102.びしばし、屋敷内戦
サリュウたちを寝室に移し終わった後、カヤさんはふと俺の方を見てきた。
「それでセイレン様、どうなさいますか」
「どうって」
「私と致しましては、ここでお待ちになることをお勧めしますが」
カヤさんの言葉で、分かった。俺にここで待つか、一緒に行くか聞いてるんだ。
……さて、俺はどうすべきか。なんて、実は考えるまでもないんだけど。
「ミコトさんたち、玄関ホールですよね?」
「はい」
「だったら、最悪この壁破ったら直で来られます。向こうは俺の居場所分かってるだろうし、隠れてても意味はありませんよ」
横の壁に手を置いて、答えた。
意外と忘れてるもんだけどこの壁の向こうはすぐ玄関ホールで、だからここを破られたら俺は丸裸も同然なわけ。向こうは俺狙いだから、いざとなったらそうしてこないとも限らない。
俺はここで待っていて、みんなが勝つことを祈っててもいいけど、でも。
「……ま、まあ確かに、そうですが」
「セイレン様、無茶言いますねえ」
ミノウさんは困った顔になって、オリザさんは苦笑して。でも俺の気持ちは変わらないから、それを見て取ってくれたらしいアリカさんが、呆れた顔して頷いてくれた。
「……分かりました。その代わり、前には出ないでくださいね」
「うん。ごめん、どっちにしろ迷惑かけるね」
「私のほうが、ご迷惑をお掛けしました。それに、使用人の務めですから」
そう言ってアリカさんは、いつものような優しい笑顔を見せてくれた。カヤさんもあきらめたように、小さく頷く。
「そうですね。見えるところにいていただいて守るほうが、楽といえば楽ですし」
「すみません、お願いします」
「心得ました」
ほんの少し頭を下げたカヤさんが、次の瞬間ちらりと外に続く扉に視線を向ける。え、何だ?
「……」
しー、と人差し指立てるアリカさんに見習って、全員口を閉じる。その中でカヤさんとミノウさんが、足音立てずにするすると扉に近づいた。
カヤさんがドアノブに手をかける。ミノウさんは扉正面に立って、軽く重心を落として身構えた。
がちゃり。
「はっ!」
扉開けた直後、一瞬置いてミノウさんが右ストレートを繰り出した。どす、っていう音がして、男の使用人さんがぐらりと倒れこんできた。見たことあるんだけど、あんまり話したことないんだよなあ。
ばったりと床に伸びた使用人さん、白目向いてる。あーあ、腹にまともに一撃食らったな、この人。
カヤさんとミノウさんが問答無用で殴り倒したってことは、要するにそういうことか。
「うわ、サリュウたち以外にもいるんだな」
「植木の運搬や設営を手伝った者たちがいますから、それらが感染しているようですね」
沈んだ使用人さんを着てたジャケットでぐるぐる巻きにしながら、ミノウさんが小さくため息を付きながら答えてくれる。ああなるほどって、悪霊は風邪かよ。ある意味似たようなもんか、悪化させるとたち悪くなるし。
にしても、他の使用人さんも襲ってくるかもしれないわけか。ユズルハさんとかは父さんたちと一緒だろうし、大丈夫だと思うんだけど。
偵察がてら使用人さんをリネン室に突っ込んだミノウさんの合図で、俺たちはそっと部屋を出る。俺の周りをカヤさん始めメイドさんたちが囲んで守りつつ、じりじりと進んだ。とりあえず、こっちに来たのは彼で最後っぽい。てか、玄関ホールの方でガシャンバタンとまあ賑やかな音がする。
ちらりとホールの様子を伺うと、うーわー。
例の植木はそのど真ん中にあるんだけど、まあ分かりやすく枝が触手チックに伸びまくってる。で、それがもうぶんぶんとホール狭しと振り回されててさ、長い方の鞭とかぶん回してる感じで。床には数名、使用人さんたちが男女入り混じって倒れてた。植木と戦ったのか、それとも植木に操られてたのか、それは分からない。
で、その周囲を階段に背を向けたミコトさんと、それからホールを挟んで反対側にいるクオン先生が光の壁作って閉じ込めてた。けどたまに枝が、壁破って端っこだけ出てくるのな。すぐに壁修復されるから、ぶつんと切れるんだけど。
光の壁作る前に木が暴れたんだろうなあ、せっかく俺やサリュウも手伝った飾り付けがだいぶボロボロになっててさ。だーもー、終わったらやり直しだやり直し。
「一気に階段を降ります。そうしたらセイレン様は、ミコト様のそばに」
「OK。後は頼んだ、皆」
「頼まれましたー」
カヤさんの指示に頷いて、先頭に立つオリザさんに視線を送る。ぐっと握った両手に、ふんわりと魔術の光が灯った。そういえば彼女、これ得意だっけな。
「バリヤー、いっきまーす!」
角から階段の上に飛び出したオリザさんが手のひらを掲げて叫ぶやいなや、そこから光の壁が現れる。ちょうど壁を破って伸びた樹の枝がそこにばちんと当たって弾け飛び、玄関扉のすぐ脇の壁にぶつかって落ちた。
その間に俺たちはひとかたまりになって階段を駆け下りる。さすがにもう、このくらいはできるようになっちまったな。いや、晩ご飯終わった後だしかかとの低い靴履いてるけどさ。
「ミコト様! 戻りました!」
「ミコトさん、クオン先生、大丈夫ですか!」
「せ、セイレン様?」
『おお、セイレンは無事かえ。それはよかった』
カヤさんの声はともかく、俺の声にクオン先生がさすがにびっくりしたらしい。ミコトさんはごく当たり前のように、そう答えてくれたけど、その瞬間。
ばちん、と破裂する音がした。同時にミコトさんの肩口が弾けて、飛び散ったドレスの切れっ端がすうっと消える。そうか、ご先祖様、だもんな。というか、今の攻撃どこから何やった。
『で、何故そなたこんなところに来ておる』
「どこにいたって、狙われるのは一緒でしょ。俺の部屋どこにあるか、ミコトさんはよくご存知ですよね」
自分の傷を気にもせずそんな風に尋ねてくるミコトさんに、だから俺も気にしないようにして答えた。
今俺たちが駆け下りてきた階段の上、こちらからだとただの壁の向こう。そこが俺の部屋だから。
『まあ、確かにの』
「だったら、頼れる人のそばにいます。何もできない俺だけど、その方が多分安全だと思うから」
『いい度胸じゃ。さすが我が子孫』
そりゃどういう意味だよ。いや、15歳上の男のところに押しかけ女房とか、そこら辺遺伝してるとかそういうわけじゃないんだろうけど。
俺とミコトさんが話してる間に、メイドさんたちは木を囲むように散らばった。クオン先生を挟んでオリザさんとミノウさん、ミコトさんと俺を挟んでアリカさんとカヤさん。先にいた2人が作ってる光の壁はもうだいぶぼろぼろになってるのが、近くで見ると分かる。
で、中心にいる植木がまるでモンスターか何かみたいにうにょろんと幹をねじらせて、言った。
『よくぞ参られた、小娘』
「うっせえ黙れ。とっとと家帰って寝ろ、でなきゃ失せろ」
いや、つい本音が出ちまったよ、うん。一瞬ぴたりと木の動きが止まったのは、はて何でだろう。
『まあいい、そなたが表に出てきたということはそなたを取れば終わり、ということだな』
「あらいやだ、私とミコト様の結界を破り切れないくせしてよくおっしゃいますこと」
『なに、この壁を破壊しては姫君に傷がつこう?』
あ、一応俺に気を使ってくれたのか、悪霊。ああいや、後でどうとかこうとかするためだろうけどさ。やだねえ、ああいうのって。
けど、壁破りきらないとなると持久戦に持ち込むつもり、かよ。……あー。
「ミコトさん、やっぱりきついですか」
『ま、正直に言えばの。妾はまだまだいけるが』
ぱん、という風船割れるみたいな音と同時にミコトさんの髪が少しだけ切れて、消える。視界の端で、枝に切り落とされたモールが手すりの下に落ちるのが見えた。
あー分かった、飾りに魔力か何か入れて、光の壁の手伝いさせてるんだ。で、あっちはその飾りを落としてって、壁の力弱めていってるんだ。それで、反動がミコトさんに来る。
てか、こういうの相手するのってもう1人適任いなかったっけか、うち。
「クオン先生。ジゲンさんは?」
「祖父は外ですわ。妙に悪霊どもがやる気を出しているそうですのでつい、祖父もはっちゃけちゃって」
いや待て祖父さん、はっちゃけてって何だ。もしかして楽しそうに全力バトルとか、そんなことやってるのかチート魔術師。
『……仲間が来ないと思うたら、あの爺か! 隠居しておればいいものを』
「隠居してたんですけどねえ。セイレン様のために、こちらに移ったものですから」
ぶん、と枝が振り回されて、壁の上からクオン先生を殴ろうとする。けどその寸前、飛び込んだミノウさんがやっぱり壁のこっち側からカウンターパンチ。ばちばち、と激しく光って、多分威力は同じくらい……ってミノウさんすごい。
けど、すぐに植木な悪霊が、吠えた。
『ならば、こちらも手加減などしておれぬわ!』
ぐわん。
音と言うより衝撃波に近いそれが、悪霊を中心にどんと弾ける。光の壁は内側から放たれたそれをぶつけられ、あっさりと砕けた。って、うわ避けられない!
「セイレン様!」
けど、カヤさんとアリカさんが俺の前に立ちはだかった。鞭とトンファーが、まるで大きな盾をそこに広げたみたいに衝撃波と、光の壁のかけらみたいなものを綺麗に弾き飛ばしていく。
俺はそれで良かったけど、よくなかったのは壁を作ってた2人だった。
「きゃあ!」
『ぬうっ!』
飾りを壊された時より、ずっとでかい反動。クオン先生とミコトさんは同時に跳ね飛ばされて、床に倒れた。
「ミコトさん!」
慌ててミコトさんに駆け寄ったけど、俺触れないんだよな。だから、見てることしかできない。
ふわふわの髪の毛も、ゴシック系のひらひらなドレスも、ずたぼろになってて。
ああちくしょう、何で俺、何もできないかなあ。
『さあて、無力な姫君よ。その無力さを噛みしめながら、こちらに来られるが良い』
メイドさんたちの背中の向こうで、顔のないはずの植木が、笑ったように思えた。




