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ぽろり  作者: はち味
第一章
13/25

作戦名「にげろ」

 あれ以来、高野から逃げる生活が続いた。


 というのも、姉が言った、あのセリフ――


「金輪際、あの女と関わることを止めさせてあげるわ」


 あえて言うまでもないが、あのセリフは褒美ではなく、俺に対する命令である。


 金輪際、高野には関わるなと。


 つまりはそういうことだ。


 無論、俺に拒否権はない。何も語らず、感情を殺して、その命に従うまでだ。それが、姉弟きょうだいの間における絶対のルール。たとえ天地がひっくり返ろうとも、それを破ることは許されない。


 そして。


 命を受けた、翌日。逃亡生活、初日。さっそく第一の試練が訪れた。


 朝一番、廊下で高野とエンカウント。


「よお……ごほん。おはよう、九条くん」


 高野は周囲の目を気にしてか、不自然におしとやかな口調で言った。


「おはようございます」


「えっと、昨日は――」「昨日はお世話になりました。今から急ぎの用があるので、失礼いたします」


「おっ……はい。頑張ってね」


 俺は努めて自然に言葉を返し、戸惑いの表情を浮かべる高野を置いて、足早に教室に向かった。


 これにて、任務遂行。


 しかし、間の悪いことに、この後何度も高野と遭遇してしまう。


 たとえば、教室を移動中。


「あっ、九条。昨日は――」「おっと! 黒い悪魔――もとい、ウンコがすぐそこまで迫ってきているので、失礼します!」


 あるいは、職員室で。


「九条くん。昨日は――」「おっと! 腸内でぶいぶい言わせてる、ブラックギャングたちを、トイレでぼこぼこにしてくるので、失礼します!」


 あるいは、呼び出しを食らっても。


『三年三組の九条高明くん。至急、職員室まで――』「おっと! ウンコとの激しい口論で、俺は何も聞こえない! こら、てめえ! ブリブリブリブリうるせえんだよ!」


 あるいは、校門で。


「おい、九条! 昨日は――」「おっと! 水虫がかゆすぎるので、ダッシュで帰ります! さようなら!」


 振り返ってみると……我ながらこれは酷い。


 やけにウンコの足跡が目立つ。たまに水虫に浮気したりもするけれど、ウンコとのいちゃつき具合が尋常ではない。


『九条withウンコ』


 あえて言うなれば、肩を寄せ合ってプリクラ取ってるレベル。そして、それを互いの筆箱に張り合ってる感じ。


 だが、しかし! 考えてもみてほしい。


 先生の呼び止めを断るに足る理由が、ウンコ(生理現象)以外にあり得るだろうか?


 小便? 小便でもいいが、それは何度も使えないからダメだろう。水虫と同じ、浮気相手に過ぎない。


 腹痛? そんな女々しい言い訳なんざ、漢の中の漢である九条高明には使えない。だって、腹痛イコールウンコじゃないか。「腹痛と言えば?」という連想ゲームをさせれば、十人中十人が「ウンコ」と回答するだろう。だから堂々と胸を張って、「ウンコ」と言えばいいのだ。他人に恥じらいを感じさせてしまうような台詞は、口が裂けても言葉にできない。


 そう、とどのつまり、ウンコ以外はあり得ないのだ。今の俺にはウンコ以外に考えられない!


 とは言っても、その言い訳も毎日は続けられない。当たり前の話だが、二日、三日となれば、さすがに高野でも、いよいよ気づくだろう。


『九条は、お腹の調子が悪いんじゃなくて、頭の具合が悪いんじゃないか?』と。


 そう思われるのは、誠に不本意だ。


 しかし、だからと言って、他に言い訳の代案があるわけでもないし、諦めて高野と会話を交わすのはもっと不本意だ。場合によっては、俺は姉用のサンドバッグとなるだろう。


 まあ、俺と高野が関わっていることが姉本人にバレなきゃ済む話なのだが、いつどこで誰が俺たちの姿を見ていて、姉にチクるとも限らない。中瀬古の例もあるしな。油断は禁物だ。


 そうして逃亡生活も三日が過ぎた。


 もうそろそろ、ウンコとのエピソードが尽きかけた頃合い。


 考え事をしながら廊下を歩いていると、あの男が現れた。

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