130.ほのぼの、春収穫祭
今年はちょっと遅目に出てきたので、お昼を食べる前に花車のパレードを見るくらいのタイミングになった。去年は結局バタバタしてて、ちゃんと見られなかったんだよな。いや、俺のせいなんだけど。
タイガさんにしっかり掴まって、人混みの中でも離れないようにする。彼の手が肩に置かれてるから、そうほいほい離れるわけないんだけどな。
「昨年は大変だったそうですね」
ぎゅう、としがみついてると、タイガさんが囁くように話しかけてきた。うぐ、やっぱり話伝わってるよなあ。仕方がないので、小さく頷いた。
「ええ、まあ。でも、皆助けてくれましたから」
「今年は私がいるから大丈夫ですが、くれぐれもそばを離れないでくださいね」
「はい。もうあんな怖いの、いやですから」
あうう、チンピラに絡まれた時のこと思い出しちまったい。あの時は女になって間がなくて、だから自分の身体のこといまいち分かりきってなかったし。
いやもう、さすがに何度も危機乗り越えて……というか助けてもらってきたら分かるっての。俺はものすごーく非力で、誰かに支えてもらわないと何ともならないんだって。
そんな俺でもそばにいてくれるから、タイガさんなんだけど。
「来ましたよ、セイレン」
「え?」
呼ばれて、慌てて顔を上げる。って、いつの間に一番前にいるんだかなー。タイガさん、すごいや。
で、俺たちの前をゆっくりと、色とりどりの花で飾られた山車みたいのが進んでいく。引っ張ってるのはいつもは荷馬車引っ張ってるだろう馬たちで、そっちもやっぱり花で飾ってもらってる。胴体メインなのは、あんまり匂いが鼻につかないようにかな。
そっか、これが花車か。
車にはふわふわの服で着飾った子供たちが乗っていて、腕に下げた籠から見物客に向かって花を撒いている。数本組で、小さな花束みたいにしてあるやつ。これ、持って帰ってドライフラワーにしたらいいんだよな。1年健康でいられるんだっけ。
「あ、わっ」
俺のすぐそばに数束降ってきて、思わず手を伸ばした。ひと束取れた、と思ったら端っこしか掴めなかったんだけど、タイガさんがすっと手を伸ばしてくれてナイスキャッチ。
「はいどうぞ、セイレン」
「わ、ありがとうございます」
当たり前のようにそれを俺に渡してくれる彼に、俺も当然のように礼を言う。あーうん、周囲から見たらもうどんな風に見えるかは気にしないことにしてるんだけどね。どうせメイドさんたち、あーあとかいう顔してるんだぜ。
ほら、ちょっと離れた木の影でサヤさんが頬に手を当てて苦笑してるし。ところで、反対側の手で拳握ってふっ飛ばしたのはどこのチンピラだろうね。早く衛兵さん呼んだほうがいいと思うんだけど。
無事花車も見られたので、何か食べようということになって移動する。
時計台の広場には今年もオープンカフェが出ていて、花車を見に行った人が多いせいか今の時間はちょっと空いているようだ。
「去年、ここでケーキとお茶頂いたんですが美味しかったですよ」
「ほう。セイレンがお好きなのなら、今年もここにしましょうか。私はケーキのことはあまり分からなくて」
ま、男の人って普通そうだよなあ。俺は元から甘党だったからともかくとしてさ。
空いてる席に適当に座ると、すぐにウェイトレスさんがやってきた。あーよかった、屋敷で見た顔じゃなくて。いや、去年しれっとウェイターやってたユズルハさんのインパクトが強くてさ。
「あ、シーヤの姫様にシキノの若様、いらっしゃいませ」
「こんにちは。えーと、宴の花茶にビオラとチェリアのケーキをください」
「まいど。若様はどうなさいます?」
「ああ、私も同じものを頼む。セイレンが昨年、こちらのものを食して美味しかったということだったので」
「姫様のお墨付きとは、光栄です。少々お待ちくださいませー」
するすると注文終了。ウェイトレスさんが普通に応対してくれたのが、正直助かる。いや、俺はともかくタイガさんがきゃーきゃー言われたりするのはさ、何て言うかこう、婚約者としてはな?
時間が少しずれてたことも幸いして、すぐにお茶とケーキが運ばれてきた。お勘定はタイガさんが「私が出します」と先に宣言してしまったので、おとなしくおごられることにする。……俺、おごられてばっかじゃね?
「いいんですよ。私のほうが、財布は大きいんですから」
タイガさんは俺に金使うのが嬉しいらしい。……もしかして、この手のデート初めてだったりするか。んまあ、俺も初めてだけどさ。
金の出所はともかく、お茶もケーキもやっぱり美味しかった。あー、来年も理由つけて来たいなあと思いつつ、シキノ領の方はどんなものが売ってるんだろうなとちょっと考えてみる。季節が季節だから、似たようなラインナップだろうとは思うけどさ。
で、こちらのケーキを食べてみたタイガさんの感想は。
「ふむ。確かに美味しいですね。私にはちょっと甘いのですが、その分お茶がさっぱりしているのが上手く調和しています」
「あ、そっか。俺、もともと甘党なもんでこのくらいがちょうどいいんです」
「なるほど」
そうか、普通の男の人にはちょっと甘めか。向こうの世界でケーキバイキングに女の人が群がる理由、よく分かった。個人差があるとはいえ、味覚だいぶ違うんだな。
さて、このケーキをおすすめした理由を、ちょっといたずらっぽくタイガさんに教えてみよう。
「このケーキ、ミノウさんが好きなんですよ。ほら」
「んぐっ」
いや、後ろから殺気というか待ちくたびれて頂きますなオーラ全力で出してたら分かるってば。
とは言え、喉詰めたみたいで悪かったとは思う。お茶飲んで何とかスポンジケーキを流し込んだミノウさんは、けほっと1つ咳き込んでからこっちを涙目で睨んできた。
「おや」
「わ、わたしはそのっ」
タイガさん、びっくりしてる。はは、あそこまで甘いものラブだとはさすがに知らなかっただろうしな。
「いいっていいって。去年も楽しみにしてたじゃないか、ゆっくり食べてよ」
「は、そ、その、申し訳ありませんです……」
俺がなだめたのに、涙目のままでケーキを再び口にしながらミノウさんはぺこぺこと頭を下げてきた。ああいや、ほんとごめん、俺が悪かったから。
時計台の広場を後にして、俺とタイガさんはシーヤの屋敷への道をとことこと歩いていた。少し離れたところをぽつん、ぽつんと知った顔が歩いている。うん、みんないるな。
「……こうやって向き合わないと、分からないこともまだまだありますね」
ぽつり、とタイガさんが呟いた。言われてみれば、そうかもしれない。
俺の好きな甘いケーキがタイガさんにはちょっと甘すぎるとか、そんな些細な事も今まで知ることはなかったんだ。
これから同じ屋敷で生活することになると、もっといろんなことが出てくるんだろうなあ。
「そうですね。うわあ、先が思いやられる」
「何、元々は違う家で育った別の人間です。こういったことも、当然でしょう」
頭を抱えかけた俺の肩を、タイガさんはぽんぽんと大きな手で柔らかく叩いてくれる。
そして彼は、ゆっくりと言葉を続けてくれた。
「それにセイレンは、世界すら違った。こちらに戻ってきて、まずこちらの常識から覚えなければならなかったんです。本当に、大変だったでしょうに」
「少なくとも、文字と歩き方は大変でした」
その言葉に対する俺の答えは、だいぶ本音だった。いや、一番苦労したのそこだし。意外にマナーとか違わなかったから、結構楽といえば楽だったけどさ。
あ、でもシーヤとシキノって、ちょっと違うところあるもんな。メイドさんの部屋とかさ。
だから俺は、ちょっとだけ彼の胸にもたれて呟いた。
「改めて、お世話になります」
「こちらこそ」
春の収穫祭が終わって、少ししたら。
俺はシーヤの家を出て、シキノの人間になる。




