99.きらきら、屋敷装飾
その翌日。
しゃー、といういつもの声とともに、蛇さんが帰ってきた。と言っても伝書蛇が帰るのはジゲンさんの家なんで、俺のところにはクオン先生の肩に乗って一緒にやってきたわけだけど。
「はい、セイレン様。タイガ様からの文でございます」
「あ、ありがとうございます。蛇さんもお疲れ」
「しゃー」
あう、やっぱり懐いてくれない。さすがにこれは凹んでもいいよなー、と思いつつ、ソファに座って封を切った。いつものように丁寧な字はほんとに綺麗で、見るだけでホッと安心する。
……気が付くと、クオン先生もメイドさんたちもニヤニヤして俺見てる。蛇はいつの間にか引っ込んでて、姿が見えない。
そうか、こういう時の俺の顔が分かりやすいんだな。おのれー、と思いつつまず手紙を読む。
「……あー、やっぱり年末年始は領地優先だよなあ」
まあ、予想はついていた。いやだって領主様だし、自分の領地が優先に決まってるじゃないか。でもちょっとがっくりしてしまったのはまあ、女心……と言っていいんだっけか。
その代わり、春前には必ずこっちに来てくれるって書いてあった。結婚の挨拶とか、そういうのがあるからって。
後、サリュウにも元気でやってくれって伝言入り。うん、弟のことまで気にかけてくれて、やっぱいい人だなあ。
『セイレン、顔がにやけておるぞえ』
「み、見ないでくださいよミコトさん! みんなも!」
「何しろセイレン様のご機嫌が一瞬にして回復いたしましたので、まあ良かったですねとオリザと共に胸をなでおろしただけでございますよ」
「うふふ。セイレン様、いいこと書いてあったんですねー」
「本当に良かったですね、セイレン様。お返事が書けましたら、またお預かりしますから」
ええいお前ら、とてつもなく楽しそうに人を見ものにするな。いや、割と屋敷に閉じこもりっきりになっちまってるから、これくらいしか娯楽がないんだろうけど。って、人を娯楽にするなよなあ。
照れ隠し、って隠れるかどうか分からないけどともかく、俺は目の前のお茶を一気に飲み干した。
さて、今日と明日は勉強云々じゃなくって、別のお仕事がある。ずばり、屋敷内外の飾り付け。
モールとか星の飾り物とかお人形とか、まあ要はクリスマス会なんかの飾り付けをやるんだと思えば分かりやすいかな。お菓子配りを屋敷前の通りというか広場というかでやるんで、そこを重点的にやるんだけど、室内も飾るんだってさ。
屋敷の外は使用人さんがやってくれるとのことで、俺やサリュウは玄関ホールを手伝うことになった。いや、家族が手伝ったほうが縁起がいいとか、悪霊除けに効果あるとか、そういう話らしいし。
階段の手すりにモールを巡らせながら、ふと俺の後ろをついてきてるミコトさんに尋ねてみた。
「こういうキラキラしたもんって、何で飾るんですか?」
『要は悪霊除けじゃな。あやつら、眩しい光は苦手なんじゃよ。それに、見た目からして賑やかじゃろ?』
「なるほど。確かにそうですよね」
「特に子供たち、喜びますもんねー」
反対側を持ってくれてるオリザさんが、楽しそうに口を挟んできた。あー、そりゃお菓子もらうメインは子供だもんな、それでもらいに来たら周囲がキラキラしててって、絶対喜ぶよなあ。うん。
ふと見ると作業用テーブルの上に、光沢のあるどう見てもお高い紙がたくさんあった。これは切ったり貼っつけたりして飾りを作るらしい。
……切るのはちょっと、もったいないなあ。せっかくだから、鶴でも折るか。少しは飾りになるだろ。
「あ、セイレン様、何やってらっしゃるんですかあ?」
「え? わ、セイレン様だ。何なさってるんですかー」
テーブルの上でちょいちょいと折り始めると、オリザさんをはじめとしてメイドさんたちが何だ何だと見に来た。いやお前ら、仕事は……ま、いいか。
皆の視線の中で、鶴を折り上げる。羽を広げて形を整えると、誰からともなく拍手が起きた。……どうやら、折り紙がないか珍しいかってことだな。
「可愛い鳥ですねー」
「ああ、鳥ってのは分かるんだな。よかったー、何ですかこれなんて聞かれたらどうしようかと思ってたんだ」
「くちばしも翼もありますから、分かりますよ。これで足があったら馬なんですが」
ははは、言われてみればそうだなあ。ゲンジロウもハナコもカラス顔だったし。
にしても、皆見てて興味津々だったな。これくらいなら、俺でも教えられるかな。
「後でやり方教えるから、自分でやってみたら?」
「わーい、ありがとうございますー」
オリザさんと他メイドさんたち、えらく大喜びだ。鶴以外にも、何か教えられそうなものあったかな。
……つっても、俺も鶴くらいしか折れないけどさ。あとやっこさんとか船とか飛行機とか、簡単なやつ。あ、飛行機って分かるんだろうか、こっち。
とりあえず玄関ホールの手伝いだけ終わらせて、ふと外を見る。飾り付けのこともあって扉は開けっ放しだから、外が門までずーっと見通せる。なお、扉の前にはミコトさんが仁王立ち。言われなくても俺、出ないから。
でも、彼女の肩越しに外の飾り付けが進んでいるのはよく見える。雪はまだ降ってないんだけど、全体的にグレーとかそんな色味に見える風景は向こうの世界とよく似てる。で、道の両脇に並ぶ木にはもう葉っぱがなくて。
その木々に、いっぱい飾り付けがしてあった。時々ちか、ちかと点滅するのはあれ、魔術灯か。
「あ、外もすごいなあ」
『ああやって通りも明るくすれば、悪霊は通れぬ。故に闇が恐れられるのやも知れぬがな』
「魔術灯で光らせるんですよー」
「なるほど、イルミネーションか」
ミコトさんとオリザさんの説明で、すごく納得がいった。
こっちでは、そういうのにもちゃんと意味があるんだな。なるほどー。
「セイレン様の世界では、いる……何とかというのですか」
「イルミネーション。あっちもな、冬になるとこんな感じで木とか街とか飾るんだよ」
ミノウさんに答えてしまってからふと振り返ると、身体に巻き付いたモールと飾り星でえらく可愛くなっていた。
ぷ、と吹き出したのに悪意はないんだよ、ごめんな。
「ねえさまー」
「ん?」
サリュウの声に反応して、もう一度外に視線を送る。サリュウのやつ、正面の扉からメイドさんと一緒にでっかい植木抱えて入ってくるところだった。
俺の知ってる範囲だとクリスマスツリーに似た感じの、3メートルくらいの木。ただ、クリスマスツリーみたいにとんがってなくて全体的に丸い感じだな。根っこは大きめの壷みたいなのに入ってる。
「おう、サリュウ。それどうしたんだ?」
「街の植木屋が持ってきてくれたんですよ。玄関ホールに飾ってくださいって」
「そっかー。重いだろ」
どう見ても重い。木も壷も。
だから質問というよりは確認で、だけどサリュウはにっこり笑って首を振った。ちょっと汗かいてるの、見えてるのにな。
「大丈夫です。だからメイドたちにも手伝ってもらってますし」
「ご安心ください、セイレン様。私はミノウと同じく、力には自信がございますので」
「私のほうが、トキノよりも力はございます。セイレン様」
「張り合うなよなー」
ミノウさんって前から力自慢なところあったけど、何でトキノさんと張り合うんだろう。いや、ライバルがいるっていうのはいいことなのかな、って思うんだけどさ。
「手伝ったほうがいいか?」
「いえ、僕達が請け負ったので、据え付けるところまでちゃんとやります」
俺の問いにサリュウはもう一度首を振って、そのまま皆でよたよたと木を運んでいく。うん、責任持ってちゃんとやるってのはいいことだよな。……俺、できてるかな、そういうこと。
ホールの真ん中に木を据え付けて、トキノさんはうんと満足気に頷いてみせた。他、つまりサリュウとマキさんとカンナさんはもうヘトヘト。
……おつきのメイドさんには必ず1人、ああいうのがついてるんだろうか。いや、俺もサリュウも助かってるけどさ。
『サリュウ、おつきの者もようやったの。ふむふむ、ふむ』
その木の周りを、グルグルと回りながらミコトさんが興味深げというか胡散臭げというか、ともかくそんな表情で見つめている。何か確認してるみたいだな。
「あ、ありがとうございますミコト様……何してるんですか?」
『……ふむ。ジゲンも見ておるし、大丈夫じゃろ』
「あ、悪霊ですかもしかして」
ジゲンさんが見てるとか、ミコトさんが大丈夫とか言うってことはつまりそういうことだろ。
この木に何か仕込まれてないか、って見てたんだな。
『うむ。外から来る故に弱い力は感じるのじゃが、ほぼ影響はあるまいて』
「はあ」
ま、ともかくサリュウたちも大丈夫っぽいし、ミコトさんがそういうならホント問題はないんだろ。
「サリュウ、部屋に戻ったほうがいいんじゃないか? 疲れたろ、実際のところ」
「あはは、バレました? 姉さま」
「いやだって、ヘタってるし」
少なくとも、今目の前にいる弟はいつも俺が見てる、普通の調子だもんな。




