100.どうして、屋敷内闇
玄関の飾り付けはだいたい終わったので、夕食前に一度部屋に戻った。はー、久しぶりに色々やって疲れたな、って思ったけど多分、男だった時より体力だいぶ落ちてるよなあ。力仕事、ほとんどしてないし。
まあ疲れたものはしょうがないので部屋自体の飾り付けは明日にすることにして、今日は晩ご飯食べた後は飾り用の折り紙を折ることにしよう。オリザさんとミノウさんに幾つか教えてみると、2人とも飲み込みが早くてすぐ覚えてくれた。で、楽しそうにせっせと折っている。主に鶴が多いのは、きっと初めて見たのがそれだからだろうな。
『妾は、もう少し残る。やはり、先ほどの木がどうしてもな』
……ミコトさんはそんなことを言って俺から離れた。何かあったら分かるから、とは言ってたけど。うーん。
ま、こっちがある種隙を見せないと向こう、出てこないんだけどな。今までのパターンから言って。自分を囮にするっての、ちょっと怖いけどさ。でも、そうしないとにっちもさっちもいかないってか。
自分の考え方が、多分どっかおかしいってのは分かってる。すぐに現実逃避してしまってるし、自分のことなのにあんまりしっかり考えてないみたいだし。でもなあ、今更考え方変えろってのも無理だろ。うん。
「あ。サリュウ様がお見えになりましたー、どうなさいますかあ?」
「今日もか? いいや、入ってもらって」
紙風船をふくらませるのに苦戦してるミノウさんに代わり、オリザさんが出迎えてくれたサリュウは「えへへ、今日も来ちゃいましたー。あ、これ母さまから差し入れです」と今度はサブレ持ってご来訪である。俺がこっちで初めて食べた、あれ。
よし、今日もお茶会だな。玄関ホール飾り付けお疲れ様会だ、と理由は適当にこじつけよう。
「おつかれ、サリュウ」
「姉さまも飾り付け、お疲れ様です。うわ、それ何ですか?」
あ、折りかけの鶴か。そっか、知らない人が途中経過見るとなんだこれ、って思うよな。特にこっち、折り紙ないみたいだし。
「ああ、俺が育った世界でやってた遊びっていうか。折り紙っていうんだけど、割と見たままだな。これまだ途中だから、ちょっと見てろ」
急いで目の前で鶴を折り上げてやると、さすがにサリュウも目を丸くした。やっぱり驚くんだよな、こういうの。
「へえ、まるで魔術ですね」
「慣れると簡単だよ。サリュウんちのメイドさんも、やり方教えるからやってみたらどうだ?」
「いいんですか? セイレン様」
「うん」
トキノさんが何か嬉しそうに笑ってるのが分かる。あれ、そういえば今日はサリュウのメイドさん、3人全員いるんだな。こっちはアリカさんがまだ療養中というか何というか、だからなあ。
オリザさんが折り方教えてる間に、ミノウさんがお茶を淹れてくれた。あ、紙風船はちょっと後回しらしい。後で息の吹き込み方、教えるから。うん。
「サブレ、ありがとな。俺、これこっち来て初めて食べたやつでさ。印象深いし、好きなんだよ」
「母さまから差し入れを受け取った時に聞いたんです。それで、喜んでもらえるかなって」
「うん、とっても嬉しい。ほんとありがとうな、いい弟持って俺は幸せだよ」
「……はい」
お互い、にこにこ笑いながらお茶もお菓子も進む進む。晩ご飯食ったばかりだろ、俺たち。大丈夫か、主に身体のサイズ。いや、サリュウは成長期だからいいけどさ、俺。
「あ、そういえばタイガさんから文来てたんだよ。しばらくこっちには顔出せないけど、お前にも元気でやってくれってさ」
「……ええ、そうですね。姉さまのためにも、頑張らないと」
あれれ。いつもならサリュウ、タイガさんの話振ったらもっとはしゃぐっていうか力の入った返事してる気がするんだけど。やっぱ、飾り付けで疲れたのかな。早く部屋に帰したほうがいいかも知れないな。
「……姉さま」
「何?」
「何で、兄さまなんですか。僕のほうが、姉さまとはずっと近いのに」
「……はい?」
ちょーっと待てサリュウ、何でこうにじり寄ってくるんだよ。慌てて軽く腰を浮かせて、ソファの後ろにいるミノウさんに近づくように場所を変える。こら弟、そこで睨むな。
「姉さま、ご存じですか。あの木を持ってきてくれた植木屋ね、薬屋の隣にあるんです。店員も仲が良くて」
は? 薬屋って、………………カヤさんが麻薬手に入れた、薬屋? え?
えーと、もしかして今度はサリュウなのかよ? あれ、でもミコトさん、大丈夫だろとか言ってなかったか。
ってかミコトさん、来ねえ。まさか気がついてないわけ、ないよな? えー?
「サリュウ様、無礼です。お離れください」
「えー、何やってるんですかサリュウ様っ、ちょっとマキ、離してー」
なんかごちゃごちゃ考えているうちに、サリュウはジリジリ近寄ってくる。ミノウさんが腕でガードしてくれてるけど、オリザさんはマキさんたちにとっつかまって動けない。何かまずいぞ、これ。
「シーヤの屋敷に帰ってきてくださってから、僕はずっと姉さまを見ていたんですよ。知ってるでしょう? 毎朝会ってるんですから」
「だってあれは、朝練してるからだろうが」
「わざわざ姉さまの部屋の下で続けてるんです。その意味くらい、ご理解いただけてると思うんですがね」
……もしかして、俺にアピールしてるつもりだったのか? あれ。できてないぞ、かわいそうだけど。
「セイレン様が、そんな遠回しなアピールで気づかれるとお思いでしたか? サリュウ様」
「そうですよう。タイガ様はあれだけ分かりやすくアプローチなさってきたから、鈍感なセイレン様でも気づかれたんですから」
「お前ら、何気に俺が超鈍感だって言ってるだろ」
『はい、もちろん』
状況はともかく、声を揃えて肯定するなよなあ。いや、確かに鈍いのは認めるよ、認めるけどさ。
ってか、オリザさんに絡みついてるサリュウのメイドさんたち、さっきから全然しゃべってないんだけど。何あれ、怖い。
「姉さまが兄さまの奥方になってくださるのも嬉しいんですが、考えてみたら僕はもともとあなたの弟じゃないんですよね。養子として入っただけですから」
「そりゃそうだけど、だからどうした」
「サリュウ様!」
いやまあそうなんだろうけど、つって覗き込むように人の顔見るな。何その満面の笑顔。
「それなら、既成事実作ってしまえば何とかできますよね」
「なるかボケ!」
ミノウさんが手を出すより先に俺はツッコミ、というよりは鉄拳を打ち下ろした。「ぐっ」とカエルが潰れたような声っていうんだろうな、そんな声上げてサリュウはソファの座面に突っ伏す。
俺はその隙に立ち上がって離れようとして、思いっきり転んだ。サリュウの野郎、ドレスしっかり掴んでやがる。
「セイレン様!」
「マキ、カンナ、トキノ」
「はい」
サリュウの命令で、それまでオリザさんに集中してたメイドさんたちふらりと動いた。
マキさんはそのままオリザさんに抱きついて動きを止め、トキノさんが繰り出したパンチをミノウさんが腕で受け止める。
そしてカンナさんが、ソファから引きずり出した俺を床に押さえつけた。あーくそ、変なふうに押し付けられて腰ひねりかけたっての。
「いだっ! ちょ、こらカンナさんっ!」
「……様の、ご命令のままに」
あー、いわゆる催眠術にかかってるっぽい目だ、これ。マキさんやトキノさんも、多分同じ状態。アリカさんみたいにえろえろうふふ、な表情でも怖いけど、こういう無表情ってのも違う意味で怖い。
ってか今、カンナさん何て言った? サリュウの名前じゃないのは、確かだったんだけど。
「……様の邪魔をする者は許しません」
「ならば私も、セイレン様の邪魔をする者は許せませんね!」
トキノさんとミノウさんが、ガチのタイマン勝負に入る。拳同士、蹴り同士ががんがんとぶち当たる音がよーく聞こえるよ。あの2人が暴れだしたら俺じゃ止められないし、頼むからミノウさん勝ってくれ。
「セイレン様を、……様のものに」
「寝言ぶっこいてないで、さっさと寝ろー! セイレン様は、タイガ様の奥方になるんだから!」
オリザさんは、抱き付いたマキさんもろとも自分を床に叩きつけた。それで腕が軽く外れたけど、またすぐに……えーと寝技みたいな感じになる。ごめん、そっち頼んだ。
……うわあ、相手が洗脳身内って、とんでもなくベタな展開だよ。って、例によって現実逃避してる場合じゃないだろうが、俺。
このままだと、いろんな方向に何されるか分かったもんじゃねえ。つか離せカンナさん、この場合蹴っても正当防衛だよな、と思って足を振り上げかけて。
「駄目ですよ、姉さま」
サリュウが棒読みの台詞を口にして、俺の両足首をつかむ。その間にカンナさんは腹の上に乗ってきて、むぎゅりと胸鷲掴みにしてきやがった。
あのな、仰向けにされたらいくら何でも重力に勝てないんだよ、俺の胸そんなにでかくないんだから。だから、掴んでも楽しくないだろ、って違う!
「姉さまは今ここで、僕のものになってください」
「ざけんなコラ、そんな台詞で俺が頷くとか思ったか!」
「……様への口答えは許さない」
ぐ、口抑えられたし。つか、またわからない名前言いやがって。
あくまでも、サリュウじゃない誰かの命令に従ってる、んだな。つまりそれって、悪霊か。
そうしてサリュウの口から、サリュウじゃない声が、流れ出してきた。
『シーヤ・セイレン。印無き乙女よ、我らのもとに下れ』