127.ぼけぼけ、恋人会話
朝食の後、俺の部屋でタイガさんとちょっとだけ話をすることにした。あんまり、ゆっくり会話する機会ってないんだよなあ。相手が領主だから、しょうがないっちゃしょうがないんだけどさ。
「済みません。昼前にはこちらを発たないといけないんですよ、仕事が詰まっておりまして」
「うわ、そうなんですか」
部屋でお茶を一口飲んだ後、タイガさんはいきなりそう言ってきた。俺の答えは、勝手に口から出たもの。
いやだって、色気もへったくれもないだろ。ま、タイガさんだからなあ。
「って、無理やりこっちに来たんですか? ごめんなさい、俺のせいで」
「いえ。セイレンのお顔が見られただけで、私にとっては良い時間になりました」
にこにこ笑いながらのその台詞に、例によって顔が熱くなる。この人、多分無意識にこういう台詞吐いてるんだもんなあ。俺以外にそんなコトして誤解されたらどーすんだ、ちくしょう。
「……あんまりゲンジロウに無理させちゃだめですよ? って、前にも言ったような気が」
「ええ、言われた気がします。気をつけてはいるのですがねえ」
ホントかよ。頬ポリポリ掻いても、俺はごまかされないからな? ゲンジロウなら無理言っても聞いてくれるとか、きっと思ってるんだぜ。せめてもう1頭か2頭飼ってローテーションしてやれよな。
まったくもう、と軽く頬膨らませつつ、お茶を飲む。今日はオリザさんが淹れてくれた、さっぱりしたお茶。デザートがチーズケーキだったので、あんまり濃い味の持ってこられると胃がもたれるし、助かる。
ふうと一息ついたところで、タイガさんの視線が向いてる方向に気がついた。うーわ、編み物籠見られてるよー。やべえやべえ、シキノに行くまで見せないつもりだったんだけど。
「編み物をされてるんですか」
「はい。シキノの領地って、羊毛作ってるでしょう。いい毛糸が手に入るから、母が覚えておきなさいって」
「ああ、確かに」
俺のど下手な練習中のマフラーもどきを手に取って、タイガさんは動物か何かなでるように丁寧に撫でている。いやそれ古い毛糸使ったやつだから、なでてもいまいちだぞ。なんて、口に出しては言わないけどな。
その代わり、聞いてみることにした。
「俺、まだ下手くそですけど。なんか編んだら、使ってくれますか」
「もちろん」
即答された。これは俺、編み物の練習もっと頑張らないといけないな。
母さんのくれたひざ掛けと同じくらい、綺麗に使えるものを編めるように。
胸張ってタイガさんに、使ってくださいって贈れるように。
「全く、朝も早くから仲のよろしいことで」
意識を現実に引き戻してくれたのは、ミノウさんのため息混じりの一言だった。あーうん、こういう生活続けてるとさ、メイドさんたちがそばにいるのって当たり前になっちゃって。すっかり認識外れてた、ごめん。
「え、いいじゃないか」
「いいんですけどね。ご結婚前からこうだと、同じお屋敷で生活することになられたらもう、目も当てられない状況になるのではないかと戦々恐々しております」
タイガさんの不思議そうな言葉に、しれっとした表情でのたまうミノウさん。いやまあ、確かにミノウさんの立場に立ってみればアレ、なんだろうけどなあ。はは、ごめん。
で、ミノウさんの横には当然というか、お茶淹れてくれた当人であるオリザさんがいる。もちろん、彼女が口挟んでこない訳がないもんで。
「でもでもー。タイガ様とセイレン様が一緒にいて仲良しじゃないのって、何かおかしい気がしますー」
「それは否定しませんが」
「しないのかよ」
「そういう風景が想像できませんので」
「……私も、セイレンと喧嘩はしたくありませんからね」
「ですよねー」
何、俺たち集団でコントやってるんだろうな。でも確かに俺も、タイガさんと自分が喧嘩してる図なんて想像できないや。……いつか、するのかな。
領主って、やっぱり忙しいんだよな。父さんも母さんも、俺たちには全く見せないけどさ。
そんなわけで、タイガさんはすぐシキノの屋敷に帰るために玄関まで出てきた。玄関先にはゲンジロウが待っていて、俺の顔を見ると楽しそうにぱたんと翼を軽く羽ばたかせてくれる。
見送りに来た俺たち家族に向き直ってタイガさんは、ちょっと済まなそうに首を傾げた。あ、父さんは朝食後すぐに仕事で家を出てるので、母さんと俺とサリュウなんだけど。
「すみません。仕事もあるのですが、それ以上に私もセイレンを迎えるために、色々準備がありますので」
「そっか……ちょっと残念ですけど、そのうちずっと一緒になりますもんね」
「ええ、そうですね」
「あらあら、ほんとうにあなたたちは仲良しね」
「父さまと母さまも、ですよ」
……いやごめん、うっかり周囲が見えなくなるのは俺の悪い癖、なんだろうなあ。
母さんとサリュウがにやにや笑っている前で何か照れくさいけど、でも俺はタイガさんに、ちょっとだけの別れを告げた。
「それじゃ、また」
「では、失礼いたします」
「はい」
いやだって、すぐに会えるんだもんさ。もうちょっとしたら結婚式なんだから、その打ち合わせとかいろいろあるんだからな。
ああ、でもゲンジロウが飛んでく姿見送るのは、いつもだけどちょっとさびしいなあ。俺はずーっと、その跡を見ていた、らしい。
「姉さま……」
「え、何?」
サリュウに呼ばれて、慌てて振り返った。うわ、母さんいつの間にかいなくなってるし。
というか、俺どんくらいボケてたんだろうなあ。サリュウ、呆れ顔してるもん。
「いつまで見送ってても、兄さまが戻ってこられるわけではありませんよ。お部屋に戻られたほうが」
「え、あ、うん、そだね」
ははは、弟にまで突っ込まれてるよ。全くしょうがないなあ、俺。
そんな俺を見てたせいか、サリュウは急に拳を握って俺に向き直った。おい、何だ何だ。
「よし、次の目標決めました」
「目標? シーヤの跡取り、とかじゃなくて?」
「それはもう決まってますから。次の目標は、兄さまにも姉さまにも、もちろん父さまや母さまにも褒めてもらえるような、素敵な女性を妻にします!」
……うん、それがいいと思う。がんばれよ、サリュウ。
で、何でそれが目標になるんだろうな。それも、俺に向かって宣言とかさ。




