112.ふわふわ、結婚衣装
さて、ひと通り話し終わったところでこう、本題に入る。まずはいろんな布の見本を出してもらって見比べながら、リューカさんにデザインを考えてもらうところから、かな。
「奥様、お嬢様。こちらの布などはいかがですか」
そういってリューカさんが出してくれたのは、ほんのり青く見える白い布だった。触らせてもらうとすべすべしてて、何か織り方が特殊なのか光の具合で花の模様が浮かび上がってくる。へえ。
「この手触り、いいですね」
「あら。光の当たり方で、模様が見えるのね」
「さすがは奥様、よくお気づきになられました。クシマ領で生産されている絹で、晴れの日用に特別に作られているものでございます」
「クシマ? あ、クシマさんなら私の御披露目パーティした時にお会いしたことがあります」
母さんに答えたリューカさんの言葉で、俺は一回だけ会った商人っぽい太めのおじさんのことを思い出した。そういえば、あの時着てたドレスも彼のとこで作られた絹だって言ってたっけか。
そっか、クシマさんとこの絹織物か。ウェディングドレス用ということで、まあこうかなりお高い……んだよなあ、と思わず母さんの顔を伺う。う、大丈夫って感じで笑われた。
「あら、セイレン。お値段のことは気にしなくていいのよ。あなたの晴れの日ですもの、糸目をつけるつもりはないわ」
「えー」
そらまあ、領主の娘の嫁入りだから金かけるのは分かってるけどさ。でもなあ……どうせかけるなら一度っきりのドレスよりはその、なあ。
「この子、私よりしっかりした感じに育っちゃってね。多分、自分にあまりお金かけないでほしいとか思ってるのよ。特に、ウェディングドレスは一度しか使わないものだし」
「まあ。遊び呆ける放蕩息子などより、よほど素晴らしいお育ちですわ。胸を張ってくださいな、奥様」
あーうん、母さんにはバレバレだよなあ。何だかんだ言っても親子だし。リューカさんも同調して頷いてるけど、そこはまあいい、のかな。
「お嬢様。この布に払われた代金は絹を織った者、蚕を育てた者にもちゃんと戻っていくんです。私に払われたデザイナー代の一部は、手伝ってくれるお針子たちの手に渡ります。ですから、大丈夫ですよ」
「……あ」
それも、そうか。
布が高いってのは、高いだけの理由があるんだよな。糸が手に入りにくい種類だったり、織り方が特殊だったりってさ。ま、そうなると当然、手に入りにくい糸を作った人にも、特殊な織り方をマスターしてる人にも、それなりのお金は入る。
高いものを作ったはいいけど使われない、ってのもかわいそうだし。というかこの布、そもそもウェディングドレス用に作られたんじゃないか、もしかして。
「ですから、どうぞお気になさらず」
「……あー、はい。その……お願い、します」
うんまあ、金持ちであるからにはその金使わないとな、って俺の金じゃないんだけど。でもまあ、そういうことで俺は、おとなしく頭を下げた。いやはや、この先どうなるんだろう。
デザインは、正直俺はさっぱり分からないので丸投げすることにした。俺を見ながらリューカさんが、さらさらとスケッチする。
「こんな感じでいかがでしょうか」
見せてくれたラフは、オフショルダーっていうの? 肩口が見えてるデザインだった。ドレスの裾が長いのはまあ、そういうもんだよね。
上半身が割とスッキリしてるぶん、スカートにさらっとした装飾が入ってて何かいい感じ。いや、俺にセンスを求めるな。
あと、ベールはティアラっていうのか、頭につけるアクセサリーからふんわりと流れてる。うん、いいかも。
「あらセイレン、気に入ったみたいね」
「え? あ、顔に出てます?」
「もう、ばっちりと。ねえ、リューカ」
「ええ。そこまで気に入っていただけたようで、良かったですよ」
2人の言葉に、思わず目を見開いた。母さんもリューカさんもそれはもう、嬉しくてしょうがないって言った感じ。ってか俺、今どんな顔してるんだ一体。
あれ。リューカさんはドレスのデザイナーさんだよな。そしたら、ティアラとかのアクセサリーってどうするんだろ。
そんなことを考えてた俺の頭の中見えてたのかどうだか知らないけれど、母さんは笑顔のまま言った。
「それと、アクセサリーはコーダに頼むことにしたわ。それでいいかしら」
「え、またコーダさんに作ってもらえるんですか?」
コーダさん。俺のベビーリング作ってくれた人の息子さんで、今いつも持ってる指輪とペンダントチェーンを作ってくれた人。あのごっつい手はよく覚えてるよ、うん。
「ええ。彼の作ってくれたものは縁起がいいもの、きっとセイレンに幸せをくれるわ」
「まあ、そうなんですか?」
「そうなの。セイレンが元気に嫁ぐことができるのも、コーダの先代が作ってくれたベビーリングのおかげなのよ」
まあ、確かにそうだよな。今も胸に下がってる小さな指輪のおかげで俺は俺であることを証明できて、それでこうやって暮らせているんだから。
……あ。大きい方の指輪、今着けてるじゃん。
「あ。この指輪、コーダさんが造られたものです。参考になりますか」
慌てて手を差し出すと、リューカさんは「まあ。拝見します」とその手を取ってしげしげと見つめた。手のひら返してみたり、超至近距離でガン見したりした後、納得したのかうんと頷いて手を放してくれた。
「良いお仕事をなさっておられるようですね。そういうことでございましたら、私の方は異存はございません」
「じゃあ、打ち合わせが必要ね。コーダ宛てに紹介状を書いておくから、それを持って行ってもらえばいいかしら」
「ぜひ、お願い致します」
「ええ。タカエ、紙とペンを」
「はい、奥様」
母さん、めちゃくちゃ手際がいいな。俺、タイガさんとこでこんな感じで頑張らないといけないんだ。タイガさん、外で色々お仕事あるんだろうから、家の中では俺が頑張らないと。
「お嬢様にはこれからも、幸せに過ごしていただきたいですね」
「もちろんよ。ね、セイレン」
「……ありがとうございます。頑張って、幸せになります」
リューカさんと母さんの言葉を、俺は素直に受け取ることにした。いやだって、どうややこしく取れってか。なあ。
今まで色々ありすぎたけど、でもこれからは、頑張るんだ。幸せになるために。
あっという間に母さんが書き上げた紹介状を持ってリューカさんが退室した後、母さんはコーダさん宛てに手紙を書いた。もちろん、これこれこういうわけでこんな人が行くのでよろしくね、という内容である。
「さ、できた。タカエ、これ出してきてちょうだい。即日配達でも構わないわよ」
「心得ました。行ってまいります」
タカエさんが緊張の取れない顔で封筒を受け取り、部屋を出て行く。それを見送って母さんは、小さくため息をついた。彼女が淹れてくれたお茶を手にして、少し考えこむような顔になる。
「タカエもそこそこ長いのだけどね……もう少し肩の力を抜いてほしいわ」
「これまでは、カヤさんがいましたからね」
「そうね。でも、もういないものはしょうがないもの」
もう一度、今度は大きなため息。それからお茶を一口飲んだ後俺に視線を向けて、ちょっとさびしそうに笑った。ああうん、こうやって俺とお茶するのもあと何回か、だもんな。
「大丈夫よ。カヤもね、新しいところで頑張ってるから。あなたも、頑張ってね」
「はい」
とりあえず俺は頷いて、お茶を飲むことにした。あ、カヤさんよりちょっと甘目で美味しいかも。