ。そのせいか、玄関まで続く道にはいつの間に準備されたのか長いじゅうたんが敷いてある。
道の両脇にはたくさんのテント屋根があって、領民さんたちへの振る舞いとしていろんな食事が準備されていた。俺らの分は室内だって言ってたけど。
まずタイガさんが先に降りて、彼やレオさんに手伝ってもらって後から俺が降りる。じゅうたんに足がつくと、レオさんは少し俺の方に屈んでぱち、と小さくウィンクして見せてくれた。
「あたしたちのお仕事はここまで。頑張るのよセイレンちゃん、タイガちゃん」
「はい、ありがとうございましたレオさん。アヤトさんもマイトさんも、他の皆さんも」
「いえ。どうぞ、お幸せに」
「……仲良く」
俺たちの周りを守っていてくれたアヤトさんやマイトさん、レオさん、そして領民の皆に見守られて、手を取り合った俺とタイガさんはじゅうたんの上をしずしずと歩いて行った。
さて。
この世界は、賑やかなことが好きな太陽神が作ったと言われている世界だ。そのせいか、結婚式……というか、重要な儀式だけは気候のいい時期に屋外でやることが多いらしい。さすがに夏や冬はきついもんなあ。
ま、屋外でやることは要は誓いの言葉くらいのもんで、あとは会食なりダンスパーティなりに移行するんでそれは屋内だったりすることもあるんだけど。
そして、誓いの言葉ってことはつまり向こうで言うところの神父さんか牧師さんみたいな人がいるわけ。その役目は魔術師さんが務めるそうなんだけど。
「……何でジゲンさん?」
濃い紫色のローブに身を包んだジゲンさんが、いつもとは違ってきりっとした表情でそこにいた。ちなみに、お屋敷の玄関先である。領民さんたちに大事なところ見てもらいたいってことで、儀式は屋敷の敷地内に領民さんに入ってもらってそこでやることになってるんだよね。これ、シキノ家では代々そうだったらしい。あのトーカさんも。
「かつて王宮の専属魔術師を務めたこともある、高名な魔術師ですから。って説明でいいのかしら」
俺の疑問には、何でか背後から答えが飛んできた。慌てて振り返ると、ピンクのシンプルなドレスに身を包んだ女性がそこにいる。って、あれ。
「って、え、クオン先生?」
「はあい。介添え務めさせていただきますわ」
「あ、はい、助かります」
「そのための介添えですもの。タイガ様、しっかりセイレン様を支えてくださいましね」
「もちろんです」
そかそか、ドレスの裾さばき……なんかは割と長さ平気だからいいんだけど、座るときとかのベールや裾の扱い手伝ってくれる人がいると助かる、もんな。クオン先生ならその点、大丈夫そうだ。
玄関先に設えられた祭壇にジゲンさん。その前にタイガさんと俺、お手伝いなクオン先生。その後ろに護衛の人たちとか俺のメイドさんたちとかが並んでて、両脇のテント屋台には領民さんたちがわらわらと入ってきてる。
あー、いい匂いするなあこんちくしょう。いいもん、後の披露宴で飯食ってやる。腹が減っては戦はできないんだからな。何の戦か、はともかくとして。
「太陽神もご覧あれ。今その足元にて、シキノ家の当主タイガ殿と、シーヤ家の令嬢セイレン殿の運命が結びつけられることになり申した」
ジゲンさんが声を張り上げる。その瞬間、周囲はしんと静まり返った。
えーと。実はこれ、儀式としては指輪の交換ってやつな。仰々しいこと言ってるけど、要するにそれ。
「運命を結びつける証として、互いの指に祝いの輪が飾られます。どうぞ、太陽の光の承認を!」
このジゲンさんの言葉に合わせてタイガさんが俺の指に、俺がタイガさんの指に結婚指輪をはめる。ちょっと緊張して引っかかっちゃったけど、どうにか上手くはめることができた。
その途端、空からばあっと光が差した。ほんの僅か太陽にかかってた雲が切れて、その隙間から差し込んでくる光だ。とっさに視界の端でジゲンさん見ると、してやったりって顔して親指立ててやがった。
……もしかして、ジゲンさんこれやりたかったのかな。というか、雲動かせるんかい。
「シキノ・タイガ。シーヤ・セイレン。そなたらの運命は今、1つに結びついた。今後の人生を、ともに生きることを誓うか?」
「誓います」
「誓います」
誓いの言葉に、飾り文句は必要ない。だから俺もタイガさんも、全く同じ言葉を同時に口にした。




