出会い
その日はバイトが早く終わって、その後の予定が無い自分を少し嫌悪しながらの帰宅だった。
友達はいないわけじゃないけど、二十歳を越えたあたりから交友関係は狭くなっていた。
現在、21歳。しがないフリーター。
将来の夢も彼氏も特になし。
音楽鑑賞が唯一の趣味で、今は音楽スタジオの受付兼雑用のアルバイトをしている。
毎日は割りと刺激的だが、特にこれといった感慨も無く、日々は過ぎて行く。
いつもは9時終業の所が、今日は土曜日にも関わらずお客の入りが少ないので早めに上がらせてもらえた。連勤7日目だという事も理由の一つで。
普通の21歳なら、「よっしゃ、今からアフターファイブじゃー!」みたいなノリで街へ繰り出す体力もありそうなものだけど、私の場合はそうはならない。
しょうもないなあと自分自身を振り返りながら、久々の夕陽を眺めていた。
バイト先のスタジオは地下のため、外の天気なんかましてや日没なんかわからず、ただ無機質なタイムカードの時計で日々を送ってたせいか、電車のドア窓から目に入る日の光はまぶし過ぎた。
ふと、視線を下げるとよく高校生が持っているスクールバッグが目に留まる。反対側の車両のドアの隅にいる男子高校生のものなのは一目でわかったが、ジャラジャラとした半端ではない数のキーホルダーに度肝を抜かれた。
よく神社なんかにある絵馬が吊るされた一角を彷彿とさせた。
よくあるキャラクターものや、なんだかよくわからないものまで多種多様な物体が、ぐちゃぐちゃに絡まっていた。
そんな驚愕なバッグの持ち主とは一体....?とその男子高校生を見ると、横顔はまるで外国人の様というより、白人だった。
身長は低くはないが、高すぎる事も無くバランスの良い体躯をしていた。
夕日に照らされた色素の薄い髪や瞳を琥珀色に染めていた。
なんて美しい男の子だろうと、半ば惚けていると、視線に気が付いたのかその少年はこちらを向いた。
真正面から見ると、やはりアジアの血が入ってそうな、あどけない顔だった。
割とがっしりしてる身体つきとアンバランスなその顔に少しむすっとした様な表情で、なんて事はない普通の少年だった。
さっきの神々しい雰囲気は、きっと夕陽の魔法なのだなと一人で勝手な納得をした。
私は何事もなかったかのように視線を移し、最寄りの駅に着く頃、反対側のドアへ近づくと、その少年もヘッドホンをしながら降りる様子をみせた。
同じ駅で降りるのかと、特になにも感じないままぼーっと車内から出ようとすると、ガクンッと視界が揺れた。
靴のヒールがホームと電車の間に引っかかったらしく、そのまま転倒するかに思えた。
「・・・うっひゃあ!!」
とっさの事に素っ頓狂な声を上げて受け身をとろうとした瞬間、みぞおちに強烈な衝撃を感じた。
「ぐはぁっ!!」
気付けばしっかりと抑えられた脇腹をぐいっと持ち上げられ、へっ!?と横を見るとあの男子高校生が。寸前で助けてくれたらしい。
というか、いくら私が155cmで細身の方だからって片腕だけで全体重を支えられたのか!なにこの逞しすぎる腕。そんな事を考えていると、あれよあれよのうちに近くのベンチまで軽く担がれ、そのうちに電車の戸は閉まり行ってしまった。
男子高校生は私を無事にベンチへ運んだあと、隣の席にどかっと座った。私が咄嗟に落とした荷物まで持って来てくれていたようだ。
彼は少しはにかんだように、
「大丈夫っすか?足、ひねってません?」
とイマドキな雰囲気で微笑む。
情けない事にあまりのアクシデントにあたふたしながら私は身振りだけで"大丈夫"だと伝えたが、言われてみればなんとなく足首がズキズキする。
「あ、ありがとうございます。履きなれない靴なんか履くからこんな事に。助かりました。」
ここまでしてもらってさらに心配はかけるまいと言ったつもりだが、
「いや、絶対なんかしてるっしょ!見てみた方がいいっすよ!」
と、なんだか真剣に言われ、なんともまぁこんなに親切な若いもんがいるなら、日本の将来は安泰じゃとか年食った考えを巡らせつつ、怖々足首をさすってみる。
彼は心配気にその様子を伺う。
ん。ちょい痛いけどまぁ、歩ける範囲だなと判断し、少しヒールが高めのパンプスを履く。
ああ。特に意味はないけど女子力UPとか意気込んで挑戦した結果がこれか。つくづく情けない。
「うん、もう大丈夫そうです。本当にありがとう。それにしてもすごい力だね。私、結構重かったんじゃない?」
「いやいや、全然!俺、筋トレとか趣味でやってるんで!ってか、こういう時に使わなきゃ意味ないっしょ的なかんじっす。」同時に、彼はムキッと腕の筋肉を強調した。
「ええ!?」袖をまくったブラウス越しに見える隆々としたそれは私を驚愕させた。
顔は西洋人のような彫りの深い目鼻立ちなのに、東洋人らしいつぶらな瞳がギャップで、角度によって印象が変わる彼だが、そこに持って来てマッチョとは・・・。
不思議な少年だ。
「へぇー!すごいねぇ!実物のマッチョ初めて見たかも。」
私が感動していると、彼はまたはにかんで無垢な笑顔をみせる。
ああ、かわいい。めっちゃ弟に欲しい。
心の中で悶絶していると、少年は何かに気づいたかのようにあのどこか宗教じみた鞄を漁り始める。
「えーっと、、、あれ、ない?!、、あった!」ポイポイとその辺に中身をブチまけて、ようやく見つけたモノはぐちゃぐちゃだけどファンシーなクマさん柄のメモ帳だった。
彼は大変ガサツなようだが、まぁ高校生だし男らしいとも言えようか。
なにやらペンで書き込むと、私にそのファンシークマさんメモのゴミくずをくれた。
「あの!これ、俺のメアドです。なんかのゴエンだと思うんでよかったら!」
「ぇ、あ、うん。」あ、ゴミじゃなかったのかと的外れな事を考えながら、メモを見ると、"オルセン アダム 誠太郎"と殴り書きで書いてあった。
予想はしてたけどやっぱりカタカナが多い名前だ。
「・・・えっと、オルセン君でいいのかな?
あ、私は尾倉 彩香です。」
「あー・・、アダムでいいっす。誠太郎は長いし、皆にもそう呼ばれてるし」
「じゃあ、アダム君だね。いやー、本当に今日は助かりました。今度お礼したいのでこのメアドに連絡してもいいかな。」
そろそろこんな暑い中、駅のホームのベンチで高校生を引き留めておくのも気が引けて来て、そう彼に言うと、バランス的には小さい瞳をキラキラさせて「マジっすか!やった。お礼とか別にイインで、俺とデートしてクダサイよ」
たまに変な発音になるのは母国語のせいなのかな?うーん、最近の若い子はわからないわ。それにしてもクルクル表情が変わるなぁ。
「いやいや、お礼はさせてよー。一応私は社会人なんですから。」
わたしの言葉の何がいけなかったのか、彼は少し拗ねたような顔をして、
「・・・俺が高校生だからデートはだめなんすか。」と言った。
え。なにその感じ。だって会ったのついさっきだよ?どう考えてもデートっていうのはただの冗談だと思ったのに。不可解な彼の様子に私は狐につままれた気分でいると、彼はぱっと表情を変えて
「・・ぁ、あ"ー、俺、男子校なんすよ。だから出会いとかなくて!ちょっとウエスギてましたね!ハハっ!!」
はにかむどころか青ざめてるアダムが不憫になって、
「あ、あのね、デートは冗談だと思ったからであって別にダメって訳じゃなく、むしろこちらこそ私なんかでいいのかと思って!」
あ、なんか今更恥ずかしくなってきた。年下の男の子相手にこんなことを言うとは!どうなってんの私!!!