104.なんだか、屋敷内戦
現在、俺の目の前では大変シュールな光景が展開している。
植木に宿った悪霊が、その枝葉を伸ばしてこう、タコだかイソギンチャクだかみたいな感じでこちらを攻撃してくる。それをクオン先生やミコトさんの作った光の壁が防ぎ、壁の中ではアリカさんたちが枝を切り落としていってるんだけど。
『来るのが遅くなってごめんね、ハニー』
『何、信じておったからの。ダーリン』
その光の壁を作っている片方、ミコトさんは援軍としてやってきた旦那様ことコヤタさんと、周囲も見ずにいちゃいちゃの真っ最中なんである。いやほんと、何だこれ。
ばん、と吹っ飛んできた枝を弾いて、アリカさんが軽く肩をすくめた。いや、悪霊に対してじゃなくてさ。
「セイレン様。そのう、ご先祖様って……」
「言わないでくれ……」
「その割に、上手く攻撃はさばいてますね……」
カヤさんの言うとおりなんだよなあ。いちゃいちゃしながらコヤタさんもミコトさんも、悪霊の光の攻撃ばんばん弾いてる……というか、同じようなの出して相殺してるし。何だあれ、真面目にやってる俺たちが惨めというか。
いや、俺はひたすら守られてるだけなんだけど。
『ま、それはともかくさ』
ひとしきりいちゃつきまくって満足したのか、コヤタさんが悪霊に目を向けた。ただし、片手でミコトさんの腰を抱いたままだけどな。
……シキノの家ってシーヤと親戚だって言うけど、タイガさんもしかしてコヤタさんの流れ汲んでるんじゃないだろうかとふと思った。例によって例のごとく、俺は現実逃避中らしい。
『僕とハニーの子孫とその使用人になんてことしてくれたんだろうねえ、雑魚の悪霊くん。同類食って大きくなったみたいだけどさ、ちょっと大きくなったくらいでまあ、偉そうに』
やっぱり、口調に変化はないんだ。だけど、悪霊の宿った木を見つめるその目はきっとすごく冷たいんだろうな。というか、前から見たら上から目線ってああいうのを言うんだなあと、よく理解できるはずだ。多分。俺、背中しか見えなくてよかったあ。
『ふ、ふざけるな……この力があれば、貴様らなぞ……この壁さえなければ!』
『要らぬ壁なら破ればよい。先ほどまでは、できたではないか』
うん、ミコトさんの言うとおりだ。つっても悪霊、さっき俺の腕借りたコヤタさんの一撃で幹にダメージ受けてるからなあ。どうも、中に入ってる悪霊自体にダメージいってるみたいだし。
そんなこと思ってたら、コヤタさんがこちらを向いた。あ、笑顔だけど目が笑ってない。ありゃ本気でやりますよー、って感じの目だ。
『セイレン、それと使用人の皆。力を貸してくれるよね?』
「もちろんでございます、コヤタ様」
「ま、当然ですねー」
「え、俺もですか」
マジか。いや、貸してくれって言われて嫌とは言わないよ。俺と俺の大事な人たちに、えらいことしてくれた相手だもんな。
でもさ、メイドさんたちやクオン先生は分かるよ、魔術とか戦闘能力とかすごいもん。だけど、俺は。
「俺、大した力ないですよ?」
『知ってる。だから、ハニー』
『うむ、妾に任せよ』
コヤタさんに呼ばれて、ミコトさんがものすごく嬉しそうに笑う。もしかして、タイガさんと一緒にいるときの俺ってあんな顔してるのか。うわー、ものすごく恥ずかしいぞそれ。
満面の笑顔のままでミコトさんはコヤタさんから離れ、ふわりと俺の背後に降り立った。触れないはずなのに、舞い降りるときに風が吹いたような気がする。
『何故に悪霊が人を使うて人を惑わせるか、何故あれがわざわざ木などに宿っておるのか、分かるか?』
分かるか、なんて聞かれてもなあ。というか、そういえば何でだ?
『ま、要するにその方が強く影響するからじゃ。宿り木のない悪霊など、やろうと思えばそこらの綺羅星で祓える』
「……それで植木と、そこを経由してサリュウたちを使ったわけですか」
きらぼしって、床に転がってる星の飾りか。ほんとに飾り付け、悪霊除けるのに効果あるんだ。ただし、いわゆる浮遊霊とかそういう奴に限って。
今植木に宿ってる奴は、宿ってるから影響が強い。で、植木屋さんの隣の薬屋に来たカヤさんを使って俺に麻薬飲ませようとしたり、手紙を経由してアリカさんに影響して俺を襲わせたりしたわけか。
なるほどな。いきなり悪霊が俺に入ってこようとしなかったのも、どうもそこら辺にあるのかも。
『そうなるのう。ああ、いくら悪霊除けがないとはいえ、そなたにいきなり乗り移るなぞ無謀じゃな。指輪の守りがよう効いておるわい』
「指輪?」
『親が幼子に贈った、守りの指輪じゃ。それに、育てた親の祈りも入っておる』
ミコトさんの指摘。そんなの、心当たりは1つしかない。
父さんと母さんが生まれたばかりの俺にくれた、ベビーリングのことか。
育てた親って……院長先生、だよな。
俺、ほんとに守られてるんだ。
『さて。宿り木に宿ったあほんだらに対し、こちらはどう戦えばよいかな?』
「……なるほど。俺の身体経由で攻撃するんですね」
そこまで言われれば、分かる。目には目を、歯には歯をって多分使い方違うんだけど、要はそういうことだ。
向こうが身体を持って来るのなら、こちらも同じようにすればいい。
俺はミコトさんやコヤタさんの子孫だし、きっとこれが一番いいんだろう。てか、俺の手であいつ殴れるならそれが一番だし。
『そういうことじゃ。妾の力に身を委ねておる間は、悪霊に入られもせんしの』
「あ、そうなんですか。先に入ってるから?」
『うむ、話が早くて助かる』
そういうのって、先着順なんだろうか。いやまあ、ご先祖様の世界なんて行ったことないから分からないしなあ。行くならもーっと年食ってからにしたいよな。いや、そうじゃねえ。
とにかく、心は決まった。
「お任せします。何もできないよりは、何かの足しになる方がよっぽどマシですし」
『良い心がけじゃ。では、失礼するぞえ』
ミコトさんの言葉を聞いた次の瞬間、背中からぐん、と何か入ってきたような感触があった。どんな、って言われてもそうだとしか言い様がない。ただ、その後俺はふわん、と自分の全身が水にでも浮かんだように思える。
「……何か、変な感じですね。ふわふわと夢見てる感じで」
『意識を落としても良いが、そなたは事の次第を見届けたほうが良いと思うてな』
「すみません」
寝て起きたら全て終わってました、なんて面白くないし、ちゃんとどんな結末を迎えたかくらい見ておきたい。そんな俺の気持ち、ミコトさんはちゃんと分かってくれてたみたいだ。
『では、参る!』
『ようし、行くよ!』
で、ミコトさんとコヤタさんが同時に駆け出した。もちろん、ミコトさんの入ってる俺ごと。
もう悪霊の木はだいぶ枝が減ってて、ほんの数本になっている。つか、よく保ったな枝。
切り落とされた枝が床に散らばってて、中には倒れてる使用人さんとかに乗っかってるのもある。そんなに太い枝はないから、大丈夫だと思うけど……ちょっと心配。
『おのれ、おのれおのれおのれえええええ!』
残った枝を伸ばして振り回すさまは、特撮番組の怪獣みたいな感じ。その枝の1本を、ミノウさんが両腕で抱え込むように捕まえた。
「アリカ!」
「はい!」
駆け込んできたアリカさんが、枝を途中からトンファーアタックで叩き折る。すぐさま折れた枝を持ち直したミノウさんは、植木の本体めがけてそれを槍みたいに投げつけた。
『通じるかああ!』
「それでいいのですよ!」
まだ残ってる枝でそいつを叩き落とした悪霊の幹が、俺のすぐ目の前にある。両隣には小さな光の盾で俺というかミコトさんを守ってるコヤタさんと、それから一緒に走ってきてくれたカヤさん。
ミノウさんの攻撃は、まあ囮ってこと。
『まずは、そこから出よ!』
『いい加減、使えないよね?』
「一撃、入れさせていただきます!」
俺たちの拳とカヤさんの鞭が、同時に幹の凹んだ部分にぶち当たる。めきめきばりばりと音がして、哀れな植木はズタズタに折れて、転がった。




