103.ぶっとべ、屋敷内戦
『……ふ、セイレンよ。焦るでないわ』
「ミコトさん?」
名前を呼ばれて、そちらの方を向く。倒れたままのミコトさんは、だけど不敵な笑みを浮かべたままだった。まるで、自分たちが優勢であるかのように。
いや、彼女は多分、そうだと信じてるっぽい。だって。
『焦っておるのは、やつらの方じゃ。何しろ、時間がないからの』
「時間?」
そんなことを、言ってきたから。グッと握りしめた拳から、また光があふれ出して壁を再構成していく。
時間って、年越しの週は……あさってからだっけか。厳密に言うと、明日の深夜0時をもって、週が変わる。この辺りも向こうといっしょ、地域によって時差があるかどうかは俺は知らないけど。
『明日には……祭りの準備が、大詰めを迎えるであろう。そうなると、悪霊どもも、弱ってくるんじゃ……』
ああ、今日の玄関ホールの飾り付けみたいに、皆が賑やかにお祭りの準備をするからか。
いや、何か分かるよ。祭りって、意外と直前の準備でテンション上がるもんな。
もしかしてそのテンションも、悪霊にとってはダメージになるのか。だから明日じゃなくて今日、こうやって暴れてる。
「そこで、さらにお祭りが始まったらもう、こっちのものってことですか。で、その前に勝負をつけにきた、と」
「そういうことです……っ!」
俺の考えにうなずきかけたカヤさんが、ひゅんと鞭をうならせる。わ、飛んできた星飾りに見事に命中、撃墜させた。動体視力、かなりすごいんじゃないか。
「まったく……その根性だけは認めて差し上げますが、おとなしく引かねば消えるのはあなたですよ?」
「つーか、セイレン様いじめた時点で助ける慈悲はありませーん」
どうにか立ち上がったクオン先生と、今度はオリザさんも一緒になって壁を作った。途端、がんがんとぶつかる音がして枝がはじかれる。
……あ、そっか。あの壁、屋敷の被害最小限にするためか。今気づいた俺、やっぱり鈍いな。
で、その壁の中に、アリカさんとカヤさんがいた。ぶんぶん振り回される枝を器用にかいくぐり、一本一本落として行く。ああ、もともと生えてた枝は伸ばせても、新たに生やすことはできないっぽいな。
「私など、その片棒担がされましたからね。その分もたっぷりお返しして差し上げないと」
「私も大概下衆ですが、……貴様はそれ以下だ」
……うわ。カヤさん、めちゃくちゃ怒ってる。いやだって、言葉遣いとこう、背中からあふれるオーラみたいなもんが。てかさ、あの鞭って別に刃がついてるわけでもないのになんだあれ、すぱすぱ切り刻んでいくって。
対照的にアリカさんの方は、武器がトンファーだってこともあって見事に叩き潰しまくっている。……あんなに強かったんだ、アリカさん。俺、よく無事だったなあ。
で、もう1人壁の中に混じってる人がいる。まあ、わかると思うけど、ミノウさん。彼女は、足元にいろいろ転がってるものを避けたり蹴っ飛ばして攻撃したり、とひらひら動き回っている。力自慢なのはよく知ってるけど、こうやって見ると動きも素早いんだ。
俺、すごい人たちに守られてたんだな。それもこれも、赤ん坊の時にいなくなってやっと戻ってきた俺を守りたいっていう、両親のおかげで。
俺自身は、何もできないのにさ。
ご先祖様にまで、迷惑かけて。
『気にするな、セイレンよ。この戦、我が方の勝ちじゃからな』
『かかか、人間に全部任せてろくに回復もできぬ霊が、大口を叩きよるわ』
『いやいや、助けも来ぬのに大口を叩く……そなたの方が哀れでならぬわ。ほほほ』
ミコトさんと悪霊、お互いに口での争いがメインになってる気がするんだけど気のせいかな。まあ、ミコトさんは立ち上がれなくって壁作ってるのが精一杯みたいだし、悪霊は悪霊でメイドさんたちの相手で精一杯だし。
あー、これで俺がどうにかできれば、何とかなるかもしれないのに。
「……ん?」
急に、右手が何かずん、と重くなった。っていうかあれ、何で勝手に上がってきてるんだ?
『ちょっと借りるねえ、可愛い子孫』
「はい?」
おい、今の声誰だ。ミコトさんでも悪霊でもないし、そもそも聞いたことない声だぞ。
けど、子孫って言ってたな、おっさん。そのくらいは声で分かる。
なんてこと考えてる間に俺の身体はこう、勝手に右ストレート繰り出す態勢に入った。重心とかも勝手に動いてるし、何なんだこれはー!
『はい、それパーンチ』
「んがっ!」
大変気の抜けた声とともに、身体の後ろまで引かれた俺の右腕がぐんと突き出される。と同時に握った拳の周りに風というか衝撃波というか、そういうもんが発生して壁をするっと通り抜け、まっすぐに悪霊の宿る木へとぶち込まれた。どごん、と音がして木の幹にクレーターって言うと何か変だけど、そういう痕がつく。
「え?」
「は?」
『な、何だ今のは! 小娘、貴様!』
「俺じゃねえ!」
いや、悪霊も驚くの分かるけど。俺も驚いてんだよ、ほら皆もびっくりしてこっち見てるじゃねえか。
というかこら責任者! 人の腕勝手に使った張本人出てこいやー!
『そうだねー。子孫じゃないよ、僕だよー』
そうしてたった1人、全く緊張感のない声で返事したその張本人さんが、俺たちの前に姿を現した。
ぱっと見40代行くかな、ってくらいのおっさん。ゆったりした服着てることもあってか何となく父さんに似てる気がするんだけど、彼よりはえーとそのー、なんてーか田舎者というか……いやごめん、口にしてないから許してくれ。
そのおっさんは室内をゆーっくり見渡して、最後にミコトさんに目を向けた。途端、ただでさえ緊張感のなさ気だった表情がほにゃーん、と崩れた。
即座にその足元に跪き、手を取って立たせてから一言。
『待たせたねえ、ハニー』
『おお、マイ・ダーリン・コヤタ! 待っておったぞ!』
「ぶっ」
いやいやえーと。
この緊張感マックスの状況で、ハニーとかダーリンとかどうなんだよご先祖様。おっさんも大概だけど、何ミコトさんまでそのデレデレ顔。ついでにハグしていちゃいちゃ始めてるし。
というか、そのコヤタさんか、さっき俺の拳借りたの。子孫ってことは俺のご先祖様か。こんなんばっかかシーヤ家の先祖、よく今まで続いたなあ。
『何を吹き出しておるか、セイレンよ』
「あ、いや、すみません」
『しかたがないよハニー、年の差がありすぎるんだ』
『しかし、この娘の嫁ぎ先は10歳上じゃぞ。妾とダーリンよりは離れておらぬ』
いや、多分突っ込みどころはそこじゃない。ほら見ろ、メイドさんたちどころか悪霊までぽかーんとしてるじゃねえか。
……で、その中で一番正気に戻るのが早かったのは、ある意味さすがというか悪霊だった。だめじゃん俺たち。
『き、貴様ら、我らを無視して……』
『じゃかましいわ! 我ら夫婦の仲を邪魔するでない、この雑魚が!』
『へえ、君が僕の可愛いミコトをこんなボロボロにしてくれたんだ。その罪、消滅で贖うしかないねー』
悪霊の怒りより、ミコトさんのお怒りの方が迫力が上だった。で、さらにその上をいくコヤタさんの、口調変わってないのにはっきり分かるお怒り。絶対敵に回したくない人だ、うん。
コヤタさんがすいと伸ばした右掌から、ミコトさんたちよりも強い光が放たれる。壁じゃなくて、剣とか針とかそんな感じの鋭いの。それが、もうそうなるのが当たり前みたいに悪霊の木にどすどすと突き刺さって、動きを止めた。
ひらひらと右手を振ってからコヤタさんは、まじまじと俺を見つめた。えーとあー、うん。
『ああ、確かモンドの娘のセイレン、だったね。うんうん、可愛い子に育ってくれてよかったよ』
「……えーと、確認させてください。あなたは要するに、ミコトさんの15歳上の旦那さんですか」
『うん、押しかけられた亭主の方だねえ。シーヤ・コヤタ、よろしく』
……あ、父さんの先祖だ。何かよく分からないけど、間違いない。
というか、押しかけられ亭主ってミコトさんの一方的なもんだと思ってたけど、これもともとお互いにラブラブか。それで反対されたか何かでミコトさんが押しかけてきた、と。
何だろう、俺を狙ってきたのに悪霊がすっごく哀れになってしまった。大変な家を狙いに来ちゃったんだなあ、って思って。