129.ふたたび、春収穫祭
春の時間はあっという間に流れて、今日は春の宴の週第1日目。
「お迎えに上がりましたよ、セイレン」
「ありがとうございます、タイガさん」
シーヤ家の玄関先までピンクの濃淡のワンピースを着た俺を迎えに来たのは、さわやかなベージュと明るい緑の組み合わせの衣装をまとったタイガさん。周りには、普段着スタイルの俺付きメイドさんたちとサヤさんがいる。
要するに俺とタイガさんは、これから春の収穫祭に出かける。つまりデートである。
うわあ、緊張するなあ。
タイガさんと一緒に収穫祭に行きたい、という俺のお願いは、意外なほどすんなりと通った。
いや、まずは両親にそう頼んでみたんだけどな。
「む。タイガ殿、とか」
「まあ。そういえば、ちゃんとしたデートなんてしてないものねあなたたち。いいんじゃないかしら」
微妙に複雑な顔をした父さんを横において、母さんがしっかり賛成してくれた。もちろん、条件は出されたんだけど。
「その代わり、念のためメイドたちを連れて行くのよ。タイガ殿が一緒に来てくれるとしても、その他に護衛は必要ですからね」
「はい、それはよく分かってます」
何だかんだでいろいろ狙われた身だもんな。主にトーカさんのせいだけど……まあ、トーカさんは悪いけどタイガさんやサリュウが悪いわけじゃないのでそれはあっちに置いておこう。
で、父さんもしばらく考えた末、頷いてくれた。
「ジゲンも店を出すわけだしな、彼にも警戒を頼んでおこう。……くれぐれも、無茶をするでないぞ?」
「はい。ありがとうございます」
ま、そういうわけで本日この日を迎えたわけだ。もちろんタイガさんは、お誘いの手紙に即日配達サービスでOKの返事を寄越してきたわけなんだけど。
メイドさんたちは少し離れて、女の子グループって感じで俺たちについてきているらしい。振り返ってもあんまり気にならないから、うまいこと距離を見てくれてるんだろうなあ。
周囲キョロキョロしてると、不意にぐいっとタイガさんの方に引き寄せられた。肩にしっかりと、彼の手が乗っている。
「楽しくてあちこち見てしまうのは分かりますが、離れてしまってはいけませんよ」
「あ、わ、ごめんなさい」
あが、去年のこと思い出した。つい、タイガさんの服にしがみつく。……ええいこのまま行ってやれ、離れるよりはよほどましだ。多分。
「いらっしゃいませー。ベリーのはちみつ飴はいかがですかあ」
去年とは違う声で、はちみつ飴を売ってる屋台まで来た。去年はオリザさんが売りに来たんだよな……あれ、でもベリー? 去年はリンゴみたいなのだったぞ、ってああいろいろ種類があるのか。
「ふむ。2つもらおうかな」
「毎度ありー。2つで180イエノになりまーす」
とか考えてるうちに、タイガさんがさらっとお金払って2本受け取った。器用に片手で持ってるそれを、俺の前に差し出してくる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
素直にお礼を言って受け取った。ベリーっていろいろ種類あるんだけど、目の前の飴に使われてるのはいわゆるイチゴだった。ぱくりとひとくちで食べると、やっぱり甘くて美味しい。
「いかがですか?」
「もぐもぐ……ん、美味しいです」
あ、やべ、顔が崩れる。じゃなくて、ついほにゃんと笑ってしまう。いやだって、美味いものは美味いんだもんよ。しょうがないだろ、これは。
俺を見て納得したのかどうなのか、タイガさんもひとくちでぱくりと行った。イチゴだから、この方が食べやすいんだよねえ。一瞬目を見張って、それからもごもごとイチゴを噛み砕くタイガさんの顔がちょっとおかしくて、俺は笑った。
しばらく歩くと、見覚えのあるお守り屋さんの前に出てきた。おお、さすがに女の子多いな。
賑やかな人混みに、タイガさんちょっとびっくりしたみたいで少し引いてる。まあ、分かるけど。
「……女性が多いですね」
「幸せのお守り屋さんなんです。効果があるってことで、人気があるみたいです」
「ほう」
とりあえずの説明で、タイガさんは少し首を傾げたものの理解はしてくれたようだ。ちょっと声を潜めて、もう少し詳しく説明する。いやだって、何かあんまり人に聞かれたくないっていうかさ。なあ。
「ここ、ジゲンさんのお店なんですよ。毎年出してるそうです」
「ふむ。それなら確かに、効果のあるお守りでしょうね」
「俺も守られましたから」
「なるほど。それなら、この人気は当然だ」
タイガさん、満面の笑顔。って、俺が守られたから人気が出たのか? それは違うだろ、ジゲンさんのお守りが効果バツグンだからだよ。
しばらく見てると、お客さんが少し途切れた。ので、恐る恐る顔を出してみる。ひげの先にはリボンが結ばれてて、フード付きの星模様のついた服って去年と一緒じゃないのか、ジゲンさん。
「ふぉふぉふぉ。昨年のお守りの効果はいかがでしたかの」
「見ての通り、ばっちりですよ」
まあ、何といっても今俺、幸せだしな。だから、人々が通りすがる中で胸を張ってみた。タイガさんも、ちょっとだけ肩の手に力を入れてくれる。
フードの奥で、ジゲンさんは本当に嬉しそうに目を細めた。この人、ずっと近くで見ててくれてるのになあ。俺、ちっとも恩とか返せてないや。
「あ、今年は2人分いただけますか? せっかくなので、彼にもあげたいんです」
「おお、それは大変よろしいことで。700イエノになりますじゃ」
「はい」
はちみつ飴はおごってもらった形になるので、今度は俺がお金を出す。それと引き換えに受け取ったお守りは、ベリー染めのちょっと薄めのと濃いめのとでまるでペア、になってるものだった。
「どうぞ、お幸せに」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
一応素直に、2人してお礼を言ってその場を離れる。……って、何かお店のお客さん、どんと増えてきた気がするぞ。何でだ。
「そりゃあ、幸せになった実例が登場したんですから。あやかりたいと思う人は多いでしょう」
楽しそうに笑うタイガさんの横顔が、何か眩しく見えた。俺、すっかり女になれてるんだな。
もともと女として生まれてたんだから、考えてみりゃ当然か。
なら、本当に幸せのお守りって、効果あるんだな。うん。




