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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
一:新生活の春

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12.いろいろ、屋敷案内その3

 階段を上がって3階へ向かう。ここは俺にとって未知のゾーンだ。ミノウさんもあまり入ったことはないようで、視線がちらちらとあちこちを巡っている。

 母さんの部屋は、俺の部屋のほぼ真上。とは言え面積はこっちのほうが広い。まあ、当主夫人の私室だもんなあ。広くて当然だよ。


「さあ、どうぞお入りなさいな」

「あ、はい、失礼します……うわ」


 で、招待を受けて入らせてもらった母さんの部屋……失礼だとは思うけど、俺の顔は確実に引きつった。いや、足も一瞬固まったよ。

 一言で言うと、めっちゃ少女趣味。俺の部屋とは比べ物にならないレベルで、レースでお花でひらひらだ。

 いや、白地に可愛い花柄のテーブルクロスとか家具の上に掛けられている純白のレースとかさ、猫足っていうのかぐにゃっと曲がった感じの足のソファ、その上に鎮座してるピンクでフリルなクッションとか。

 壁紙だってファンシーな白花柄だし。てか棚にズラリと並んだ動物のぬいぐるみはコレクションか、コレクションなんだな。

 ちゃんとそれで室内の統一感が出てるのはある意味すごいとおもうよ、うん。

 正直、この好みを俺に押し付けられないでよかったと思う。中身が女でも人によっちゃきついだろうに、俺は中身が男だからなあ。客として招かれるならともかく、生活するのはちょっと無理。


「セイレン様」

「構わないわ、ミノウ。皆に言われるのよねえ、すごい部屋ですねって」


 自分も引きつってるミノウさんにたしなめられた俺の反応に、母さんは頬に手を当てて苦笑した。ああ、こういう反応はしょっちゅうなのか。これ、部屋の主が娘である俺でもびっくりされるだろうけど、何しろ母さんだし。

 まあ、個人の部屋なんだから好き好きでいいと思うけど、なあ。


「見ての通り、私はこういったものが好きなの。でも、セイレンの好みは違うかもしれないと思って、あなたの部屋はシンプルにしてもらったのよ。あれでよかったのよね?」

「すみません、助かりました」


 そこは素直に頭を下げた。母さんは俺が男だったことを知ってるから、そうして本当に良かったんだと胸をなでおろしているようだ。

 うん、ほんと助かった。俺の部屋がいきなりこんなだったら、いろいろあった直後だけに目を回してぶっ倒れてたかもしれないし。

 そんなことを考えてると、「そうだわ」と母さんがぽんと手を叩いた。


「そのうち商人に布や家具の見本を持ってこさせるから、好みのものがあったら言ってちょうだいね」

「え、あ、……はい」


 これだからかねもちは。

 いやいいです、って言おうとしたんだけどさ、何か断ったら後が怖そうだったんで思わず頷いた。いや、今ので十分生活できるしいいんだけどな。


 ともかくソファに腰を落ち着けると、程なくさっき母さんについていたメイドさんがお茶の用意をしてきてくれた。昨日食べたサブレも、ちゃんと乗っている。


「お茶をお持ちしました。お菓子はこちらでよろしいですね」

「ありがとう。ええ、それでいいのよ」


 メイドさんにニコッと笑った後、母さんは俺に向き直った。そういえば、このメイドさんとは俺は初めて会ったんだっけ。


「セイレン、彼女は私についてくれているカヤよ。よろしくしてやってね」

「はい、カヤさんですね。セイレンです、よろしく」

「カヤにございます。セイレンお嬢様、こちらこそよろしくお願いします」


 おじょうさま。


 ……あはは。一瞬めまいがした。

 カヤさんに悪意がないのは分かってるけどさ、さすがに『お嬢様』はちょっとキタかも。

 とはいえ、今後そう呼ばれることも増えてくんだろうなあ。頑張ろうぜ俺。


「どうぞ、セイレンお嬢様。甘いほうがよろしければ、お砂糖もございますので」

「……ありがとうございます」


 うん、頑張れ俺。



 その後は、取り留めもない話になった。クッションがどうとか、動物のぬいぐるみはやっぱり母さんのコレクションだとか。値段は聞かなかったし聞いても多分分からないんだけど、すごく高いんだぜきっと。

 何となく俺も母さんも、俺がこっちに来るまで男だったってことは口にしなかった。あんまり広めるもんでもないだろ、そんな話。

 でも、俺が別の世界にいたって話は一応使用人の皆さんには届いてるらしく、さっきからカヤさんの興味深そうな視線がなんか気になる。どこの世界でもおばちゃんはこんなものか。


「……そうするとセイレン。もちろん、旦那様の部屋にはまだ行ってないわよね」

「あ、はい」


 この場合の旦那様、は当然父さんのことだ。母さんも、人に言う時はそう呼んでるらしい。お互いに呼ぶ時は朝ご飯の時に聞いたけど『あなた』だったっけな。


「そうね。あの人ならもうそろそろ、休憩をとっていると思うわ。行ってご覧なさいな」

「よろしいのですか? 奥様」

「娘が見て困るようなものを、あの人が持っていると思う? カヤ」

「いえ」


 あ、カヤさん即答した。ということは、娘に見られて困るものを持っていない真面目な当主、ってのは共通認識なのか。もしくは母さんとラブラブ。できれば両方だとなんか、嬉しいかな。

 初めて知った両親、だし。


 うん、行ってみる、かな。

 そう思ってミノウさんに目を向けると、彼女はそれを待っていたかのようにすっと立ち上がった。俺のところに来て寄り添うのは、立ち上がる俺に手を貸してくれるため。


「それじゃ、お茶とお菓子ごちそうさまでした。美味しかったです」

「美味しいものをありがとうございました、奥様」

「いいのよ。そうね、サブレは後であなたの部屋に届けさせておくわ。良かったら皆でお食べなさい」

「はい、ありがとうございます」


 あ、また食べられるんだ。アリカさんや、今日はお休みのオリザさんとも一緒に食べたいな。

 ちょっと嬉しくなりながら、俺は、母さんの部屋を後にした。扉の外まで、カヤさんが見送りに出てくれる。


「セイレンお嬢様」

「あ、はい」


 父さんの部屋の方に行こうとして、カヤさんに呼び止められる。振り返った俺の目に入ったのは、ものすごーく冷たい目で俺を見ている彼女だった。

 それでもって、さっき母さんのところにいたのとはまるで違う、つっけんどんな台詞をぶつけてくる。


「奥様はお嬢様を大切に思われておられますが、あくまでもシーヤの跡を継がれるのはサリュウおぼっちゃまでございます。その点、お忘れなきよう」

「……はあ」


 ……いや、えーと。

 何かよく分からんが、俺、カヤさんの気に障ることしたかな。

 それともあれか、時代劇でよくある跡取り騒動みたいなもんか。


「参りましょう、セイレン様」

「あ、うん」


 あからさまにむっとしたのが分かるミノウさんの声に引っ張られるように、俺は歩き出す。それから、カヤさんに答えるだけは答えた。


「分かってますよ」


 いや、昨日いきなり領主の娘だって言われていきなり跡取りひゃっほーい、とか考えつくか。そんなもん考えたこともなかったぜ。

 ……めんどくさいことにならなきゃいいけどな。俺はともかく、サリュウがかわいそうじゃねえか。



 父さんのエリアは、実は3階の半分以上を占めているらしい。2階で言うと儀式の間から客間、サリュウの部屋に至るまでそのほとんどが父さんが使うエリアとのこと。さすが当主、めちゃくちゃ広い。

 で、サリュウの部屋の真上が私室なんだけどそこには余程じゃないと入れない、ということで、儀式の間辺りから客間の上に広がってる方の部屋なら見せてもらえるんじゃないか、とは話は聞いたことあるというミノウさん談。何でも仕事に使ってる部屋らしい。めちゃくちゃ広いけど、資料とかたくさんあるのかな。


「おや、セイレン。上がって来てたのか」

「父さん」

「あ、旦那様」


 儀式の間の上が、休憩室兼控えの間になってる。そこでのんびりと白湯を飲んでいた父さんが、開いてた扉の隙間から覗いてた俺に気づいて声をかけてくれた。ミノウさん、父さんがそこにいたのに気づかなかったらしくてびっくりしてるよ。ちょっとかわいい反応だ。


「すみません。俺が屋敷の中見たいって案内してもらってたんです。母さんのお部屋で先ほどお茶をいただいたんですが、父さんの部屋にも行ってみなさいと言われました」


 この状況の発端は俺のわがままなので、素直に説明する。さすがに入れてください、ってのはどうかなあと思ったんだけど、その言葉は父さんの方から口にしてくれた。俺の気持ち、分かってくれたのかな。


「そうか。……裏のプライベートエリアまでは入れてやれんが、入ってみるか?」

「いいんですか?」

「なあに。娘に見られて困るようなものは、わしは持っとらんよ」


 母さんと同じことを、当然のように口にする。

 そうしてにっこり笑ってくれた父さんの顔に、何故か院長先生の笑顔がダブって見えた。



 そうして招き入れられた父さんの部屋は、今までとは打って変わって超ビジネス風、だった。いや何か言い方おかしいかな。

 ま、要は家の中というよりは会社で社長や重役が使っているような、シンプルで重厚な感じの部屋だってこと。多分領主としての仕事を、父さんはここでこなしてるんだと思う。奥にプライベートな部屋があって、それで使ってる面積が広いわけだ。納得した。

 にしても、さすがビジネスエリア。渋くてかっこいいな。

 濃い色の木の柱。壁はそれより少し薄いけれど、綺麗な木目が出ている。じゅうたんも俺の部屋とかで使われてるような植物とかの模様じゃなくて、ブラウンとクリームの市松。

 シャンデリアじゃなくて、壁にランプがくっついてるような照明。窓は大きくて、でも薄いカーテンで外の光を和らげてる。夜は多分その上に広がるんだろう、じゅうたんとよく似た色味と模様の厚手のカーテンが端でまとめられていた。

 家具はもう、全部がダークブラウンのどシンプルなやつ。でもやっぱり、ホームセンターじゃなくて専門の家具屋さんで売ってるようなどっしりした奴ばかり。もしかしたらこの家の家具で一番高価なのは、この部屋のものなんじゃないだろうか。

 その中でも俺の目を引いたのが、壁1つを占領している本棚だった。ガラスの戸の中に、しっかりと製本された本がこれでもかと言わんばかりにみっちりと並んでいる。下の方には四つ切画用紙ぐらいの大きさの本も、数は少ないけど並んでる。あれは地図とかかな。


「うわ、本いっぱいありますね」

「詩や文学といったものを多少は嗜んでおかんとな、会話が進まんこともあるのだよ」


 溜息をついた父さんの顔は、何となく面白くなさそうだ。余り趣味じゃない本を読まされてるって感じだな。

 よその領主様とかとのお付き合い関係か……あれだ、野球の話とか酒飲めるかとかと同じレベルの話だろ。大変だなあ、ほんとに。

 だけどこれだけの本、集めるのも大変だろうけど保存も大変だろうな。虫干しとかやってるんだろうか。

 そんなこと考えてたら、父さんが俺に「読みたければ持って行ってかまわんぞ」と言ってきた。うわ、俺そんなに本棚ガン見してた?


「サリュウもセイレンくらいに興味を持ってくれればいいのだがな。あの子は座学より、外を走り回るほうが好きらしい」

「あの年頃ならいいんじゃないですかね」


 そう答えた俺に、ミノウさんは不思議そうに首を傾げる。……いつか、俺が男だったってメイドさんたちにちゃんと話したほうがいいかな。今後何かあったら困るし。

 サリュウは男の子で、俺より4つ下の14歳。その年の男の子が家にこもって勉強って、よほど勉強好きでもなきゃ面白くないだろう。いや、俺もちゃんと学校で勉強はしたけどな。


 本棚に並ぶたくさんの本たちに、目を向けてみる。厚い背表紙に書かれた文字は、俺の知らないモノ。

 そうだ、この問題も俺にはあった。素直に言わないとな。


「それに俺、多分これ読めないです」

「読めんのか?」

「俺が知ってる言葉は、18年育ってきた向こうの世界の言葉ですからね。少なくとも、この背表紙の文字は読めないです」


 素直に答える。ただ、学べばすぐ読めるような気はした。

 赤ん坊の俺が着ていた服に書かれていた文字は、本の背表紙の文字と多分同じものだ。その文字で書かれていたセイレンという名前を俺は付けられて、18になるまで育てられた。

 少なくとも、俺のセイレンという名前の表記に関してはこっちと向こうでそう違うものじゃない、らしい。

 それなら俺でも、ちゃんと文字を学べば読める、と思う。言葉自体はなぜか通じてるんだけど、これはもう考えない。会話できなきゃとっても面倒だもんよ。


「そうか……ふむ、それは不便ではないかな」


 俺の言葉を聞いて、父さんは顎に手を当てた。少し考えて、「よし」と大きく頷く。


「それなら、クオンにお前の勉強を見てもらうことにしよう。どうせだ、作法も彼女から学びなさい」

「クオン?」

「サリュウにつけている家庭教師だよ。カサイ・クオンという」

「ああ、家庭教師の先生ですか。ミノウさんに聞きました」

「知っておるなら話は早い」


 俺が家庭教師のことを知ってると聞いて、父さんは安心したように笑う。いや、話ちょろっと聞いただけだぞ。

 それにそもそも、その先生はサリュウに勉強を教えるために来てもらってる人だろうが。俺にまで時間取らせてどうするんだよ。


「でも、サリュウも勉強しなくちゃだめでしょう。跡取りなんですし」

「クオンは一日中うちにいるから、午前と午後で振り分ければ問題ないだろう。サリュウはやんちゃで苦労しておるそうだしな、お前ならその点は大丈夫だろう」


 はっはっは。何か嬉しそうに笑うな、父さん。

 ……こら義理の弟。お前、勉強中に何やった。

 勉強押し付けられてつまらないのは分かるし、じっとしてたくないだろうさ。俺もお前の年齢くらいの時はそうだったよ。まあ俺の場合、教えてくれるのが院長先生とかだから力負けしたけどな。


「サリュウのことだが、さっきも言ったように外で走り回るほうが好きな性分だ。だが、姉のお前が学ぶ姿を見れば、サリュウも机に向かうようになるだろうよ。いや、なってほしい」


 理由を話してる父さんの表情を見るに、サリュウはよっぽど勉強嫌いなんだな。剣振ってるほうが楽しいとか、そんなのか。それはそれで、いいと思う。

 でもなあ。知識ってなんだかんだで重要だぞ。この世界でどんなこと学ぶのか知らないけど、ちゃんと学んでおかないと後々苦労するだろうに。


 それに、カヤさんが俺を敵視してるみたいに、逆にサリュウを嫌がってる人だっていないとも限らない。そういうやつを抑えこむためにも、きっと知識は必要だ。

 サリュウに頑張ってもらうためにも、俺自身に知識を貯め込むためにも。


「分かりました。勉強したいです。おねがいします、父さん」

「う、うむ。任せておけ」


 とん、と自分の胸を叩いた父さんの顔は、妙に晴れ晴れとしていた。

 ……娘として、ちょっとは親に甘えたほうがいいんだろうか。院長先生には、あんまり甘えたことないはずだけど。それとも、こっちは自覚してなくても甘えてる、ってことあるのかな。

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