126.おいわい、誕生朝食
祝いの朝食をというだけあって、メニューは朝からちょっぴり豪華だった。いや、朝だからシンプルといえばシンプルなんだけどな。
コンソメスープの後さっぱりしたチキンソテーとサラダ、ついてきたパンはいつものよりも白くてふかふかしてる。小麦、いいの使ったな。ちょっとした付け合わせの野菜はあ、これグラッセになってる。
オムレツはふわふわしてるし、いやもう俺幸せー。だってこれ、俺の誕生日をお祝いってことで作ってくれたんだぜ? いつもよりちょっとだけ種類も多くて、うん。
「ふふ。せっかくだから、ちょっと奮発してもらったのよ」
「身内だけのお祝いだけど、セイレンはこの方が好きだと思ってね」
「あ、はい。誕生日って、やっぱり一緒に暮らしてる家族や友人に祝ってもらうのが一番かなって」
向こうの世界にいた頃は、俺の本当の誕生日なんて分からなかったから4月1日に、院長先生が小さなケーキを買ってきてくれたんだよな。ろうそく吹き消したあと皆で分けるんだけど、俺に一番大きく切ったのをくれてさ。
そういえばケーキ、と思ってたら、食後のスイーツとしてお茶とともに登場した。どシンプルなチーズケーキだけど、……あれ? 何かこの匂い、知ってるぞ。
そう思ってたらわざわざケーキを持ってきてくれた料理長さんが、種明かしをしてくれた。
「ガドー工房のチーズを使いました、チーズケーキでございます」
「え、ガドーさんの?」
去年の夏にお世話になった、ゴドーさんとガドーさん。2人ともチーズを作ってて、俺はどちらかと言うとガドーさんの作るあっさりめのチーズが好きだったんだよな。いや、ゴドーさんのこってりめなチーズも美味しいんだけど。
で、時々食事にどちらかのチーズが使われてることがあってさ。秋の終わりにサリュウが誕生日を迎えた時は料理長さん、ゴドーさんのチーズでケーキを作ってくれたんだ。サリュウはゴドーさんのチーズが好きだから。
「セイレン様がお気に入りだと伺っておりましたので、取り寄せました。どうぞ、お召し上がりください」
「うわあ、ありがとう」
うわ、マジ俺のためにか。やった、嬉しいなと思ってフォーク握って気がついたら、家族とタイガさんの視線ががっつり俺に集中していた。え、俺何かした?
「セイレン、そんなに好きだったのか」
「まあまあ、分かりやすくて助かるわ」
「姉さま、目がキラキラしてらっしゃいますねえ」
「女性は甘いモノがお好きだとはよく聞く話ですが、本当なんですね」
皆してなんだよう。美味しそうだからいいじゃないか、それに俺甘いの好きだし。
「いいじゃないですかあ。俺、向こうでも割と甘党だったんですから」
「あらあら。好みって、案外変わらないのね」
「そうみたいです。……食べていいですよね?」
フォーク握りしめたまま尋ねたら、全員慌てて頷いてくれた。ちくしょう、さすがにお預けはないだろうお預けは、なんて思いつつ一口ぱくり。
「……んー、おいしいです」
「ありがとうございます。セイレン様のお口に合いましたようで」
はっ、そういえば料理長さんいたんだった。ごめん、ケーキにしか意識行かなくて。というか、ほんと俺好みに作ってくれてありがとう。
そのままぱくぱくと、あっという間に平らげてしまった。いやだって、美味しかったんだからしょうがないじゃないか。それは俺だけじゃなくて両親もサリュウも、タイガさんだってあっさり完食したってことが証拠だろ。
「さて。セイレンに、お誕生日プレゼントよ」
お茶飲んでふう、と一息ついたところで、母さんがぱんと手を叩いた。え、それもすでに準備済みだったり……するのか。するんだな。いや、サリュウ以外にも父さんや母さんの誕生日にもちゃんと前もって話来てたしな。
ちなみに、父さんと母さんは誕生日が近いので2人分まとめてやるのが恒例だそうだ。春のドタバタが終わってしばらくした頃、実は……って話聞かされてびっくりした。うん。
ま、その話はともかくとして。母さんの合図と共に、タカエさんがちょい大きめの袋を持ってきた。上を折ってあって、その隅っこにちょこんと可愛らしいレースリボンの花がついてる。
「私からはこれ、ひざ掛けよ」
「あ、ありがとうございます。見てもいいですか?」
「どうぞ。冬になったら必要でしょ? かなり先だけど、使ってね」
袋の中から出てきたのは、母さんの手編みのひざ掛けだった。色味はやっぱり母さんなので、薄いピンクがメイン。割と大判で、寒い時は肩掛けにも使えそうだなあ。端っこにフリンジ付けてあるけど、これいつから作ってたんだよ。俺が編み物教わってた時に母さんが編んでたの、これじゃなかったぞ。
ひざ掛けをたたみ直して袋にしまうと、続いて父さんがユズルハさんに合図を送った。
「わしからは、これだ」
「あ」
ユズルハさんが「どうぞ」と手渡してくれたのは、厚手の本だった。直接リボンが十字に巻いてあって、あんまり飾り気ないのは父さんらしいというか。
だから直接タイトルが見えるんだけど、これ確か割と最近に出た冒険小説だ。クオン先生が面白いらしいと話してくれたことがあって、機会があったら読みたいなとは思っていたんだけど。
このへんだとあんまり本とか売ってないから、手に入れるの大変だったんじゃないかなあ。
「お前が字を覚えたいと言った時から本を贈りたい、と色々考えていたのだが、遅くなって済まなかったな。内容はクオンに相談して決めた」
「い、いえ。ありがとうございます」
って、クオン先生の陰謀かい。いや、でもほんと面白そうだしなあ。しっかり読ませてもらおう。
そして、サリュウが「トキノー、持ってきて」と食堂の外に呼びかけた。
「ぼ、僕からはこれですっ」
トキノさんが持ってきてくれたのは、小さめの……大学ノートくらいかな、厚みは5センチ位はある木箱だった。表面に焼き印が押してあって、花の砂糖漬けのセットって書いてある。あと、お茶にどうぞって。
「えっと、その……前に姉さまにおみやげをお渡しした時に、とても喜んでくださったので」
「覚えててくれたんだ。あのビオラの砂糖漬け、ほんとお茶に合って美味しかったんだよ。ありがとう」
「いえ! こ、今回はビオラだけじゃなくて、チェリアや他の花もセットになってますから!」
顔真っ赤にして、一所懸命アピールしてくれるサリュウ。ほんと、俺があの砂糖漬け気に入ったこと覚えててくれたんだな。嬉しいな。結婚式の前に、また一緒にお茶飲もう。可愛い弟、だし。
で、最後はタイガさんが懐から小箱を取り出した。
「私からは、こちらをお持ちしました。どうぞ、受け取ってください」
「あ、はい。……何だろう?」
サイズ的に指輪じゃないんだよな。もうちょっと細長いというか、でもネックレスとかでもねえし。
恐る恐る開けてみた箱の中身は……うわ、綺麗な木の櫛。向こうで言うところのツゲとか、そういう感じのどシンプルで色も塗られてない、でもつやつやに仕上げられている櫛だ。
「これで、是非髪を整えてください。……その、実は同じものをご両親と、それからサリュウにも贈っております」
「え、そうなんだ?」
「ええ。セイレンは私の妻となりますが、それでもシーヤのご家族であることに変わりはありませんから」
手に取った櫛はほんと手に吸い付くみたいで、そりゃこれ色塗らなくても十分だと思える逸品だった。多分、毎日丁寧に使ったらいい色になるんだろうな。
「父さん、母さん、サリュウ、タイガさん。皆、本当にありがとうございます。今日頂いたもの、絶対大事にしますから!」
そんな感じで、これが俺の心からの本音だった。っていうかさ、朝からこんなに嬉しい誕生日なんて初めてだったから。




