132.にぎやか、結婚行進
にこーっと笑っているレオさんに、俺は何言っていいか正直分からなかった。ほら、後ろにいるユズルハさんやその他使用人さんたちもぽかーんとしてるじゃないか。
ま、まあしょうがないので俺が突っ込もう。多分、それができるのって俺だけだろうから。
「あの、何でいるんですか」
「えー、だってセイレンちゃんとタイガちゃんの結婚式でしょ。あたしもちょっと噛んでるわけだしさあ、お祝いしたいじゃない?」
いや、祝ってくれるのはありがたいんだけどさ。大丈夫なのか、第1王子がこんなんで。いい人だし、実力があるのは知ってるけど。
「これ、うちの両親やタイガさんはご存知なんですか」
「そうでなきゃ、こんなことできないでしょ。警護にあたしの手の者使うから安心して、って頼んだのよ」
「レオさんの手の者って……」
父さん母さんタイガさん、こういうサプライズは勘弁して下さい。いやまあ、あんまり酷いことはしないって分かってるからいいのかな。何しろ、この国の超偉いさんなわけだし。
ちょっと呆れてると、レオさんを挟むように2人の男性が進み出てきた。あれ、やっぱり見たことある。
「お久しゅうございます、セイレン様。この度はおめでとうございます」
「……おめでとう、ございます」
「アヤトさんに、マイトさんまで」
うわ、前見た時黒かったせいか一瞬分からなかった。服の色違うだけで、印象変わるもんだなあ。
アヤトさんもマイトさんもレオさんとお揃いのきっちりした格好で、ってことはつまり俺の警護ってことか。いいのかマジで。
「……向こうで、タイガ殿がお待ちです。早く、行きましょう」
あら、珍しくマイトさんが頑張ってしゃべってる。そうだ、確かに本番はタイガさんとこに行ってからなんだよね。だから、今朝はいつもより早く起きたわけだし。
やあもう、ここでごちゃごちゃやっててもしょうがないもんな。よし、腹決めて行くしかないや。
「そ、そうですね。すみません、ありがとうございます。タイガさんのところまで、よろしくおねがいします」
「お任せあれ。さあどうぞ、花嫁」
レオさんが優雅に差し出してくれた手を取って、馬車に乗り込む。普通馬車って段差が結構あるんだけど、玄関先から馬車までは板が渡されてて俺はほとんど平面を歩くことができた。
馬車の内装は濃い目の赤で統一されてて、座席もゆったりと大きくて結構クッションふかふかしてる。これなら、ちょっと長いこと座っていても大丈夫みたいだ。あと、窓がものすごく大きくて、外からでも内装よく見えたな。
「乗り物に少しお弱いと伺っておりますので、気分が悪くなりましたらお知らせください。一応、こちらのお水をお渡ししておきます」
「うわ、すみません。ありがとうございます、助かります」
アヤトさんが渡してくれたガラス瓶の中で、チェリアの花びらと金粉がひらひらと舞っていた。あ、これ、可愛い。
「ほんとなら、ベリージュースのほうがいいかと思ったんだけどね。ドレスにこぼしちゃ困るでしょ」
「ああ、色ついちゃいますもんね。お気遣い、ありがとうございます」
御者席からこっちを振り向いて、レオさんがそんなことを言ってくれる。ベリーって布の色染める事できるもんなあ、ドレスにこぼしたらシミできちゃうよな。
「シキノの屋敷まで、中でごゆるりとお休みください」
「領地の少し前まで来たら、声をかけます」
「……ありがとう、ございます」
馬車を挟むように、アヤトさんとマイトさんが馬でついてくれる。後ろには両親と、それからメイドさんたちがそれぞれ乗っている馬車が続く。荷物大したことないとはいえ、結構行列だなあ。
そうして、馬車は進み始めた。屋敷の門のところまでまっすぐ、静々と進んでいく。一度門の手前で止まった馬車の御者席で、突然レオさんが大声を張り上げた。
「さあ、シーヤの姫君の門出よ。領民の皆、盛大に見送ってあげて!」
「姫様、ご結婚おめでとうございます!」
「また、お祭りの際には帰ってきてくださいねー!」
うわ、びっくりした。
シーヤの門の外、街道沿いには春や年越しの時とは比べ物にならないくらい、領民さんたちが並んで待ってくれていた。
街道に植えられているチェリアの花は満開の時期を少し過ぎてて、花びらがたくさん舞っている。それと一緒に、他の花たちがたくさん空に撒き散らされて、うわーこれがほんとの花吹雪だ。
「あ、ありがとう!」
慌てて、馬車の中から手を振る。窓から身を乗り出すにはティアラが邪魔で、だから俺は中から右向いたり左向いたりしながら一所懸命手を振った。そっか、この大きい窓って、このためだったんだ。
そうして俺は、街外れで人が途切れるまで乗り物酔いなんて気にする暇もなく手を振り続けた。領主一族の結婚式って、始まる前からすごく忙しいもんなんだな。
民家のないところまで出ると、馬車は少し速度を上げた。つっても、あんまり揺れないな。向こうの自動車みたいに何か仕組みがあるのか、それとも魔術でもかかってるのか。ま、多分後者だと思うけどさ。
だいぶ進んだところで、馬車に平行して馬を進めていたマイトさんがすすっと近寄ってきた。窓からこっちを覗き込んで、ちょっと心配そうな顔をしている。
「……大丈夫ですか」
「あ、はい。この馬車の座席、ものすごく座り心地がいいんで」
「それは良かった」
俺がそう答えると、マイトさんはほっとした顔になって窓から離れた。そっか、俺乗り物にちょっと弱いの分かってたから気にしてくれてるんだよね。ほんと、大丈夫だから。
途中で、ガラス瓶のお水をちょっとだけ口に含んだ。あ、じんわり甘い。舌の上に乗っかったチェリアの花びらは砂糖漬けで、多分これの甘さが水に溶けたんだな。
「セイレン様」
アヤトさんの声にはっと気がつく。うわ、俺寝てたかも。いや、多分寝てた、爆睡。
「もうすぐ、シキノの領地に入ります。そこからはタイガ殿にもこの馬車にお乗り頂いて、屋敷までパレードということになりますが、大丈夫ですか?」
「はい。今夜はぐっすり眠れそうです」
「はは、それはいいことです」
アヤトさん、俺が爆睡してたことについては触れないでくれた。いやまあ、どうせレオさんも気づいてるんだろうけどさ。というか、顔に変な痕ついてないよな?
「アヤトさん、俺の顔、何か痕とかついてません?」
「大丈夫ですよ。それに、痕がついていてもベールでごまかせます。ご心配なく」
それでいいのかよ。まあ、慌てて修正ってできるもんじゃないだろうしなあ。
そんなことを言っているうちに、シキノ領は目の前まで迫っていた。




