117.やっとこ、問題色々
それから、また2日。
父さんからの連絡はなくて、だからまだ大丈夫。
家の中はちょっと冷え込んできたような気がするけれど、母さんが頑張っていつものとおりにしてるから、俺も平気な顔をしてる。できてる、はずだ。多分。
で、ぼんやりしてると本音が出ちゃいそうなので、もう必死に編み続けた。編んで、編んで、たまにお茶飲んで、編み倒して。
母さんからもらった毛糸の玉はあんまり大きくなかったので、割とすぐに終了した。最初の編み物は、そこまでということになっていて。
「……ひどいですねー」
「うん」
「ま、初めてですからこんなものだと思うんですが」
「だよねー」
オリザさんもアリカさんも、分かりやすい感想をありがとう。いや、何しろ俺自身そう思ったわけだし。
そんなわけで、いつの間にか1メートルくらいまでできてたマフラーの試作品らしいそれは、まあ酷いものだった。
最初の方はがちがちに固まってて、アクリルだったら食器洗い用に是非使いたいというレベル。
途中は目が1つ飛んだり、何か1ヶ所だけ穴開いたりしてる。多分このへんで、父さんが出かけたんだと思う。
で、おしまいがたは編み目の形も柔らかさも揃ってきて、ここでやっと編み物ですと胸を張って言えるようなものになっていた。
「まあ、最後のあたりは力の入れ方も分かってこられたようですし、次はもっとちゃんと編めるのではありませんか」
「そうだね。一度解いて、最初からやり直しかな」
「頑張ってくださいねー、セイレン様」
「うん、頑張る」
いやだって、俺父さん待ってるだけで何もできないし。母さん、今のこの状態でお屋敷の中制御しちゃってるんだよな。すごいなあ。
……俺も、できるようにならなくちゃいけないのにな。タイガさんだって、父さんと同じく領主なんだもの。同じようなことだって、今後絶対あるはずなんだから。
できるんだろうか、俺。
ごちゃごちゃ考えててもしょうがない。編んだものから編み針を抜いて、毛糸をほどき始める。すぐにオリザさんが毛糸の端を取ってくれて、くるくると玉を作り始めた。
……あー何だろう、オリザさんって毛糸の玉目の前に転がしたらじゃれつきそうな感じ。猫か。
一応こっちにも猫はいるらしいけど、そういえば見たことないなあ。ネズミ捕りに飼ってそうなもんだけど。もしかして、ネズミがいないから飼ってないのかも。うん、分からん。
「セイレン様、お茶が入りました」
「あ、ありがとう。オリザさん、続き後にしようか」
「あ、はーい」
アリカさんがお茶セットを運んできてくれたので、一旦中断して落ち着こう。今日のお茶はミルクティーで、ちょっと甘目。お茶菓子もプチケーキで、甘いもの三昧である。太るぞ自分。
「甘いものを口になされば、落ち着かれると思いまして」
「ああ。ありがとう、世話掛けるね」
「私たちはセイレン様のお世話をするのが役目ですから」
困ったようなアリカさんの笑顔に笑って返しながら、お茶とプチケーキを黙々と口にする。うん、太っちゃうかも知れないけどやっぱり、甘いのはいいなあ。男だった頃から甘党だったんだけど、こっちに来てから加速してる気がする。……マジで大丈夫だろうか、体型。いや、主にウェディングドレスがさ。
「……甘いのは好きなんだけど、太るかなあ」
「ご心配なく。身体に入れた分は、運動して使えばよろしいのですよ」
「いやまあそうだけど」
「旦那様がお戻り次第、ダンスのレッスンを再開したいとクオン先生から申し出がありました。いかがですか?」
あ、それは助かる。
いや、父さんが出張ってる間でもやればいいんだろうけどさ。一応空気を読んで自粛中なわけ。それもあって、編み物の練習というか特訓期間になってたわけだけど。
……父さんが帰ってくれば、きっと何か落ち着く、と思う。俺だけじゃなくって、多分母さんが一番。
そんなこと考えてたら、唐突にノックの音がした。
「セイレン様、よろしいでしょうか」
「へ?」
わ、外から声聞こえたよ。ってあの声、ユズルハさんだ。
珍しいな、普段なら誰か扉開けるまで待っててくれるのに。
「ユズルハさん? アリカさん、入ってもらって」
「はい」
慌ててアリカさんに扉を開けてもらうと、ユズルハさんが軽く一礼しただけですたすたと入ってきた。あれ、これって結構緊急の用事?
え、まさか。
「ジゲン殿より、急ぎの文が届きました。旦那様と衛兵の一団は、赤大熊の掃討に成功なさったとのことです」
「ほんとですか!」
よかった。そっちか!
いやまあ、確かに緊急の用事だけどさ。ああ、でもそっか。
ひと安心しかけて、ユズルハさんの続きの台詞でやっぱり安心できなくなった。
「はい。ただ、少々お怪我をなされたとのことでお帰りが遅くなられるそうですが」
「怪我? 大丈夫なんだよね?」
「その点はご安心を。これでも、嘘をつくのは下手くそであるとよく言われますので」
ほんとだな?
いや、たまにあんだろ。大丈夫だよって安心させておいて実はー、なんてパターン。
ジゲンさんが一緒なのにそれはないだろって思うし、大体そんなぬか喜びさせる理由ないけどさ。
「はい。それなら、信じます」
だから、俺は素直に頷くことにした。これで嘘とか言ったら暴れるからな。いや、女の身で大したことはできないけどさ。
「は。では、これにて失礼を」
なんかの空気を読んだのか、ユズルハさんは要件だけ伝えて頭を下げるとさっさと退室していった。母さんには俺より先に伝えてるはずだから、多分これからサリュウんとこに伝えに行くんだな。
バタンと閉じた扉を見送ってから、俺はメイドさんたちと顔を見合わせた。
「……大丈夫だよな?」
「んもー。セイレン様、心配しすぎですからあ」
オリザさんはきゃらきゃらと笑って、俺の肩をぽんぽん叩く。馴れ馴れしいけど、これがオリザさん流。うん、そうだよな。
「そうですよ。というか、ジゲン先生がついておられるのに旦那様にお怪我をさせるなんて何をなさっておられたのか!」
一方アリカさんは、違う方向で怒っていた。いや、いくらトンデモ魔術師でもさ、全部が全部カバーできると思わないほうがいいって。いやほんとに。




