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どうやら俺は育つ世界を間違えたらしい。あと性別も  作者: 山吹弓美
五:そして、旅立ちの春

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119.あちこち、身体計測

 熊肉は、翌日の夕食にシチューのだし及び具材として登場した。早めに料理してもらえたからか、臭みとかはほとんどない。口の中に運んで噛み締めてみると、食べ慣れた牛や山羊なんかの肉よりちょっと固めだ。


「結構噛みごたえありますね、熊って」

「まあ、山の中で暮らしているのだから身体を鍛えているだろうしな」


 もぎもぎと噛み締めた後飲み下して感想を述べると、父さんはそう答えてくれた。あー、食ってるのって筋肉だもんな。鍛えりゃ固くなるか、あの人みたいに。

 って思ったことは、するりと口から出てしまった。


「ああ、タイガさんもそういえば腕とかしっかりしてますよね」

「……姉さま」

「セイレン……」

「え、何? ……あ」


 俺はしばらく、自分がタイガさんの名前を口にしたことに気がつかなかった。サリュウの呆れ顔と、父さんのぽかんとした顔を見比べて、それからやっと気がついたくらいで。

 なお、母さんはほのぼのと俺たちの顔を見渡している。うちで一番度胸あるの、母さんなんだよなあ。


「兄さまの腕がしっかりしてるの、よくご存知ですよね」

「あらあらサリュウ、それは野暮というものよ?」


 眉ひそめてそんなことを言ってくるサリュウに、きゃらきゃらと笑いながら突っ込んでくれるというか便乗して俺のこと茶化してるというか。さすがは母さんだなあ、と思う。

 そして母さんの矛先は、隣で何故かめっきょりヘコんでいる父さんに向かった。


「……こういう時、父親はわびしいのう」

「あなたもしっかりなさいませ。私の両親に同じ思いをさせたのは、あなたなんですからね」

「………………はい」


 父さん、せっかくちゃんと帰ってこれたのにいきなりへこみ倒してるし。

 『獣を責任持って退治した領主』から『娘を嫁に出す父親』にクラスチェンジすると、どこの領主さんもこうなるんだろうか。院長先生とか。

 でもああ、そうか。母さんも、他所の家からシーヤに嫁いできたんだもんなあ。実家じゃあ、こんな会話とまでは行かないけどやっぱりお父さん、俺のお祖父さんに当たる人もへこんでたんだろうか。

 想像しようとして、辞めた。いやだって、俺結局お祖父さんもお祖母さんも会ったことないもんなあ。そのうち、会う機会もあったりするんだろうか。年末のご先祖様来訪の時とか。



 父さんが帰ってきて落ち着いたところで、身体測定の日を迎えた。久しぶりに顔を出してくれたリューカさんは、助手の女の子を連れている。まあ、測る係とメモる係といた方が効率いいし。


「指まで測るんですね」

「ええ。手袋も作らせていただくことになりますので。それと、靴やアクセサリー用の測定も兼ねておりますので」

「ああ、そっか」


 指の太さと長さまで測るリューカさんに尋ねると、彼女はきちんと答えてくれる。手袋って、うっかりするとひじまでぴったりしてるんだろうなあ。いやだって、動いてる時にずり落ちたらちょっと情けないし。

 って、靴もか。


「……靴までオーダーメイドなんですね」

「それは当然ですわ。領主令嬢の結婚衣装ですもの」


 きっぱり。

 うんまあ、領主の娘なら豪華なウェディングドレスで嫁入り、ってのは当然のことなんだろうけど。

 でもリューカさんは、それ以外の理由をこっそり教えてくれた。


「特に領主のご令嬢のために仕立てられる結婚衣装というものは、職人たちの腕の見せどころなんです。何しろ、お式とそれに続くパーティにはあちこちの実力者各位が招かれるわけですから」

「……あ、そういうこと」


 結婚式にかこつけたファッションショー、みたいなもんか。実力者各位ってつまりお金持ちの皆さん、ってことだし。その人たちの前を豪華なドレスやアクセサリー付けた俺が歩いたら、そりゃ宣伝になるわ。なるほど。


「要するに私、見本なんですね。リューカさんやコーダさんや、その他の職人さんたちの腕を見せる」

「……は、はい」

「大丈夫ですよ。見本なら、職人さんたちは存分に腕をふるってくれるんでしょう? きっと両親も、タイガさんも喜んでくれますよ」


 この辺は、開き直ったほうがいいんだよな。俺の場合、大した能力もないしさ。タイガさんが俺のことを好きになってくれて、それで結婚して欲しいって言ってくれたんだから。

 だったら俺は、俺のために動いてくれる人の力にちょっとでもなりたい。ドレスを作ってくれるリューカさんや、アクセサリー作ってくれるコーダさんの宣伝にもなるっていうんなら、そりゃいくらでも歩くよ。

 ……まあ、金出すの俺じゃないんだけど。ごめん父さん、母さん。

 ていうかさ、俺がドレスに望むことなんて1つしかないんだけどな。こういう奴の場合、大概見過ごされてるんだけど大事なポイント。


「私は、着心地のいいドレスならそれでいいんですが」

「ええ、そこは最重要課題ですわ。もちろん、脱ぎたくなくなるほどの着心地を提供させていただきます」


 おお、リューカさんも分かってくれてた。いや、だって服って着心地が一番重要だろ? いくら綺麗なドレスでも、胸苦しかったり腹とか締め付けられたりしたらしんどいじゃないか。

 ウェディングドレスって本番は1回だけだけどさ、その1回は大事な日だし色々やることもあるんだろうし。その日1日、着心地のいいドレスで過ごせるかどうかってほんと重要だぞ。多分。


「デザイナーの中には、見栄えを重視してしまう者も多いんです。ですがそれでは、着用してくださるお客様に大変な思いをさせてしまうことになりますわ。そんなドレスで門出を喜べるか、と私は思うのですよ」

「そうですよね。一番嬉しい日に、何でしんどい思いしなくちゃならないのかって感じですよねえ」

「ええ、ええ、さすがはセイレンお嬢様ですわ。あなたのその飾り気のない物言いが、是非欲しかったんですの」


 おや。

 あー、もしかして世の中のデザイナーさんの中に、着る人が我慢しちゃうからって考えなしでデザインする人もいるってことか。

 まあ、俺の場合育ちが育ちだもんなあ。他の領主の娘さんとは言うこととか結構、違うんだろう。でもそれで、リューカさんが何かほっとしてくれたみたいだから、よしとするか。


「私のよく知る腕の良い職人と、それからアクセサリーはコーダ殿でしたわね。皆が腕によりをかけて、お嬢様の門出をお祝いいたします」


 そのリューカさんは全ての計測を終えると、胸を張ってそう宣言してくれた。俺はそんな風に言ってもらったことが嬉しくて、思わず顔が崩れる。


「ありがとうございます。お……私、ここまでいろいろあったんで、お祝いしてもらえるだけで嬉しいです」


 そう答えたら、リューカさんも満面の笑顔になってくれた。うわ、もしかしてこれ、全力で行くから覚悟してくださいねーって自信の笑みだ。

 俺、期待して、いいよな。

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