109.にぎやか、屋敷年越
「うわあ……」
いやー、すごい光景見るとこういう声出ちまうんだなあ。
屋敷の玄関扉を開くと、昼間じゃないかって思えるくらい明るかった。道の両脇に並んだ木々に魔術灯が光ってて、まあちょっとしたイルミネーションイベントみたいになってる。敷地内ってのがすごいな金持ち。
で、お客さんというか領民さんたちが防寒がっつり、な格好で集まってきてる。何も寒い日の、しかも夜ってどうだろうって思うんだけど、凹んでる太陽神さんを盛り上げるためだから夜のほうがいいのかな。このへん、よく分からん。
盛り上げるって言えば、敷地のあちこちで大道芸が始まっていた。ジャグリングとか、山羊やちっちゃい馬を使った曲芸や。あ、向こうでジゲンさんとクオン先生、魔術でもの浮かせたりしてるよ。何気にあの爺さん、お祭り好きなのな。
屋台というか、ちょっとした食い物を売る店も幾つか出てる。って、うちの料理長さんじゃないか。楽しそうに焼いた肉の塊削いでるよ。いい匂いだな、うん。
「姉さまのお育ちになった世界では、こういう光の装飾はあるんですか?」
地面へと下りながら周囲を見渡してると、隣についてきてるサリュウがそんなことを聞いてきた。そっか、あっちの世界知ってるの、俺だけだもんな。
「ああうん、最近あちこちで派手にやるようになってきたな。向こうじゃイルミネーションっていうんだっけか」
「へえ……やはり、こういったお祭りで、ですか?」
「そういうのもあるし、観光客を呼ぶためにやることもあるかなあ」
「観光……客?」
「ほら、俺たち夏に別荘に行った時にさ、牧場とか見に行ったろ? あんな感じ。よそから人が来て買い物したり飲み食いしたりして金落としてくれるから、それ目的でやるところもあるんだよ」
「はあ、なるほど……」
俺の説明に、サリュウはどことなく不思議そうな顔をして首を傾げる。
そうだ、こっちって観光目的で旅行するのって金持ちくらい、なんだよな。向こうの世界って、何だかんだで生活に余裕あるんだなあと思う。いや、俺の知らない土地だとまた違うはずだけど。
『ま、世界によって生き方は違うということじゃの。のう、ダーリン』
『そうだね、ハニー』
「……だから、人の頭の上でイチャつくのやめてください」
全力で空気読め、ご先祖夫妻。見ろよ、領民さんたちがびっくりして目を丸くしてるじゃねえか。あっちの親子なんかあれだ、見るんじゃありませんを地で行ってるだろうが。
『むう、良いではないか。せっかくの年越しに、ダーリンと共におられるのだし』
「せめてもうちょっと隅っこでやってください。というか、ご先祖様がいること自体は驚かないんですね」
『まあ、こうやって表に出てくるのは珍しいと思うけどね』
珍しい自覚はあるのかよ、コヤタさん。だったらおとなしく……してるわけがないな、この死んだ後でもバカップル。もう、諦めるかー。
「セイレン様、始まる前からお疲れですね……」
「そりゃ疲れるよ。背後霊がこれじゃあな」
「お気持ち、お察しします」
アリカさんやミノウさんは、そんなふうに俺のことを気遣ってくれる。けれどオリザさんはというと、何か楽しそうにじーっとこっちを見てきた。
「えー。でもでも、セイレン様とタイガ様もあんな感じですよー?」
「そういえば兄さまと姉さま、コヤタ様とミコト様に感じ似てますよね……」
「なぬ?」
サリュウにまで言われてちょっと待て、と言いたくなった。いや、俺とタイガさん、あんな感じか? マジ?
「マキさんカンナさんトキノさん、俺とタイガさんってほんとにそんな感じ?」
「えー……っと」
「まあ……」
「…………はい」
おう、サリュウ付きのメイドさんにまで肯定された。そ、そうか、何かごめん。つってもきっと、ほとんどタイガさんのせいだと思う。いや、そういうことにしておいてくれ、頼むから。
なんてこと考えながら周囲の見物してると、ミコトさんが目の前にぬっと顔を出してきた。もう、やりたい放題だな、ご先祖様は。
『おお、そうじゃそうじゃ。モンドから祭りを始める挨拶があるでな、舞台に上がりやれ』
「あ、はい」
「舞台?」
サリュウは素直に頷いたけど、俺はつい首を傾げた。
舞台って、そんなもん周囲見回してもないぞ。どこに上がれっていうんだ、ミコトさん。
「あ、姉さま。上です、上。あそこ」
「上?」
サリュウが指差した方に目を向けて、ああ確かに舞台だと思った。
……って、玄関出たとこのひさしの上かよ! いや確かに、場所としちゃ申し分ねえけど!
つか、ひさしの横にいつの間に階段できてんだよ。もしかしてどっかに備品としてしまってあるのか、あれ。
『ははは、知らなかった? 昔ね、戦などで領主の演説が必要なことが多かったんだ。だからあれ、そのための演台として造られたんだよねえ。結構丈夫だから安心して』
「あー……」
コヤタさんの説明で納得。そういうの、必要な時代があったんだよなあ。
ま、今はだいぶ平和な利用のされ方してるから、いいか。
「セイレン、サリュウ! ささ、早くこちらにいらっしゃいな。すぐ終わるから大丈夫よ」
「あ、はいっ」
「はい!」
舞台の上から母さんに呼ばれて、慌てて階段を上がる。いや、さすがに駆け上がるなんて芸当はまだまだ。冬だからってブーツ履かせてもらってるんだけど、こう足首ぐきっと行きそうでなあ。
俺とサリュウは、舞台の後ろの方で母さんと並んだ。ユズルハさんやカヤさんも控えている。で、その全員の前、領民たちの前に父さんが、進み出た。グレイの毛皮のコートというかマントというか、そういうの着けた父さんって、結構かっこいいなって思った。さすがは領主。
「皆の衆、今年もよう励んでくれた。おかげで我が領地は安泰に年越しの週を迎えることができた、感謝する」
父さんが口を開いた途端、周囲が静まり返った。冷たい空気に、低い声が通る。あー、何か分からないけど、父さんがちゃんと領主やれてるっての、分かる気がした。うん、言葉おかしいけど。
「今年は我が娘セイレンも無事屋敷に戻ることができ、とても良い年となった。さあ、新しい年が更に良い年となるよう楽しむが良い!」
父さんの張り上げた声に、わああっと歓声が起きる。わ、ほんとにすぐ終わった。冬の夜中だし、長々やられるよりはよほどいいよな、うん。
で、この後はクッキーのプレゼント。俺とサリュウは舞台を降り、メイドさんに荷物持ちをしてもらって子供たちにクッキーを渡して回ることになる。大人は子供の面倒見たり、大道芸の見物に戻ったり、
「はい、お菓子どうぞ」
「わあ、ありがとう姫様ー!」
「あ、……うん、どういたしまして」
ちいちゃな女の子に渡すと、その子はほんとに嬉しそうに踊りながら母親の元へと走って行く。つか、姫様なのか、俺。前にもそんな感じで呼ばれたけどさ。
「……俺、姫様なの?」
「そりゃ、領主の娘ですからねえ」
『妾の血も引いておるしのう』
「……あー」
アリカさんの返事と、ミコトさんが自身を指さしながら答えるので納得するしかなかった。うんまあ、何十番台だけど王位継承権持ちだし、姫様になるのか。……サリュウは王子様か。そっちはなんとなく分かるんだけど。
不意に、わああっと歓声が上がった。何だろう、と思って目を向けると……あれ、何か白い物が飛んできたぞ。うん、雪じゃなくて、もっとでかくて、背中に羽生えて……って、はいー?
「セイレン様!」
「……タイガさん?」
着地した白い馬、ゲンジロウからひらりと降りてきたのは、どこからどう見ても見間違えるはずがない人。
というか待たんかい、領主様。何でこんな日、こんな時間に来てるんだよ。




