122.そもそも、婚姻意義
それから数週間。
クオン先生にお願いして、シキノの領地でよく取れる作物とかの勉強を始めた。
羊毛はほんと、特に高価なやつは一大産地って言ってもいいんじゃないかな。酪農も、お肉がメインだけど山羊や牛の乳がたくさん採れて、その加工品もいっぱい作られてて。
以前洪水があったって言ってたけど、それで大きい牧場がダメージ受けたらしい。だいぶ回復したみたいだけど、それでタイガさん、領主になってから忙しかったんだな。
編み物の方は、そこそこ上達した。なんたって、ちまちまと編み続けているマフラーの編み目にちょっとした模様編みを入れられるようになったんだからな。プレーンに編むのは手が覚えてくれたので、変化をつけることができるようになったわけ。よし、頑張るぞー。
なんてことをやっているうちに、今日はウェディングドレスの試着というか仮縫いのチェックというか、その日である。リューカさん、お久しぶり。
で、まずはドレスとご対面、となった。まだ飾りとかが全部ついてるわけじゃなくて、特に上半身は割とシンプルにできている。つっても襟ぐり割と広いけど、大丈夫かこれ、俺着て似合うかな。
「本番はこの上に更に布を足させていただきますが、その布を足す位置などの確定もございますので」
「ああ。着てみないとわからないってこと、ありますもんね」
とはいえデザイナーであるリューカさんはすごく自信満々で、だから俺はもう、お任せすることにしている。普段着とかはまあなんとか慣れたけど、これだけ派手な衣装に関するセンスなんて多分、俺にはないから。
着せつけてもらうと、おお意外と楽な感じだ。背中をボタンで、腰のベルトを紐できゅっと締める感じなんだけど、そんなに苦しくはない。こっち来て初めて女の子の服着せてもらった時とは、えらい違いだなあ。俺、良く慣れたもんだと思う。まあ、もうそろそろ1年になるし。
「あ、いい感じですね。動くのにじゃまにならないし、それに軽い」
腕を上げたり下げたり、軽く腰を捻ったりして様子を見てもらう。ちゃんと身体にフィットして動いてくれるけど、ほんと邪魔にはならない。
でさ、ほら、ドレスって特に下半身、布いっぱい重なってるだろ。だけど、そんなに重くないんだよ。さすがにはいてないみたい、なんてところまではいかないけど。
何でだろ、と首を傾げてたら、リューカさんが種明かしをしてくれた。
「どうしても布が多い分重くなるんですが、儀式用のお衣装には特別に軽量化の魔術を掛けていただくんです」
「はあ……なるほど」
うわあ便利だな魔術。その手があったか。
ああ、でも特別だっていうんだからこう、いろいろあるんだろうな。何かジゲンさんならほいっと、って感じでかけちゃいそうだけどさ。
で、ウェディングドレスについてはちょっとおもしろい習慣があった。こっちでも使う色は白がメインなんだけど、その中に1ヶ所だけどう見ても獣の毛じゃん、っていう飾りがあった。ベルトの一部に、割とくっきりくっついている。これ何ですかって尋ねてみたら、「狼の毛ですよ」って答えが返ってきた。
「狼、ですか?」
「はい」
何でだ。
不思議そうにしてる俺に、リューカさんは少し考えてからその理由を教えてくれる。それはいわゆるジンクス、みたいなやつで。
「狼は家畜に危害を加えることもある獣ですが、同時に我が子を産み育てるために戦う頼もしい親でもあります。その縁起をかつぐ意味で、ドレスのどこかに狼の毛を使ったアクセサリーをつけるのが習わしなんですよ」
「我が子……ああ、跡継ぎ」
「ええ、是非素晴らしい跡継ぎ様に恵まれますようにと」
「……そっか、そうだよな」
あとつぎ。
その言葉は頭の中から全力で吹き飛んでたけど、そりゃそうだよな。
シーヤの家も、俺がいなくなって跡継ぎが必要だってこともあってサリュウを養子に迎えたんだし。
カヤさんのことも、元はといえばシーヤの跡継ぎ問題からなわけだし。
院長先生とトーカさんが腹違いの兄弟だってのも、跡継ぎをしっかり作るために側室制度とかあるからだし。
つまり、ある意味俺のシキノ家で最大のお仕事って、子作りなわけか。
「……うーむ」
いやまあ確かにそうなんだけど。って、リューカさんにものごっつ不思議そうな目で見られてるよ、何とか言い繕わないと。
「あ、いえ。私、長く家を離れていましたし。それにシーヤの家にはサリュウがいますから、跡継ぎとかってあんまり考えたことなかったんですよ」
「なるほど、それはたしかにそうですね」
ほっ。
どうにか言い抜けられた。
サリュウがいるから考えたことなかった、ってのもある意味事実だしな。
「ですが、旦那様もきっとお子の誕生を望んでおられると思いますよ」
「は、ははは……」
いや、分かるけどさリューカさん。
俺、どんな顔して答えればいいのか、分からなかった。
……タイガさんは、どう思ってるのかなあ。
試着が済んでリューカさんが帰った後、俺はすっかり疲れてソファに懐いていた。
そこへミノウさんが、お茶とチョコケーキを持ってきてくれた。あー、疲れた時って甘いもの欲しくなるんだよなあ。これはありがたい。
「大丈夫ですか? セイレン様」
「だいぶ疲れたけど、何とかな。ありがとう」
お茶に砂糖を多めに入れて、グッと飲む。はー、温かくておいしい。フォークで切って口に運んだチョコケーキも、じんわりとした甘さで俺の疲労をだいぶ減らしてくれる。
……とりあえず落ち着いたところで。
「……あのさ」
「いかがなさいました? セイレン様」
ミノウさんに聞いてもしょうがないんだけど、母さんとかに聞くのもあれだしさ。済まない、少し聞いてくれよ。
「領主の奥さんになるってことは、やっぱり頑張って跡継ぎ産まなきゃいけないんだよな?」
「まあ、基本的にはそれが御役目と言いますか……そうなんですが」
ほら、ミノウさん困ってるじゃないか。彼女としては、そう言うしかないんだろうからさ。
でも、少しだけ考えてからミノウさんは、言葉を続けてくれた。多分、俺を慰めてくれるために。
「もっとも、サリュウ様のように縁戚から養子に来ていただくという方法もございますし、あまり深くお考えにならなくてもよろしいのではありませんか?」
「うん……」
そうかもしれないけど。
でも、多分跡継ぎ生むのって期待されてるんだろうと思う。
そもそもサリュウが養子として来たのは俺がいなくなってたからだし、そういう事情でもなければなあ。この世界ではそれが役目、なのはしょうがない。そういう世界だし。
というか、タイガさんの子供、かあ。……こども、か。
「こんなことを申し上げるのも何なんですが」
ちょっと考え込みかけた俺の思考を遮るように、ミノウさんがおずおずと口を開いた。
「セイレン様は、もしかして跡継ぎなどと言う問題ではなく、タイガ様のお子を産み育てたいのではありませんか?」
「え?」
あ。
そうだ。
シキノの跡継ぎって言うのはつまり、タイガさんの子供なんだよな。跡継ぎとして必要とされてるかどうかじゃなくって、タイガさんと俺の子供なら。
「……ああ、そうかも」
ミノウさんに言われて初めて、そういうことじゃないかと気がついた。そうだそうだ、跡継ぎかどうかなんて二の次だ。外から見たら一緒だけど、でも俺の中では多分、ぜんぜん違うこと。
……ところでさ、俺、今気がついたんだけど。
タイガさんとの間に子供作るってことはつまりー、そのー、……そういうことだよな?
「せ、セイレン様?」
…………ごめんミノウさん、しばらく頭抱えてていいかな。そこら辺本気で頭の中から抜けてたよこんちくしょう。そういうことかー、うわあああ。