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プロローグ

 いやさ。

 確かに俺、『本当は別の世界に生まれるはずだったが間違えてこの世界に生まれたんだ』とか何とか言ってたよ。身体に比べてでっかいランドセル背負ってた、ガキの頃にだけどな。

 けどよ、それはガキの妄想なんだって。当時見てたアニメとか読んでた漫画の設定に引きずられてさ、そう思い込んでただけなんだ。施設育ちでいじめられたこともあるから、その現実から目をそらしたかったんだよ。

 あんな世界で俺が育つはずじゃなかったんだ、俺にはもっと幸せな世界があるはずなんだって。

 子供の思い込みだよ。

 そのはずだったんだよ。


 そもそもこの俺、四季野(しきの)青蓮(セイレン)が『生まれる世界を間違えた』なんて思い込んでたのは、親がいなかったから、ってのがでかかった。

 ある日施設の前にぽつんと置かれてた赤ん坊の俺を、その施設の人が拾って迎え入れてくれたそうだ。セイレン、なんて厨二な名前なのは、着てた服にローマ字でそれっぽい縫い取りがあったかららしい。

 あと、お守りだか何だか知らないけどベビーリング? 青い石のついたちっこい指輪が指にはまってたそうだ。その指輪はとうに付けられないサイズになってるから、手製のお守り袋に入れていつも持ち歩いてる。……自分で作ったんだよ、悪いか。服とか靴下とかつくろって着てるんだ、このくらいはできるっちゅーの。

 あ、苗字の四季野は施設の院長先生のをもらった。対外的には四季野冬也(トウヤ)院長の息子の青蓮、みたいな感じになってんのかな。そこら辺はよく分からないけど。

 それで、18になった今年まで俺は施設で育ってる。あんまり金と迷惑かけてられないから、小中高と普通に入って普通に卒業したぜ。院長先生にはお世話になったけど、それ以外はあんまり記憶にない。学校で友人もほとんどできなかったし、部活動もやらなかったんだ。そんな時間あったらバイトして、少しでもお金貯めようって思ってたから。

 で、高校卒業後はバイト先でもあった近くの工場でそのまま働いて、それでお金貯めて。

 俺を実の子のようにかわいがってくれた院長先生に、恩返ししようと思ってたんだ。



「それじゃ、青蓮。俺は先に帰って卒業パーティの準備してるから、お前も寄り道せずに帰ってくるんだぞ」

「わーってますよ、院長先生。んな寄るとこ、大してないですし」


 卒業式の立看の前で記念撮影した後で、院長先生は俺の頭をなでてくれた。すっかり白くなった髪と、年月が刻んだしわのせいで年齢より少し年食って見えるんだけど、これでも50半ばつってたっけな。肩幅広くてがっしりした体格だから、正直細身で女顔の俺としては羨ましい。

 顔かたちのこともあって義務教育時代はいじめられたりもしたけど、そんなこと気にするなって院長先生が言っていたから頑張れたようなもんだ。何気に腕力はそこそこあったから、うっかり反撃して怒られたこともあったけどな。

 先生より頭半分ちょっと高くなってるのに、いつまでたっても俺は先生の息子。いや、こればっかりはひっくり返るわけもなし。


「あ、でも準備終わってないと大変でしょうから、なるべくゆっくり帰りますねー」

「おうおう、気ぃ使ってくれてありがとな。こっちも大急ぎでやるからよ!」


 俺の背中をばん、と一撃かましてくれた院長先生は、からからと笑いながら大慌てで自転車にまたがった。その後ろ姿を俺は、手を振って見送る。曲がり角の向こうに消えた後で、さあ帰るかと足を踏み出した。

 途中、学校から5分くらいの交差点でストップ。自動販売機でホットココアを買って、時間稼ぎがてら休憩。


「ふー。やっぱうまい」


 これも女みたいって言われる原因だった好みの甘いものを飲んで、気を落ち着かせる。別に甘いの好きだっていいよなあ。チョコとかケーキとか、脳にだっていいんだし。

 飲み終わった缶は缶入れへ。カランという金属音を後ろに、再びのんびり歩く。いや、多分ある程度の準備は先にしちゃってるんだろうけどさ、ゆっくり帰るって言ったもんなあ。

 施設のガキンチョどもがきゃあきゃあ言いながら準備してるの、目に見えるわ。俺もさ、自分の兄貴分や姉貴分が卒業した時はそうやって準備手伝ったりしたもんな。……でも、院長先生とばかり話してて他の奴らとはあんまり話さなかったけど。

 高校から普通に歩くと15分ほどの距離にある、俺にとっては家である施設に20分ばかしかけて到着。玄関の奥からは、賑やかな声が聞こえてくる。俺の高校卒業記念っていう口実でごちそうが食えるから、みんなも楽しみにしてんだろうなあ。

 さて、準備もできてるようだし、待たせても何だな。


「ただいまー」


 ひと声かけながら俺は、少し重い扉をぐいっと引いた。



 途端、くらりとめまいがした。扉から手を離した瞬間全身の力が抜けて、よろめく。うわやべえ、立ってられないぞこれ。


「……っ!?」


 すがろうとした扉の取っ手は、俺の手をするりとすり抜けた。まるで、それが幻であるかのように。

 遠くで俺を呼ぶ院長先生の声を聞きながら、そのまま俺はへたりとその場に座り込んだ。





「当主様、奥様。成功いたしましたじゃ」


 唐突に聞こえた爺さんの声に顔を上げて、俺は「へっ!?」と妙ちきりんな声を上げた。あれ、めまいは収まってるな。

 そして、周囲の風景に気づいた。

 俺はなぜか、どこかの大広間にいるらしい。らしいっていうのは、とりあえず自分が座り込んでいるのがふかふかのじゅうたんの上だってことと、上から照らしてるのが太陽じゃなくてシャンデリアだってことからの推測。

 いや、俺さっき施設の玄関扉開けたはずだよね? それが何で、広い部屋のど真ん中にいるんだ?


「やっと会えたのですね! おお、私のかわいい娘!」


 それに、何なんだよこれは?

 俺、何で見ず知らずのおばさんに抱きつかれてんの?


 というか、娘って言ったよな今?

 俺は男のはずで……って、この胸元の妙な感触は何だ。

 何か抱きついてるおばさんとの間にクッションというか、なんというか挟まってるみたいなんだが。

 いや、はさまってるんじゃなくって、これ、は。


「……あれ?」


 何で俺、胸あんのー!?

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