123.おろおろ、婚姻知識
一晩考えても、そういう方向に関する考えは埒が明かなかった。いや、そんなもん考えるなって言われそうだけどさ。よく考えなくても結構重要案件だよな、これ。特に跡継ぎ重要、な領主の家だとさ。
そんなわけで、再び母さんに相談に乗ってもらうことにする。他に聞いてもらう人、いないもんなー。
「あらあら。経験、なかったの?」
俺の話を聞いて開口一番、母さんはそうぶちかましてくださった。いやいや待て待てシーヤ・メイア、あんた領主夫人だろうが。そうあけっぴろげにぶっちゃけていいのかよ。
「女になってからそんなことなかったのは、母さんもよく知ってるでしょうが。それに、男の時にも経験はありませんよっ」
「まあ、ごめんなさい。そういえばキスもまだだったものね、セイレンは」
「……」
フリル大量の少女趣味クッションに顔突っ込んだ俺を、誰も責めたりしないよな? ちょっと化粧とれたかもしれないけどさ、母さんのせいだからな。
いや、ほんとに勘弁してくれよー。一応それなりに知識はある、あるけど実践なんざやったことないってば。まったく。
……実践?
「……あーとそのー、まさか夜の勉強やりなさいとか言いません、よね?」
「そんなもの、殿方が頑張れば良いことです。女は子を腹で育てて産み落とすという大変な仕事があるんですから、その前段階ぐらい男に頑張っていただかないと」
「わーお」
戦々恐々と聞いたところ、母さんは大変男前な答えを返してくれた。ってか、それでいいのかこっちの世界。
何気に産んだ後育てる、って言わないところが金持ちの金持ちたる所以だろうな。乳母雇って育ててもらうことになるんだろうし。
「ええと……母さんもそのノリで、えと、俺を」
「ええ、時間は掛かりましたけどね。ですからあなたも、そんなに焦ることはないんですよ」
「は、はあ……」
ほほほ、と笑ってのける母さんを見る俺の目、多分とんでもないもの発見したーって感じだろうと思う。
なんというかこう、母さん度胸据わり過ぎじゃないかな。それとも、このくらいどっしり構えてないと領主夫人ってのはやれないんだろうか。
……度胸が必要なのは、何となく分かる。領主に何かあった時に決断するのは夫人の役目だろうし、そうでなくても家の中のことはしっかり見てないと駄目だろうし。
でもなあ、この言動についてはその、何というか方向性が違うんじゃね?
「使うところさえ分かっているのなら、後はどうとでもなります。格好つけたところで、しょせんは人間も動物なのですから」
「ひ、否定はしませんけど。偉い言い方しますね、母さん」
「でも、事実でしょう?」
まあ、楽しそうに笑うこと。俺、ほんとにこの母親の娘なんだろうかと今になって疑問に思った。
いやまあ、確かに使うところとどうすればできるか、ってのが分かってりゃ最終的にはどうにかなるんだろうけどさ。でも、それってどうよ。
「ま、問題はタイガ殿がそちらの知識があるかどうか、よね。おそらくは大丈夫だと思うけれど」
「えー」
最後に母さんは、割と大きめの爆弾をどーんと落としてくれた。いやいやいやいや。
部屋に帰ると、今日はアリカさんがお茶を入れてくれた。……あれ、ホットチョコレートだ。
「セイレン様、ちょっとお疲れのご様子でしたので、こちらの方がよろしいかと思いまして。お砂糖も多めに入れてあります」
「うん、ありがとう。実は好きなんだ」
はー、助かったと思ってカップを口に運ぶ。あ、ほんとに甘い。いやもう、昨日もそうだったけど今日も疲れたっていうか、いや疲れるようなこと考えちゃったからだけどさ。
で、アリカさんとクッキー持ってきてくれたオリザさんに、母さんとの会話をぶっちゃけてみた。おー、アリカさん耳まで真っ赤。……もしかして、年末のアレ思い出したか? 俺はある意味吹っ切ったけどな。
対照的にオリザさんは、しれっとした顔で尋ねてきた。こっちの方が、耐性はあるらしい。
「でもセイレン様ー。さすがに、夜の知識ございますかーなんてタイガ様にお尋ねするわけにもいかないですよね?」
「そうなんだよねえ。母さんは多分大丈夫、なんて言ってたけど」
うーん、と難しい顔になる。というか、何で母さん大丈夫なんて言ったんだろうか。
「そ、それでしたらおそらく、タイガ様はそういった知識は学んでおられると思います」
その疑問に答えてくれたのは、顔が真っ赤のままのアリカさんだった。そうなんだ、と思いながら、続きの言葉を待ってみる。
「当主の跡取りとしてお生まれになった方ですから、子作りは最重要課題の1つです。ですから、ある程度のお年になればそう言った教育は受けられるはず、です。その、サリュウ様ももうそろそろだと、思われますので」
「そ、そか」
あ、領主の跡継ぎなら近くにサンプルがいた。……とはいえ、弟にそういうこと聞くのも違うし。ってか俺、考えてみりゃ年末に襲われてるしなあ。あれはガワだけサリュウだったから、一応ノーカウントってことにしてるけど。
ともかく、そっか。その手の勉強、してるのか。
「なら安心………………かな?」
「実技やってるかどうかですねー」
アリカさんの言葉聞いてちょっとだけ安心したところで、オリザさんが何かツッコミを入れてきた。
こ、この場合の実技ってつまり………………そういうこと、だよなあ。
さて、タイガさんってどうなんだろう。考えてみても、正直分からん。
「……タイガさんだしなー」
「と言っても、あのお年まで実技やってないってのはさすがにちょっと……」
「だよなあ」
「さ、さすがにそれはないと思いますが……」
とりあえず、いくら何でもやってないこたあねえだろう、というところで俺たち3人の意見は一致した。いやだってタイガさんいい年齢だしさ、俺が初めてなんてことはさすがにないよな。そこまであの人がモテないとは思わない、だって18年男やってきた俺が女に戻った途端に惚れたような男だし、さ。
「……よし、考えるのやめた。多分何とかなる」
ま、結論としてはそういうことになる。うだうだ余計なこと考えてた、俺が馬鹿だった。
母さんの言葉を信じて、と言うか責任転嫁して、その時になれば恐らくどうにかなると思うことにしたわけだ。
「が、頑張ってくださいねえ、セイレン様」
「あ、でも、あまりご無理なさらないでくださいね?」
2人の応援の言葉が、何か引きつったように聞こえたのは気のせいかな。