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121.おねがい、敷地散歩

 さて。

 俺がタイガさんをわざわざ散歩に誘ったのは、実は理由がある。あんまり人前でやりたくないというか人に見せたくないというか、いやどうせすぐバレるんだけどこっ恥ずかしいというか、そういう理由が。

 人前でやりたくないっつっても、少し離れてオリザさんとアリカさんがついてきてるのは分かってるんだけどさ。でもあの2人は、もうしょうがないっていうか。いるのが当然、な人たちだからな。

 そんなこと考えてたら、タイガさんが俺のことを呼んだ。


「セイレン様」


 そうこれ、これなんだよ。だから俺、タイガさんに改めて向き直った。


「えーと。そういえば、1つ言っておきたいことがあったんです」

「? はい」


 タイガさんは、俺の改まった言い方にちょっとだけ首を傾げて、それでも話を聞いてくれる姿勢になった。これだけはほんと、ありがたいんだけど。


「俺は、あなたの妻になるんです。いつまでも様付けは、寂しいですよ」

「え」


 ぽかんと目を丸くするタイガさんは、あんまり人前では見られないのである意味俺だけの特権、と言えなくもない。ま、それはそれとして。

 タイガさんは、俺のことを初めて会った時から『セイレン様』と呼んでいる。

 メイドさんや使用人さんたちに様付けで呼ばれるのはすっかり慣れちゃったし、そういう世界だからいいんだけど。でもタイガさんはさ、俺の旦那さんになる人だろ。様はないよ、様は。


「寂しい、ですか」

「はい。うちの父は、母のことをメイアと呼びます。普通、そうなんじゃないのかな」


 いやだって、俺そういう呼び方、知らないもの。こっちに帰ってきて初めて、両親ってものに会ったんだから。

 学校行ってる時に授業参観で人の親御さんとか見る機会はあったけどさ、そういう時って大概お母さんだけでたまにお父さん、両方来ることってまずないだろ。だから、その2人がお互いどういう呼び方してるか、なんて聞く機会なかったわけ。

 それで、うちの父さんは母さんのことを名前で、様もさんも付けないで呼ぶ。母さんは旦那様とか呼ぶけどさ、俺はタイガさんのことはタイガさんって呼んでるから多分そのままで。タイガさんが変えてくれっつったら考えるけど。

 あ、こっちに来てから見たサンプルはもう1つあったけど、あれは正直参考にならないからなあ。


「まあ、コヤタさんとミコトさんはあっちに置いときますけど」

「ダーリンとハニー、でしたからねえ」


 タイガさんもその点は同感だったみたいで、苦笑して頷いてくれた。いや、さすがにあそこまではちょっと無理。ご先祖様になってまでああなんだから、仲が良くていいなあとは思うけど、うん。

 お互いにちょっと笑って、その笑いが収まったところで、タイガさんはまじまじと俺を見た。小さく咳払いをする、顔が赤い。俺も多分、真っ赤になってる気がするんだけど、自分で自分の顔は鏡でもないと見られないから分からない。


「あ、え、で、では」

「……」

「せ、せ、……セイレン」

「……は、はいっ」


 おう、お互いに声が詰まった上にひっくり返ったぞ。ダメだこいつら、って自分込みだけどさ。

 それと、親に名前呼ばれるのとは違ってすんごい心臓に来るのな。どきーんとした。子供っぽい感想だけど、ぶっちゃけこれが本音。

 それは、タイガさんも同じだったみたいだ。


「…………何だか、ドキドキしますね」

「自分でリクエストしておいて何ですが、俺もです」


 あはははは、とお互い照れ笑いする。何だろう俺たち、これで夫婦になっても大丈夫なんだろうか。

 何か毎日顔真っ赤にするとか、そういうのはしばらくしたら慣れると思うんだけど。ああいや、今から慣れておけばきっと大丈夫。何がだ。

 しかし、呼び捨てにしてもらうだけでこうだと、お願いしたかったこと全部は無理だ。いやはや、ほんと心臓に悪い。


「ホントは敬語もなしってお願いしようと思ったんですが、呼び捨てでこれじゃあ当分無理ですね」

「ど、努力します」

「お願いします」

「はい。お願いされます」


 ナンノコッチャ、と思ったのは、お互いに頭を下げてしまってからだった。あー、こりゃ当分どころじゃなくダメそうだな。うん。



 その後はもう、ほとんど会話もなくただただほっつき歩いてた。たまにタイガさんが、練習がてら「せ、セイレン」って呼んできて、そのたびに俺が「はい」って返すくらいで。慣れるためなら何度でも呼んでくれよ、俺も慣れるからさ。

 そのまま屋敷まで戻ると、母さんがニヤニヤ楽しそうな顔をして待っていた。……嫁姑戦争は向こうでテレビとかで見た記憶あるけど、婿と姑の戦争ってあるんだろうか。別居、ってことになるからまだましなのかな。


「おかえりなさい。セイレン、タイガ殿。デートは楽しかった?」

「え、ええまあ。楽しかったですよね、……セイレン」

「はい」


 あ、母さんの前でも言ってくれた。タイガさん、めっちゃ頑張ってくれてる。……いや、この年齢で頑張るも何もないんだろうけどさ。


「あら」


 母さんの笑みが、ますます深くなった。いやうん、すぐに気づくだろうとは思ってましたよ。


「タイガ殿、いつからセイレンのことを呼び捨てするようになったの?」

「え、あ……さ、先ほどからです」

「俺がお願いしたんです。妻になるのに、様付けは寂しいって」

「あらあら」


 しかたがないので、全部ぶっちゃけてしまえ。タイガさんは顔真っ赤に戻って、俺も多分首筋くらいまで真っ赤になって、それで視線が変なところをウロウロしてるけど。

 そんな俺たちをまじまじと見比べて、母さんはうんっと大きく頷いた。


「これから何度も何度も言うことになると思うのだけど。タイガ殿、セイレンを幸せにしてあげてね」

「無論です。私はセイレンを幸せにしたいがために、我が妻とするのですから」

「そうよね。期待しているわよ、この子苦労したんだから」

「承知しております」


 あれー、何だろ。

 表面上はにこやかに会話してるんだけど、何かお互いに闘志メラメラっていうか何というか。いや、別に敵対してるわけじゃないし、んーと。

 と言うか、頼むから喧嘩はやめてくれよな。母さんは俺の大事な母さんだし、タイガさんも俺の大事なタイガさんなんだからさ。

 そもそもこの2人、何で急にやる気が出たんだろう。わけわからん。

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