体罰
臼井の思いやりに触れて温かな気持ちを抱いてもなお、それを一瞬で消し去るほどのストレスが、次から次へと生み出されてしまう。
それがストレスの悪循環にはまった俺の現状だ。
ストレスの主な原因は、土日連続での徹夜による睡眠不足。また、漫画のしめきりに追われている緊張感が、俺の脆弱な心を刺激していた。
週明けの月曜日。
俺はとうとう一睡もせずに、おぼつかない足取りで登校した。椅子に座るや、さながら失神KOのごとく眠りについてしまった。
授業中、数学教師の栗山武に無理やり起こされ、だらけた態度を注意された。いつもならすぐに自分の非を認め、平謝りでその場を切り抜ける俺だが、その日に限ってはイライラを抑えることができなかった。
「人が眠っているときに……いちいちうるせえな」
「な、なに!?」
「……てめえの数学の授業は、数式との闘いじゃなくて、眠気との闘いなんだよ。不眠症のカウンセラーに転職しろよ」
ぽろりと本音をこぼしてやると、栗山は顔を真っ赤にして俺の胸倉を掴んだ。
「お前、もういっぺん言ってみろおおおおおおおっ!」
栗山の絶叫が教室中に響き渡ると、今度は女子たちの悲鳴が上がった。その次の瞬間、机と椅子のガタガタと移動する音が一斉に鳴り、周囲は騒然となる。
だが、俺は周りのことなんか気にしていなかった。
「あん、聞こえねえのか?」
目の前の気に食わないやつに暴言を吐くことしか、考えていなかった。
「つまんねえ授業してんじゃねえよ。この税金泥棒め」
栗山の返事は、右の拳によって繰り出され、俺の頬にぶち当たった。ゆっくりとした動作の右パンチだったが、俺に避けるつもりはなかった。
なぜ避けなかったというのは、ごくごく簡単な話だ。暴力を受けることによって、暴言を吐いた罪を軽減させるためだ。
またさらに、それが俺にとって有利な状況になったりもする。
当たり前の話だが、先に俺が暴言を吐いたからと言って、栗山が俺を殴ってもしょうがない――とはならない。理由が何であれ、教師の体罰は許されないからだ。
いや、違うな。許されるか許されないかは、俺の気持ち次第だ。
俺が許すと言えば、栗山は何らかのペナルティを受けなくて済むし。俺が許さないと言えば、栗山は何らかのペナルティを受ける。
つまり、一度殴られておけば、先生(支配者)と生徒(弱者)の立場は逆転する。
そう、それが俺の狙い。安眠の邪魔をした、栗山への罰。
「言わせておけば……元々、授業を聞く気もないクズのくせに!」
栗山は血走った眼球でこちらを睨みながら、怒鳴った。
……やれやれ。
元々、授業を聞く気がなかったのは正解だが、よりにもよって俺をクズ呼ばわりときたか。それこそ漫画に出てくるダメ教師しか言わないようなセリフを現実に聞くことになるとはな。
意外と面白いじゃん、この人。ようやく眠気が醒めたよ。
「どうしたんですか栗山先生!?」
出入り口の戸が勢いよく開かれ、体育教師の佐藤が飛び込んできた。
「……くそっ!」
佐藤の姿を見た栗山は、忌々しげな表情をして、俺の胸倉を掴んだ手を放した。
俺は頬をおさえるフリをして、口元を手で覆った。にやりとゆがんだ口の形を見られないようにするために――。
そうして数学の授業は、六限目の途中にして、中断された。