108.おかざり、屋敷年越
ピンクの紙で作った折り鶴を、ベッドサイドのテーブルの上に置く。花の乏しいこの季節、花瓶には冬に咲く木の花が飾られている。その花瓶の前で俺が折った鶴は、ちょっと貧相だけどまあ飾りにはなったかな。
「こんなのでいいのか?」
「はい! さすがセイレン様ですねっ」
「折り紙というのも、なかなかいい飾りになりますね」
部屋掃除をしていたオリザさんとアリカさんが、俺の置いた鶴を見て楽しそうに笑う。
花瓶に生けられた花と、それからいくつかのキラキラとした飾り物。仏像じゃなくって、太陽神を象徴するらしい立ち型の魔術灯の周りを、そんなものが取り囲んでいる。
要するにこれは、新しい年を迎えるためのお飾りだ。向こうで言うところの鏡餅とか松飾りとか、そんな感じなんだろう。院長先生やみんなといっしょに作ったの、思い出すなあ。餅つきした後きなこまぶしてぱくついて、まだ熱くてもがいたこともあったっけ。
そんなことを思い出しながら最後に魔術灯の前にクッキーを一包みお皿に乗せて置いて、正月飾りは終了。いや、こっちでどう呼ぶのか知らないから、俺なりの呼び方だけど。
「これで、部屋は終わりかな?」
「はい、終了ですー。お疲れ様でしたー」
ニコッと笑ったオリザさんの笑顔に俺は、昨日のドタバタをすっかり忘れたように笑い返した。
というわけで、今日は年越しの週に入る前日。今日の夜中、日が変わった瞬間からシーヤ領は年越しのお祭である。やっとあの大量のクッキー、何にも気にせずに配れるよ。
朝食を取った後、午前中は部屋に正月飾りする時間だった。俺が初めてだから、いろいろ教えてもらってやっとのことで準備出来たってとこだな。
そういえば知らなかったんだけど、太陽神って姿分からないから何か光るものを象徴として拝む、らしい。いやまあ、ぎっちりした宗教じゃないからそこら辺、ものすごくざっくりしてるんだよね。この辺りは俺が暮らしてた向こうとあんまり変わらないから、正直助かった。
「セイレン様……ええと、その」
準備も済んだってことでお茶してるところに、おずおずとアリカさんがやってきた。ミノウさんが肩叩いて「大丈夫よ、アリカ」とか何とかひそひそ言っている。はて。
「何? アリカさん」
「え、ええとですね。一応言っておきたいのですが、私はそもそもノーマルといいますかええとそのう」
うわー、顔真っ赤。人間、ここまで赤くなれるもんなんだなあ。
にしてもノーマルとか何とかって………………あ。
「……あー、あれか。うん、大丈夫」
そうか、アリカさんも覚えてるんだ。いやまあ、サリュウのどパニックがあったから考えてみりゃ当然なんだけど。
もうちょっとで百合というか何というか……一応俺女だし百合で合ってるのか、そういうことになるところだったっけ。うんまあ、お互い何だかんだで無事だったしな。
「気にしてないって言ったら嘘になるけど」
「……やっぱりですか……」
とは言え軽く突っついてみたら、見事に凹んだ。いや、そんなこと言われたってなあ。
……これが男女逆だったら…………あー、何だか立ち直れない気がする。気がするだけだけど。
「でも、少なくとも嫌われてないってのは分かったからさ」
「は、はい」
「そっちの意味はないとしても、アリカってセイレン様好きだもんねー」
「うわーん、言わないでえ」
お茶のお代わり淹れながら、そんなこと言ってくるオリザさん。それに対してばたばた両手振り回すアリカさんってえらく可愛いんだけど、え、どういうこと?
「……そうなの?」
「そうなんですよう。ほら、セイレン様こっちに帰っていらしたとき、最初アリカがお茶淹れたりしましたよね」
オリザさんにそう言われて、頷く。こっち来て最初に会ったメイドさんがアリカさんで、彼女が俺付きになったってことで俺、正直ほっとしたんだよな。
頷いた俺を見て、ミノウさんがその続きを話してくれた。曰く。
「あの後私たちのところに戻ってきた時に、ものすごく可愛らしいお嬢様なんですよーとテンション高く報告してくれまして」
「はい?」
いや、それはおかしい。
だって、アリカさんと会った時って俺、身体縮んだせいででかくなった高校の制服着てて、それにいきなり女になってわけわかんなくてこんがらがってただろうが。
それが何で可愛いのか、女になってだいぶ経つけど俺には分からん。
「それでお部屋にお伺いしたら、本当に可愛らしい方だったので」
「お世話係も、やる気が出ると言うものですー」
ミノウさんとオリザさん、そこ否定しないのか。というか、やっぱり分からん。
分からんが、褒めてもらってるっていうことだけは分かるのでお礼は言っておく。うん。
「そ、そうだったんだ……ははは、ありがとな」
「いえいえ。あ、でも昔殿方だったってお話にはびっくりしましたけどー」
「だよなあ。こっちでもなさそうな話だったし」
うん、その可愛らしいの直前まで男だったんだよ、俺。まあ、言われても困るだろうけど。
父さんたちも、ジゲンさんからその話聞いた時は何だそれって顔してたもんなあ。俺の方は逆にそれまで男だったのに、実は女でしたーなんて言われて違う意味で困ってたけど。
「あ、でも男だった時から趣味はわりと女性寄りだったんだよな。そういうの、変わらないみたいだな」
「ほへー。あ、指輪入れてた袋、ご自身で作られたっておっしゃってましたもんねえ」
「ま、さすがに作ってくれなんて言えなかったしなあ。そういえばアリカさん、あの時お守り袋取っといてくれてありがとう」
「え、あ、いえその、おつきとしては当然ですからっ」
うん、そこで声のキーが上がるのは何でかな。さっきのがまだ残ってるのかな、アリカさん。
あの時中に入ってた指輪は、今はペンダントヘッドとして胸元に下がっている。俺の大事なお守りで、俺がシーヤ・セイレンであるという証明にもなったもの。
……ほんと、いろいろあったよなあ。いろいろありすぎた年が、もうすぐ終わるのかあ。
いや、久しぶりに実感こもった年越しになりそうだ。
夕食を済ませた後、外に出る用の服に着替える。夜は魔術灯があっても暗いからということで、深めのピンクのドレスの上に明るいピンクのコートを着る。頭もコートと同じピンクのつばのない帽子、後ろに大きなリボンがベールみたいな感じでついてる。おー、このコートふかふかで温かいな。
そこへ、屋敷内を見まわっていたミコトさんがひょこっと顔を出した。あ、コヤタさんがいない。珍しい。
『セイレンよ。準備はできたかえ?』
「あ、はい。こんな感じでいいんですか?」
ふむ、と腕組みするミコトさんの前で、くるりと一回転。こんなところは、一応女になってるらしい俺である。
で、ミコトさんはそんな俺を上から下までじっくり眺めた後、ほにゃんと顔をほころばせた。合格らしいな、よし。
『うむうむ、さすがは妾とダーリンの子孫じゃ。何と愛らしい』
「……あー。そのコヤタさん、どこ行かれたんですか?」
『可愛い子孫を守るために外じゃ。妾と違って、そなたにくくられておるわけではないからの』
……要するに、ミコトさんは俺を見に来たんで俺にくっついてるけど、コヤタさんはそうじゃないから1人で外に出られる、ってことか。なるほど。とりあえず、愛らしいとか何とか言ったようなのは気にしないことにする。こういうのって、肯定しようが否定しようがツッコミの材料にしかならないからなあ。
ミコトさんに促され、メイドさんたちを連れて部屋を出る。と、階段のところでサリュウと鉢合わせた。明るい緑のロングコート、かっこいいな。ちゃんと貴族の息子って感じのやつだしさ。
もちろん、向こうもメイドさん連れである。みんな大丈夫みたいで、良かった。
「あ、ね、姉さま」
「あ……サリュウ」
今日、実は朝ご飯も昼ご飯も、サリュウとは顔を合わせなかった。
部屋で食べたらしいって聞いたけど……えっと、俺が振ったせいだよな。でも、こればかりは譲れないし。
「あの。僕はもう、大丈夫ですから! もう目一杯泣いたら、何か気が済んじゃいました!」
「そ、そっか?」
もにゃもにゃ考えてた俺より先に、サリュウのほうがおもいっきり元気を絞り出しましたって声で言ってきた。あーうん、これって無理してるよなあ。いや、指摘する気はないけどさ。こういうやつ、無理してるだろって突っ込んだら余計に頑張ろうとするんだよ。
「はい。あのえーと、さすがにシキノの父さまみたいなことにだけは、絶対になりたくないので」
「……あー」
てかサリュウ、そこ出してくるなよ。絶対に、のところやたらと力入ってるし。さすがにあれはっていうか、トーカさんってサリュウにとっては実の父親だもんなあ。
実の兄であるタイガさんも結構押せ押せなところあるし、だからサリュウは自分を抑えられるように頑張らないと、って思ってるんだ。
……ほんと、ごめんな。可愛い弟。
「その気持ちがありゃ大丈夫だよ。……俺が言える立場じゃないんだけどな」
「い、いえ、そんなことないです!」
空元気出してるサリュウの後ろで、メイドさんたちがちょっと困ったようにこちらに頭を下げてきた。俺は笑って、大丈夫だよって頷いてみせる。
って、いきなり俺とサリュウの間に現れないでください、ミコトさん。
『ふむ、なかなか立ち直りも早いようじゃの。よきかなよきかな』
「わ! ミコト様、いきなり顔突っ込んでこないでくださいよ、びっくりしたじゃないですか!」
『おお、済まぬのう』
けらけら笑って済ませる辺り、何かうちのご先祖様だなあって実感がひしひしとする。ま、今の空気を変えてくれたのはありがたい。
『それより、時間じゃよ』
「じゃ、行こうか」
「はい、姉さま」
俺を見に来てくれたご先祖様に促されて、俺はサリュウと一緒に足を進めた。メイドさんたちと、弟と一緒に迎える最初で、多分最後の年越しのお祭。