128.ほわほわ、夕食会話
タイガさんが帰った後、お昼からはまた編み物の練習に没頭することにした。胸を張ってタイガさんに使ってもらえるものを作れるようになるためには、練習あるのみだもんな。
あ、お昼御飯はさっぱりしたサンドイッチで、皆で楽しく食べた。俺が要するに庶民育ちだっていうのを料理長さん分かってくれてて、たまにはいいだろうって。自家製ベーコン、めちゃくちゃ美味かった。
でまあ、気がつくともうすぐ晩御飯の時間だった。うわ、本当に時間忘れるんだなあ。
どうやって気がついたか、って言うとまあ、オリザさんに「セイレン様あ、ご飯の時間ですよー!」と思い切り肩を揺すられたから。何度か呼ばれたのにも、俺は気づかなかったらしい。
「セイレン様、何度呼んでも気がつかれないんですものー。また何かあったかと思っちゃいましたあ」
「あああ、ごめんごめんオリザさん。ミノウさんもその、ごめんなさい」
「いえ。熱心なのはよろしいことですが、一応お時間の方も気を使っていただけると。旦那様もお帰りのようですので、準備はお早くしていただかないと」
「はい本当にごめんなさい」
半泣きのオリザさんと仏頂面のミノウさんに、素直に頭を下げた。しかし、マジで熱中しすぎるのはよくないな、これ。何とかして無理やり休憩入れるくらいに頑張らないと。
で、ざっと身体を拭いて食事に向かった。夜はまだもうちょっと冷えるので、足元も暖かいムートンブーツだったりする。これ楽なんだよね、あんまりかかとないし。
「白身魚と海老のグラタンをお持ちしました。こちらはゴドーの牧場より取り寄せた乳とバター、それにチーズを使用しております」
「うわ、美味しそう」
ちょ、またいいものが出てきたなあ。ゴドーさんのチーズってこともあってか、サリュウも喜んでるし。
「いつもそうなんだけど、今日は特にいろいろ食べられて幸せです」
「ありがとうございます、セイレン様。セイレン様のお誕生日をこの腕でお祝いできるのは、今年だけですからな」
料理長さんのその言葉に、俺ははっと気がついた。
そっか、来年は俺、ここじゃなくてシキノのお屋敷で誕生日迎えるんだもんな。去年は帰ってきたばっかでばたばたしてたし。
「そっか。……ごめんなさい、本当にありがとう」
「いえいえ。シキノのお家に嫁がれるまでは、良い料理を味わって頂きますでな」
「はい」
ほんと、そうだ。後、たまには里帰りってしてもいいんだよな? 1人じゃ駄目って言われたら、タイガさんの腕掴んで一緒に帰ってきてやる。タイガさんにとっては弟のサリュウもいるんだから、来ちゃいけないってことはないはずだ。
「ほらセイレン、温かいうちにいただきなさい。わしもグラタンは好物でな」
「あ、そうなんですか? 父さん」
「シチューも好きなのだがな、やはりこの、表面のチーズとパン粉のカリカリした食感がたまらん」
あ、父さん目がきらきらしてる。これはガチだ。多分ベシャメルソース、っていうんだっけこれ、の味がそもそも好きなんだろうな。
あと、パン粉のカリカリは俺も好きだったりして。変なところ、遺伝してるんだなあと思ってたら母さんが、ため息混じりに教えてくれた。
「この人、昔からそうなのよ。結婚してすぐはね、こっそり下から先に食べて表面を後に残したりとか」
「……父さま、外ではやってませんよね?」
「当たり前だ。そんな食べ方、家でしかできるものか」
「胸張って言うことじゃないわよ、モンド」
サリュウが突っ込むわ、母さんは思わず名前で突っ込むわで父さん、領主の威厳はどこへやら。いや、こっちの偉いさんって基本威厳あんまりないよなあ。レオさんを思い出して、俺はそう結論づけた。とりあえず、白身魚は美味しいし海老はぷりぷりしてるんで、満足。
そうして満足しまくった夕食のあと。
部屋に戻ってのんびりしてると、ミノウさんがリラックス効果のあるらしいハーブティを淹れてくれた。せっかくなので、サリュウがくれた砂糖漬けの味見といくか。チェリア、桜にしてみよう。
「……そういえば、もうすぐ春の収穫祭か」
砂糖漬けの入ったお茶を飲みながら、ふと思い出した。
俺の誕生日から10日もせずに、春の宴の週が始まる。その週に行われる収穫祭はたくさんの花で飾られた街中で、出店がいろんなもの売ってて、それで。
「去年は俺のせいでドタバタしちゃったもんなあ。どうしよう」
うがー、思い出した。
院長先生っぽい背中ついつい追いかけて、皆に迷惑掛けちゃったんだよなあ。あれ、今考えるとトーカさんだったのかな。サリュウに会いに来た、って言ってたし。
いやまあ、それはともかくとして。さすがに今年も行きたい、なんて言ったらやっぱり反対されるんだろうなあ。
「春の収穫祭ですか」
「うん。ほら、去年ああだったからさ。多分、行けないよなあ」
「昨年のあれは、セイレン様をお1人にしてしまった我々のミスです。セイレン様が悪いのではありませんから」
ミノウさんはそう言ってくれるんだけど、でもなあ。やっぱあれ、俺のせいだし。
なんてへこんでたら、オリザさんが口を挟んできた。
「タイガ様に、行ってみたいんですけどーってお願いしてみたらいかがですか?」
「はへ?」
「そうですね。タイガ様のことですから、大喜びでゲンジロウを飛ばして来られる気がしますが」
「……」
うん、まあ確かにそれはそう思う。ゲンジロウの苦労する顔が目に浮かぶよ、いやあいつカラス顔だけど。
ってか、タイガさんにわざわざこっちの収穫祭に来てもらうなんて、やっていいんだろうか。シキノの領地でも、収穫祭はやるんだし。
「秋の収穫祭では、セイレン様がタイガ様のご婚約者としてあちらの領民に紹介されたんです。ですからお返しに、春はこちらの領民にタイガ様をご紹介なさってもよろしいのではないでしょうか」
「そ、それもありなのかな?」
あ。そうだ、秋は俺、タイガさんちのお屋敷にお世話になったんだった。それで、フブキさんにお世話になって。
…………ああいかん、また違う方向にへこんでしまうところだった。どうも俺、妙なところで引きずるなあ。
そんな俺をじっと見ていたらしいミノウさんは、こほんと1つ咳払いをするとにーんまりと笑みを浮かべた。う、何だその楽しそうな表情。
「……という理由付けをして、おおっぴらにデートなさいませ。せっかくなんですから」
「あ?」
そっちかよ!
てか、デートって。いや確かに、屋敷の敷地内2人で歩くくらいしかしてないけど!
それに、2人きりってわけにもいかないだろ。さすがに去年みたいなことはないと思うけど、警護はつくんだよな。俺はともかく、タイガさんには。
「春は少なくとも、ジゲン先生がお守りのお店を出しておられますし。昨年のように使用人たちを紛れ込ませる、という手も使えます。ご心配なさらなくても、大丈夫ですよ」
「というかー、タイガ様にくっついてればばっちりだと思うんですけど!」
「私もそう思うのですが、念のために」
「……念のため、って」
「セイレン様をお守りするために、うっかりタイガ様が大暴れして刃傷沙汰にならないように、です」
オリザさんとミノウさんの台詞に反論する言葉を持たなくて、俺は口を閉ざすしかなかった。
ってか、収穫祭でデートってのもいいかな、と思い込み始めたのは秘密、な。




