私の仕える主人は腹黒い。
終わり方が不自然
私の仕える主人はとても見目麗しい。
壁際に立ち、食事中の仕えるべき主人の様子を見る。
振る舞いは淑女の手本としても申し分ない。フォークやナイフの動きも完璧だ。
背中の中ごろまで伸ばされた黒髪は、窓から差し込む朝の光を浴びて鈍く輝いている。身にまとう黒を基調としたドレスは無駄な装飾が省かれており、スリムな主人の魅力を引き立てている。
視線をずらし、対面に座る男性を見る。
主人とは腹違いの兄であり、手が小刻みに震えている以外は振る舞いに問題はない。
朝日を反射し明るく輝く金色の髪は王族の象徴であり、それに見合う威厳を持っている。お顔はとても整っており、見慣れていない思春期の乙女ならば一目惚れ間違いない。今は緊張に引き攣っておられるが。
「兄様……やはり私と共に食事をするのは嫌ですか?」
彼の緊張に主人も気付いていたらしく、不安そうな声で問いかけられた。
「あ、いや、そんなことはないぞ。久しぶりにお前と食事ができて嬉しいぞ。ハハハ……」
そういう彼の額には緊張からか汗がにじんでいる。声もどこか上ずっており、明らかに無理をしているのだろう。他人の心情に鋭敏な主人がそれに気づかないはずもなく、背中から見ても分かるほど気を落とされている。
「相変わらずの演技力ね」
私の右隣で控えていた先輩が主人に聞こえない程度の声量で呟く。
「ほんと、末恐ろしいですわ」
それに言葉を返したのは私の左隣で盆を抱えた後輩だ。今では主人があのような姿を見せるたびにこのやり取りが行われるのは当たり前となっている。
私の仕える主人の演技力は凄まじい。
先輩と後輩のやり取りからも分かる通り、彼女の演技力は凄まじい。今まで数えきれないほどの男性が彼女の演技に惑わされ口説いたが、ことごとく返り討ちに会っているという。
先輩と後輩の会話は続く。
「あのお姿に似合わず、王国の国軍にも勝る私兵を持っているというし」
「ほんと、末恐ろしいですわ」
私の仕える主人が抱える私兵は凄まじい。
先輩の言葉通り、国軍八万に対して主人の抱える私兵は十万を超えており、兵の錬度も国軍に勝るという。なんでも、国中に散らばっていた蛮族や盗賊、傭兵団などを纏め上げた結果、十万にもなる私兵となったらしい。彼女が動けばこの王国は内側から潰れることは間違いない。
まだ先輩と後輩の会話は続く。
「最近また辺境の貴族を潰したらしいわ」
「ほんと、末恐ろしいですわ」
私の仕える主人の知略は凄まじい。
辺境爵を潰したという話は今に始まったことではない。一番に潰されたのは、王家を中心とした勢力に次ぐ勢力を担っていたオストレイ公爵家だ。
公爵家が自分の勢力を率いて王家と対立する姿勢を見せた矢先のことだった。オストレイ公爵家に主人が使いを出し、これ以上の行為は看過できないと忠告したらしい。その時、主人は十万の私兵を持っておらず、彼女を侮っていた公爵家はその忠告を無視し王家との対立を強めた。
その二日後、オストレイ公爵家の当主、メルセブ・ライ・オストレイ公爵は爵位を剥奪され、公爵家はあえなくお取り潰しとなった。
原因は王家に送られてきたオストレイ公爵家による賄賂の横行や、隣国との内通の確定的な証拠であった。出所は不明であったが、その資料に記されていたことを関係貴族や隣国に使者を出し確認したところ、結果は黒。国家転覆罪もろもろの罪でオストレイ公爵家はお取り潰しになった。当然ながら頭を失った公爵家の勢力は霧散した。
王家はこの資料を送ってきた者は、他の貴族の不正の情報を持っているかもしれないと探した。結果、とある傭兵団が資料の送り主だということが判明した。その傭兵団の弁では、とある少女から依頼され証拠をそろえたらしい。しかし、その少女は誰かと王が問うても一向に口を割らなかったのだという。
その後、その傭兵団は主人の私兵となり、当時の団長は私兵軍の将軍となった。その事実が判明し、主人がかの事件の際、傭兵団に依頼を出した少女なのではないかという憶測が王城中に広まった。王はその憶測について主人に確認したところ、彼女はあっさりと認めた。
その後もどこかの貴族が不穏な動きを見せるたびに主人から証拠が提示され、今回もあわせ合計九つの貴族がお取り潰しとなっている。
「そうだわ兄様。これを父上にお渡ししていただきたいのです」
主人が合図を出すと、扉の近くで控えていた主人の私兵が彼女の傍まで行き、細かい文字がびっしりと並んだ紙束を主人に渡した。恐らく、最近になって隣国との内通を噂されるケストネイ伯爵家の証拠だろう。
「ネステア、もしやとは思うが……」
その様子を見ていた王子が怪訝な顔になり言った。彼も目の前で主人に渡された資料がケストネイ伯爵家の不正情報が記されたものだと思い至ったのだろう。
「はい。ケストネイ伯爵家のものです。時間のある時で構いませんので、一度目を通してください」
晴れやかな声色から察するに、今の主人のお顔には満面の笑みが浮かんでいるのだろう。その証拠に王子が恐怖に震えている。その様子を眺めていた先輩が、これで十個目ね、と呟いた。
まだまだ先輩と後輩の会話は続く。
「なんでも、国外の蛮族や傭兵団も取り込もうとしているらしいわ」
「ほんと、末恐ろしいですわ」
私の仕える主人は国境を越えている。
実をいうと先輩が口に出した情報はもう古い。主人はもう隣国二つの傭兵団を纏め上げているのだ。現在は蛮族と盗賊を纏めている最中であるという。正確な数は判明していないが、とある筋では我が王国を含めた近隣三大国の国軍の総数三十万を大きく上回る四十万という途方もない数になるのではと言われている。そうなれば主人は大陸の覇者となるであろう。
まだまだまだ先輩と後輩の会話は続く。
「私には彼女の腹の中が読めませんわ」
「ほんと、末恐ろしい」
私の仕える主人は腹黒い。