125.おやおや、不審義弟
春の足音がちょっとずつ聞こえてくるようになった、ある日。
ここ数日、サリュウの様子がおかしくなった。いや、毎朝俺の部屋の下で訓練してるのは変わらないんだけどさ、何ていうかなあ。
「おはよう、サリュウ。今日の調子はどうだ?」
「あ、おはようございます姉さま。そ、それじゃ後でー」
「おう」
会話が少ないんだよな。朝のやりとり、前はもうちょっと長かったぞ。
それに、食事の後とかもすぐに部屋に帰っちゃってさ。姉ちゃん、弟と仲悪いわけじゃないんだけどなあ。
「サリュウもそろそろ、恋や結婚を意識する年齢です。だから、あまりお気になさらないほうがいいのではないでしょうか……か」
つい手紙で相談してみたタイガさんからの返信を読んで、俺はそんなもんかねえと考え込んだ。
俺があのくらいの時はどうだったっけ……と思い出してみて、あんまり参考にはならないことに気がつく。俺、男としてはそっちの感情かなり薄かったみたいだし。
「いかがなさいました? セイレン様」
「あー、先生」
相変わらずクオン先生には、勉強を見てもらってる。読み書きはだいぶ行けるようになってるから、シキノ領の基本的なこと教えてもらったりとか領主夫人としてのマナー……ま、要するにいかにハッタリを効かせるか、なんてのを教えてもらったり。結論としては、女は度胸ってことに落ち着くんだけど。
「いや、最近あんまりサリュウと話してないなーって思って。クオン先生とはどうなんですか?」
「あら。サリュウ様、ずっと勉強熱心でいらっしゃいますよ。シーヤの未来を背負って立つのは僕だから、って」
「おお、案外頼りになりそうですね」
何だ、クオン先生とは普通に話してるのか。ま、そりゃそうだよなあ。何だかんだ言っても家庭教師だし。
とはいえ、俺とあんまり話してくれなくなったのはちょっと寂しいなあ。もうすぐ嫁に行って、俺あんまりお前と会えなくなるんだぞ。せっかくできた弟なのに……いや、ブラコンじゃないからな。多分。
「まあ、シーヤのお姉さんがシキノのお兄さんと結婚して名実ともにお姉さんになってしまうんですから、こういろいろと複雑なんじゃないですか?」
「そう……なんですかねえ」
「本当のところは、サリュウ様でないと分かりませんけれどね」
ニコニコ笑ってそんなことを言うクオン先生、実際のところサリュウから相談受けてたりしないかなあ。いや、してたとしても先生が俺にバラすわけないんだけどさ。
で、そんなこんなで数日後。
「おはよう、サリュウ」
「お、おはようございます、姉さま。で、では後でっ」
「おう、あとでなー」
これはこれで、習慣になってしまった。いや、サリュウ自身に聞いてみてもいいんだけど、何かこじらせそうでなあ。……俺に振られたのが原因、ってわけじゃないんだよな。冬の間は結構普通に話してたし。
そんなことを考えたりしつつ、オリザさんに手伝ってもらって着替えたんだけど。
「あれ?」
「いかがなさいました? セイレン様あ」
「今日の服、ちょっと豪華?」
「はいー。今日はちょっとよいものを選んでみましたー」
ほにゃー、と笑って答えるオリザさんに何でだ、と首を傾げる。いや、さすがに御披露目の時とかに着るようなもんじゃないけどさ。ちょっとしたお出かけなんかの時に着るような長めの、桜色のドレスなんだよね。その上に白いボレロまでついてる。
「今日、何か予定あったっけ?」
「ありますですよー。ミノウ、髪の毛お願いねー」
「承知。セイレン様、失礼いたします」
「あ、はい」
え、何だ、ミノウさんめっちゃ迫力あるというか何かやる気増し増しというか。俺、何も言えずにストンと鏡の前に座っちゃったよ。
その超やる気なミノウさんの手で、俺の髪はやっぱりお出かけの時みたいに綺麗に結い上げられた。うん、ドレスのベール付けるときに中途半端な長さだとまとめにくいとか言われてさ、もともと横着して伸ばしてたのをそのまま伸ばしてるんだ。ただし、手入れはきっちりしてもらうようになったけど。金持ちの他力本願て、なあ。
まとめられた髪を、タイガさんからプレゼントされた髪留めできちんと止める。それ以外に付けられたアクセサリーは、お守りペンダントくらいだった。
「出来上がりました。さあ、朝食のお時間です」
「は、は、はい」
何この背景にゴゴゴゴゴとかいう書き文字出てきそうな迫力のミノウさん。後ろでにまーっと笑ってるオリザさんが平気な顔してるのが、すっごい違和感。
で、そのまま俺は食堂に向かったというかある意味連行された。なんでやねん、と思いながら階段を降りて食堂の前まで来て。
「おはようございます、セイレン」
「タイガさん?」
はれ?
えーと。朝も早くから何でこの人がこんなところにいるんだ。夜明け前からゲンジロウすっ飛ばしてきたか、という割には服装整ってるしなあ。
「お、おはようございます、タイガさん」
ともかく挨拶が先だ、とばかりにまず頭を下げる。姿勢を戻してから、思わず視線を右左に振ってみた。あ、ミノウさんもオリザさんもにっこり笑顔。お前ら、この服装はそれでか。
「……で、どうしてタイガさんがこんな時間からここにいるんですか」
「厳密に言えば、昨夜遅くに到着しております」
やっぱりか。だから服整ってるわけだな、って何やってんだ領主。
「セイレン。お誕生日、おめでとうございます。19歳に、なられたんですよね」
「え」
……あれ。
きょ、今日だっけ? 俺の誕生日。こっち来てから分かった、本当の誕生日。
「はい。今日は3月19日、セイレン様19歳のお誕生日でございますよ」
「姉さま、お誕生日おめでとうございます」
にこにこしながら答えてくれたのはマキさん。つまり、その隣にはサリュウがいて、まあタイガさんとそっくりな朗らかな笑顔でお祝いの言葉を、くれた。
……もしかしてここしばらくの怪しい言動、これ隠してたからか。
「セイレンから相談の手紙をもらう前に、実はサリュウから手紙をもらっておりまして。当主ご夫妻にも、今回の来訪の許可は得ております」
「姉さまがシーヤ家の娘として誕生日を祝えるのは、これが最初で最後なんですから。それで兄さまにも、ご協力を願ったんです」
「あ、はは、そういえばそっか」
俺は、たまたま自分の誕生日当日にこっちの世界に帰ってきた。もちろんそれは父さんも母さんも知ってたはずだけど、何しろ向こうの世界じゃ男として育ってたとかまあいろいろごたごたがあって、結局誕生日のお祝いってやらずじまいだったんだよな。すぐに春の収穫祭が始まる時期だから、そっちに気を取られてたってのもあるんだろうけどさ。
でも、1年経ったこの日は俺もだいぶ落ち着いて、だから準備をこっそりやっててくれたらしい。こっそりってどうだろうと思ったんだけど、もしかして俺が結婚準備とか大変だからってことかな。
「さあセイレン、一緒に祝いの朝食を。中でご両親もお待ちですよ」
「姉さま。最初で最後なんで、僕も一緒に入りたいです」
「は、はい。サリュウもいいよ」
差し出された兄弟たちの腕を、俺は素直に取った。いやだって、要するにこの2人は俺の誕生日を祝うためにここにいるんだもんな。いいだろ、うん。